バズったダンジョン配信の裏で起きた事

鮎砂期

バズっても物事が全て良い方に行くわけない

 「はい、時間通りに来てくれましたね。どうぞ椅子にお座り下さい。……さて、なぜ今日ここに呼ばれたかお分かりですか?」


「いえ、あの、全く見当つかないのですが……」


探索者協会2階の会議室、若い男性職員が貼り付けた様な笑顔で此方を見ている事に、向かいの椅子に座った少女は困惑する。

 少女はダンジョン探索者の中でもかなり有名な人物である。18才にしてダンジョンの下層をソロで探索できる実力者、ダンジョン内を探索している様子を撮影ドローンで配信しており、動画投稿サイトのチャンネル登録者は『先月の騒動もあって』100万人を超えている。


「まずは確認です。先月、貴女は原宿ダンジョン下層にて探索及び配信中、本来下層にはいない、深層で遭遇する筈の『レッドサイクロプス』と遭遇、戦闘になりましたが歯が立たず、絶体絶命という場面で「他の探索者」に助けられた。ここまでは合ってますね?」


「は、はい」


「では、その日以降の話になります。その翌日、貴女を助けた探索者が『当日配信のアーカイブの非公開、或いは自分の出た部分だけをアーカイブから削除して欲しい』というお話をSNSのDMや動画のコメントで伝えたそうなのですが……この通りにしましたか?」


その話を聞いた少女は身体を固まらせる。配信はそのままアーカイブを残しており、職員が言うDMは来ていたが、そのアカウントが作りたての物だったので「なりすまし」と判断してまともに扱わなかったのだ。アーカイブになったコメント欄の方は確認出来てない、コメント数があまりにも多かったからだ。


 「い、いえ……配信は当時のままのやつが投稿されてます。DMは来たの見ましたけど、捨て垢に見えたのでなりすましかなって」


「件の探索者の人はSNSはほぼ使わないので、あの配信が話題になった後、慌ててSNSアカウントを作って貴女にコンタクトを取ったのですよ。なりすましと勝手に判断してはいけません」


「……えっと、つまり今日呼ばれたのはその配信のアーカイブを非公開にしてくれっていうお話ですか?」

 

「いえ、一ヶ月も経った今非公開は遅すぎますし、今日貴女を呼んだのはその話ではありません。……あの配信動画は瞬く間に拡散して海外でも大きな反応がありました。貴女を救助した探索者の顔がバッチリ映っていたので、特定班と呼ばれる他人のプライバシーや個人情報の重要性なんて考えもしない愚か者が、こぞって特定しようと躍起になっていた事をご存知ですか?」


「そういうのは、ネットで有名になったら良くある事かなって思って。あの人も悪い事で有名になった訳じゃないですし」


「きっかけの物事の善悪に関わらず、他人を特定して個人情報を勝手にSNSで発信するのはダメな事に決まってますよね?有名税って言えば何でも許されるとでも?……本当は自分の配信が沢山の人に見てもらえた事に気を良くして何もしなかったのでは?DMもコメントもよく見てなかったり、まさか無視してた訳ではありませんよね?返信が無かったとその探索者さんは言ってましたよ」


「……」


少女にとってそれは図星だった。今までではあり得ない程の視聴者とアーカイブの再生回数、SNS上の自分の名前と助けてくれた探索者に関連するワードで席巻されたトレンド。

 実力のある探索者、そこに自己承認欲求が加わっていた彼女がそんな奇跡的なアーカイブを非公開にしたり、バズった要因の探索者が映ってるシーンを削除するなんて事は微塵も考えていなかったのだ。


「まぁ、その探索者の人は貴女がまだ未成年である事、配信事態に悪意はなく緊急事態だった事から、要請への反応が無かったのでアーカイブに関しては諦めると仰っていました。そもそも貴女ではなく外野が勝手に拡散したり特定しようとしたので、特定に関しては外野の方が責任は大きいと言えますが」


「あの、その探索者さんは今何処に?」


「もし謝罪するのでしたら直筆の手紙でお願いいたします。先程も言った通り、あの人はSNSはやっていませんし、それにもう日本国内にもいないですから」


「え?」


「あの配信がバズった後、人物を特定した人達による自宅前での待ち伏せ、国内の様々なクランからのしつこい勧誘や怪しい投資話の電話が次々と来たり、ダンジョン探索での付き纏い行為に遭ったそうで。『心身共に疲弊したので休養したいのと、1人で探索に集中したい』と言って海外に活動拠点を移されました。日本よりも海外の方が、まだ人の目が気にならないでしょうし」


「そんな!」


少女は焦る。助けてくれた探索者の人と一緒にパーティーを組んで配信しようと、何度かあのダンジョンの前で探していたのだ。

 まぁ、その探索者は彼女に見つからない様に別のダンジョンに行っていたし、万が一出会えたとしても配信についての話をするだけで探索には絶対に加わってもらえないだろうが、少女は自分の事しか考えていない。


 「今回の件は深層探索者の海外流出を招きました。せめて貴女が『レッドサイクロプス』に遭遇した時点で配信を切っていれば、あるいはDMやコメントを見て直ぐに然るべき対処をしていればこんな事態にはならなかったんですよ?原因の根本は貴女にあります」


「でも、私はイレギュラーに襲われそうになった被害者ですよ!?なのに悪いなんて」


「私が問題だと言っているのは『配信後の行動』です。そもそも生配信なんですから、自分以外の人が許可取る前にカメラに映った時点でトラブルを招く可能性は考慮して下さい。それにイレギュラーに遭遇したとしても基本的にダンジョン探索は自己責任ですよ」


 男性職員は更にただでさえ少ない深層モンスターの素材供給元の探索者が1人減った事で値段が高騰し始めている事、件の探索者に案件を頼もうとした国内企業の計画が軒並み頓挫した事、それに伴う経済損失などを少女に挙げていく。


 「お金だけじゃなく、万が一深層のモンスターが地上に出てきた際にも戦力となる貴重な探索者が1人いなくなったんです。防衛という面でもこの損失は大きいのですが、責任取れますか?」

 


──


 結果、ダンジョン内での配信は禁止こそされなかったものの、配信に映る許可を取っていない他人が映りそうになった際は速やかに配信を消す、映り込まない様に壁を映すなどの配慮が『ダンジョン法』の改正によって義務付けられた。

これによりダンジョン探索の生配信は減り、撮影した動画を編集して投稿するスタイルに変わってきている。

 側から見れば探索者1人が海外に行ったというだけだが、その内情は複数の利権者や政府、一般人も巻き込む様な形での騒ぎとなってしまったのだった。

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バズったダンジョン配信の裏で起きた事 鮎砂期 @ayusaki

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