ずれた

湾野薄暗

実家のはなし

五年ぶりにお盆の実家に一人で帰省した。

そんなに頻繁に連絡も取らない、細かいことは話さないという関係性のところに流行り病がきて、実家の黒猫が亡くなったことが重なり、さらに実家から足が遠のいていた。


お盆の田舎の風景と言えば真っ青に澄んだ空、青々とした田んぼを思い浮かべる方も多いかもしれないが、ここら辺りはいわゆる限界集落である。

以前は田畑だったが荒廃地が多くなり、草は伸び放題、バッタが大量発生していて無人の駅舎から出ると、ぶちゅりと潰れたバッタをいくつも見かけた。


少しすると父が車で迎えにきて「久しぶり」と言われ、挨拶程度に言葉を交わしたが、それ以上の話題もなく、冷房がいささか効きすぎた車内は静まり返っていた。

そこで父が切り出した「引っ越したんだ」と。

私は実家が引っ越していたことを知らなかったのである。


しかし引っ越したはずなのに私の慣れ親しんだアパートへ車は進んでいく。同じ地区内かな…?と思っているとアパートが見えてアパート内の駐車場に入り、104号室と書かれた駐車場に止まった。


「…隣の部屋に引っ越したの?」と恐る恐る聞くと当然かのように「そうだよ」と返ってきた。

私の前の実家は105号室である。

何で隣の部屋へ引っ越しを?と思ったが父は車から降りてさっさと行ってしまったので慌てて降りた。


その引っ越した実家に入ると微妙な違和感があった。隣の部屋だからかな?と考えながら靴を揃えていると

「久しぶり」と声をかけられた、母だ。

リビングに入ると弟は視線だけこちらに寄越した。

入ってみると104号室は全く同じ作りで同じ広さだった。

…尚更、引っ越した理由がわからず困惑しつつ、日帰りだし帰りに聞こうか…と結論づけた。


その後、父と母は外出して、実家は弟と私だけになった。冷房が効きすぎて寒い部屋は静寂に包まれており、以前はこんなに寒かったっけ…?と思い、弟に「冷房の温度上げていい?」と聞くと「温度ずらさないで」と一言。泣く泣く温度調節を諦めた。


昼になると父と母が帰ってきてお昼ごはんを食べたが、テレビをつけた時に違和感を覚えた。

テレビの向きが微妙に壁を向いている。実際、家族はテレビを見にくそうに見ており、思わず「テレビを少し左側にずらしたらいいんじゃないかな?」と言ったが「テレビはあの位置で良い」と3人に言われては多数決の理論で黙るしかなかった。


昼ごはんも食べ終わり、ぼんやりと部屋を見てると、やっぱり違和感がある。以前の部屋と同じように家具は配置されているが何か少しずつずれたまま固定されてるのだ。

少し高い位置にあるカレンダー、変な隙間を開けて置いてある箪笥などだ。しかし、この家に暮らしている人間が「それでいい」と言ってることに対して、すでに実家から出ている人間に出来ることは『口を出さないこと』ぐらいしか残されてない。


帰りに玄関で靴を履こうとしたら揃えたはずの靴がずれていて猫が通ったような跡になっていて、猫もお盆だから帰ってきたのかも…と心の中で思いつつ、靴を履こうとすると靴の中に髪の毛が入っていて、少し飛び出していた。

私も含めて、みんな髪の毛、短いけどな…?と飛び出している髪を掴んで引っ張り出すと肩甲骨ぐらいまではあるだろうという長い髪だった。誰の?と思いながら、近くにあったゴミ箱に捨てて実家を出た。


「くろちゃんね、まだ家の中におるんよ」と駅に着くと母が車内で話し始めた。

熱中症予防のために冷房の温度を下げていること、テレビの裏に入るのが好きだからテレビをずらしていること、カレンダーが落とされるから少し高い位置にあること、隙間に入るのが好きだから箪笥の横に隙間をあえて作ってること、よく104号室の方と隣接してる壁が好きだったこと、そして

「くろちゃんね、多分、毛が伸びてるんよ。あんたもさっき見たやろ?靴を散らかして、黒い毛が入っとったやろ?」と母が満面の笑みを浮かべて言うので私は「うん、見たよ」と頷いた。


人間の大人の生首の重さって5キロぐらいだから、くろちゃんと一緒だなと思いつつ、車を降りて、満面の笑みの母へ手を振り返した。

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ずれた 湾野薄暗 @hakuansan

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