桃ちゃんと一緒 召喚され世界の壁となった俺は、搾り滓として転生す
@aozora
序章 終わりと始まりと
第1話 世界は混沌の果てに
かつて世界の命運を賭けた戦いがあった。
「<光炎蒼破>、<爆炎黒龍破>混じりて輝け<極炎創世破>!!」
極光と暗黒、対極の二つの力が重なり合う時、それは開闢の光となりて全ての敵を討ち滅ぼす。例えそれが神と呼ばれる者たちであろうとも。
「グガーーーー!!世界を創りし我が、人如きに。何故だ、何故!
我は神、世界の創造主にして絶対神なるぞ!
我が言葉は真理、我が思いはこの世の全て。我こそが世を統べる者、絶対者。
何故貴様は我に従わぬ、我に立ちはだかる!」
それは苛立ち、世界は震え、軋みを上げて目の前の存在を拒絶する。
「ハッ、くだらねえな。そんなものお前が与えた役割だろうが。
娯楽だか何だかは知らねえが、人の人生弄びやがって。神に逆らいし絶対悪、世界から拒絶されし異端者だったか?
見事躍ってやろうじゃねえか。世界の敵?大いに結構。
これまでもこれからも、我は世界に仇なす反逆者、手前の創ったハリボテを壊す事に何の躊躇もあるわけねえだろうが」
冷ややかに冷静に、世界の敵と言う運命を背負わさせられし者は、淡々とその使命を果たす。
「勇者よ、
それは驚きと疑問、神の使徒足る勇者の反逆など考えも及ばない。
「はぁ~、あのさ、異世界召喚だか何だか知らないけど無理やり拉致して勝手な理屈で戦争に放り込む相手と、剣を向けたにも拘わらずこちらの言葉を聞き私たちの為に手を尽くしてくれる相手。
どっちを信用すると思う?
って言うか何故無条件に従うと思ってるの?意味が分からない。
人形遊びがしたいなら砂場で一人でやってくれない?
それに私の友人たちの死を無駄にしたくないんだったら、二度とこう言った事が起きない様に元凶を潰すのが一番。
臭いは元を絶たないと消えないのよ?」
長い黒髪を靡かせた勇者はその冷めきった冷徹な瞳を目の前の自称絶対神に向け、然もくだらないとその言葉を吐き捨てる。
「俺はな、この瞬間の為に生きて来た、手前を滅ぼす為だったら自分の存在なんざどうでもいいのよ。
死ぬ事も生きる事にももう飽きた、使い回しの都合のいい魔王役は下ろさせてもらうぜ。
<対極融合><乾坤一擲>、勇者~!!先に逝かせてもらう、手前との戦いは悪くなかったよ」
魔王は笑う、心の底から楽し気に。この一撃に存在の全てを込めて。
「<覇軍終焉>」
時が止まる、世界から色が消える。収束したエネルギーが、この世界を構成する摂理の輪を崩壊へと導く。
それはこの世界を司る絶対者に対する致命の一撃。
「胡蝶の夢、その夢が醒める時世界もまた崩壊する。創造主とはすなわち夢を見る本体、いくら夢の中で創造主を倒そうともそれは幻影、なぜなら創造主とは夢そのもの、世界そのものなのだから。
ではどうするのか、それは簡単、夢を終わらせればいい。終焉とはすなわち終演。
遊びの時間はお仕舞、お人形はおもちゃ箱に仕舞って目を覚ましましょうね、坊や?」
勇者は優し気に語り掛ける。だがその口元は獰猛に歪み、その刃は瀕死の獲物に向けられる。
「何故だ、何故我が。我の世界が、我の・・・」
「愚者は笑う、世界に終わりと創造を、絶対者に解放を。<概念消滅><万物崩壊>」
その振るわれた刃は、次元を切り裂き、概念を切り裂き、決して届く事のない存在の根源を消滅させるに至る。
「我は、世界、何故、我が・・・」
崩壊し崩れ行く神と呼ばれた何か。勇者はただ黙ってその様子を見続ける。
多くの者が戦いに身を投じ、多くの者が逝ってしまった。
勇者は己が手に目を向ける。それはすでに崩壊が始まったかつて勇者と呼ばれた何か。
「システムよ、見ていたのだろう?いや、人々より忘れ去られた均衡を司りし神アスラーダ」
勇者の呼び掛けに姿を現す一柱の神、それはこの世界の下支えであり基盤整備を行っていた裏方のもの。
