張り付いた笑顔

渡来入鹿

第1話

遊園地のお化け屋敷のバイトを始めた。閉所恐怖症の僕には、客を驚かす前に、そもそも暗い所でじっと潜んでいることが恐かった。

暗闇で待ち構えている時間は、永遠のように感じて震えてくる。冷や汗が止まらないのだ。全く向いてないのに、何故このバイトを選んだのだろう……。振られて落ち込んだ気分でたまたま見た雑誌に占いのコーナーがあり、運勢を上げるには一番自分がやりたくない仕事をやりなさいと出ていたせいだ。


初めは苦手なバイトだったが、客が悲鳴を上げて逃げるのが快感になってきた。女性が絶叫して逃げていくのを見ると、なんだか自分を振った彼女に仕返ししたようで得も言われぬ快感が押し寄せるのだ。背中がゾクゾクする。恐い? いや気持ち良い!

そんな時、僕の目の前に現れやがった。その彼女が。しかも男連れで!!

許せない。僕を振って、もう次の男を捕まえやがって……いや逆か? この男がいたから僕は振られたのか? 

思いっきり脅かしてやろうと意気込んだ。彼女は悲鳴を上げて逃げ出した。暗闇でも自分が快晴を見たような笑顔なのが解る。


その夜、「お化け屋敷のスタッフあんたでしょ」と元カノからクレームのメール。

「新しい彼氏に慰めてもらえばいいだろ」

「彼氏って何? 女友達と行ったんだよ。その子がお化け屋敷だけは嫌がって、でも遊園地のスタンプが欲しくて、私1人で入ったの」

アトラクションのスタンプを五個集めると景品が貰えるのだ。


では、あの時彼女の側にいた男は誰だったのか? 無関係の後続客に過ぎないのか?

その時、思い出した。

彼女の悲鳴で悦に入った時、あいつが薄っすらと笑ったような気がしたのを。

あいつは何者だったのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

張り付いた笑顔 渡来入鹿 @iruka_try

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る