美陰学苑ものがたり

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

「僕はね、お姫さまになりたい…、です!」

 一気に、食堂がしんとした。その場を走り回っていた子供たちでさえ。

「えっと…。育也いくやは、女の子になりたいの?」

「違うよ。この前、学校でお能を見る会があったでしょう。お姫さまが、とってもきれいだったから。だから、僕もなりたいなあって」

「なんだ。そういうことか…」

 安堵の息を吐く。確かに、育也は年少ということを差し引いても、可愛らしい子だった。

「どういうことだと思ったんだか。橋本はしもとは」

 育也は心配そうに上級生の顔色を窺う。

「ねえ、国見くにみさん。僕、お能を習いたい。大丈夫かな。小さい子は、ひとりきりで学校の外を出歩かれないでしょう。もし、先生が学校に来るのじゃなくて、生徒が先生のところまで来なさいって言われたら…」

 国見は、微笑む。

「大丈夫だと思うよ。育也の考えるとおりになったら、橋本と私が送り迎えしてあげるから」

「本当?」

 ぱっと顔が明るくなる。

「では、早速、職員室へお願いに行こうか」

 さっと、立ち上がる。

「はい!」

 私は、手を繋ぎ歩く、兄と弟のような二人の後をついていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る