「気付いていたのですか。この戦いを見守っていた私の存在に」
「えぇ、人が神と戦う事が出来るなど本来あり得ない事だし、神がこれほどまでに世界に干渉する事などありえない。
それ程までに神と世界とは隔絶している。
ならばその橋渡しをする者の存在に目が行かない訳がない。あなたの存在は割と早い段階で気が付いたし、当然魔王も知っていたわ。
そしてあなたが常に中立であるという事もね。
それこそがあなたの存在定義であり、あの創造主から世界を維持する為のシステムとしか見られていなかった事の証左。
あのバカはおそらくあなたの存在そのものを忘れていたのやも知れないわね」
勇者はそう言い肩を竦める。その間も勇者の崩壊は進んで行く。
「勇者よ、あなたには感謝しています。あなたのお陰でこの世界は次なる一歩を踏み出せる。神の娯楽ではなく一つの世界として。
絶対神の指示とは言えあなた方を召喚したこと、深くお詫びいたします。
それと失われたお仲間たちですが、システムとしてすべて記録させていただいておりました。
ですのでその魂と肉体は勇者が召喚されたあの時あの瞬間に戻す事が出来ます。無論勇者もです。
お仲間の皆さんからこの世界の記憶は失われ、何事もなく日常を取り戻す事が出来るでしょう。
勇者も同様の処理を施す事が出来ますが、いかがいたしますか?」
女神の問い掛けに勇者は首を横に振る。
「その心遣いは嬉しいけど、私はいいわ。確かにこの世界の記憶は消し去りたいほど糞みたいなものばかりだったけど、それでも忘れたくない思い出もある。
特に自らの滅びを望んだお人好しの魔王の事はね。
あいつの願いは叶ったのか。その大本である創造神は消え去ったんだし、叶ったと思ってあげたいんだけどね。
でも今の話だと、私もあの騒がしくも馬鹿馬鹿しい日常に戻るって事なのかしら?」
「はい、全ての根源たる創造神が身罷ったいま、この世界に縛られた魂は全て元の世界へと帰って行きます。
それは勇者とて例外ではない。勇者としての全ての力は失われ、元の自分、川崎玲奈としての人生を歩み始める事となります。
この世界の記憶は徐々に遠い過去のものとなって行くでしょう」
女神の言葉に軽く笑いを漏らす勇者。
「そう、何から何まで至れり尽くせりなのね。
それでこの世界はどうなるのかしら?それこそあの創造神との戦いは、世界そのものを崩壊させる様なものだったんだけど?」
勇者の問い掛けにどこまでも暗い空を見上げる女神。
その幾重にもひび割れ崩れた空間は、この世界が崩壊寸前であることを意味していた。
「これは全てこの世界の罪、やれるだけの事は致しますが正直どうなる事か。
地上の崩壊は全力で防いだので、この世界の者たちはこの事実を知りません。滅びるにしろ維持し続けるにしろ、彼らには彼らの生活を送ってもらいたい。
それがシステムたる私の意思ですから」
「そう。まぁそうは言っても私に出来る事はないんだけど。
もう時間みたい、持ちそうにないわ。
これが最後になるとは思うけど悔いの無い様にね。“倒れる時は前のめり”、これ、お婆ちゃんの口癖だったのよ」
勇者はその言葉を最後に光の粒子となって消えて行く。
本来あるべき場所で、本来あるべき人生を再び歩み始める為に。
「勇者の戦いは終わりました。これからは私の戦い、“均衡を司りし神アスラーダ”としての使命。
私もその存在を賭けて世界を救いましょう」
女神アスラーダはこの世界の領界で、数多の次元世界に向け呼び掛ける。
「我が名は“均衡を司りし神アスラーダ”、その神名において
今一度我が世界に救いを、その崩壊を回復せし魂の訪れを伏して願い奉らん」
アスラーダは神としてその存在を賭け次元世界に求め願う。
それは唯々、世界崩壊を止める為、愛すべき世界を救わんが為に。
―――――――――――
心地よい爽やかな風が吹き抜ける。
山深き森の奥、周囲の開けたその場所に佇む一本の桃の老木。
その木陰に寝ころび惰眠をむさぼる一人の青年。
“ボトッ、パシン”
自然に零れ青年に向かい落下した小ぶりの桃の実。それを何気ない動作で受け止めた青年は、そのまま皮ごとむしゃぶりつく。
“シャク”
口腔に広がる濃厚な甘み、口一杯、身体一杯に元気が広がって行く。
「甘~い、旨、めっちゃ旨。モモちゃんいつもありがとうね」
青年はそう言うと老木の幹をポンポンと叩く。老木はサワサワと枝葉を揺らし、喜びの気持ちを青年に伝える。
山深き森の奥、そこには穏やかな時間の流れだけが過ぎて行く。
「こうやって見てるとモモちゃんも大きくなったよね。最初は鉢植えだったものを御剣山の神域に植え替えて、早い物で五百年。
知り合いも随分いなくなっちゃったもんね。
人は皆来世に向かい旅をする、黄泉の国で過ごした日々も悪くなかったけど皆満足そうに旅立っていったし、あれが人として自然な姿なのかもね~。
ブリジットとエリザベスはユーロッパの城でお仲間と共に楽しくやってるみたいだし、御剣山神社も経営は順調みたいだし、良きかな良きかな。
そう言えば桃農家のおばちゃんどうしてるかな?百年くらい遊びに行ってないし、ちょっと行って来ようかな?」
心地よい神域に流れる穏やかな風。人ならざる者、怪異でも神でもない、人から生まれしそれは、人妖と呼ばれる存在。
神域の主に認められた人妖は、気ままに思うがまま日々を過ごす、そうなるはずであった。
「ねぇモモちゃん。なんか俺の足が光の粒子になって消えて行ってるんだけど?
これってあれ?俺今から成仏しちゃう感じ?
以前地獄に行った時がこんな風だったんだけど、俺もいよいよ来世に向かうのかな?」
人妖は嘗てあの世に向かった時の事を思い出し自らの運命を悟る。
魂は流転する、自身の大き過ぎる魂はその有り様から輪廻に加われず人妖というよく分からない形に収まっていたものの、輪廻転生は人として当り前の事象。
己にもようやくその順番が回って来たのだと、素直にその事を受け入れる。
「“あ、あ、オホンッ。俺との繋がりのある怪異、および神々の皆、聞こえる?
どうやら俺も輪廻の輪に加わる時が来た様です。
これまで本当にお世話になりました、そしてありがとう。
俺は先に逝くけど、皆は悔いのない永の生を楽しんでください。
これは皆と繋がりを持った、人間の願い。
じゃ、おさらばです”」
“パクッ”
人妖は手に持つ桃を口に放り込むと、満足げな笑みを老木に向け光の粒子となって消えて行った。
風がそよぐ。その場に残された桃の老木は、親しい友の旅立ちをワサワサと小枝を揺らし見送るのであった。
―――――――――――――
奇跡は起こった。
終わりと崩壊を迎えていたはずの世界の壁は、召喚された膨大な力を持つ魂により覆い尽くされ安定を取り戻した。
その力はこの世界を創造した絶対神を遥かに凌駕するものであり、召喚を司った女神アスラーダには決して制御し切れるものではなかった。
世界が救われたのはその魂が荒ぶるものではなく、安定と平和を望む穏やかなものであったこと、この世界がその力を抵抗なく受け入れたことによる奇跡以外の何物でもなかった。
「次元の彼方より訪れし偉大なる魂よ、この世界に癒しと安寧を齎せしモノよ。
この世界の者として、この世界の均衡を司る女神として感謝を申し上げる。
願わくば世界の一部として、常しえに世の行く末を見守ってくださらんことを」
魂は世界を覆い世界を支える壁となる。
そして幾百幾千の月日が流れる。人々は勇者と魔王の戦いを、神代の終わり人代の始まりとして語り伝える。
荒れ果てた土地は復興し、人が集まり街が、国が生まれ、そして消えて行く。
人は寄り添い、また反発し合い、交じり合って世界を築いていく。
創造神の手から離れた世界は、生命の溢れる新たな物語を紡ぎ始めて行くのだった。
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