七話 病室と治癒師

浮上する意識と共に目が覚めると、白い天井が目に入る。


「起きたか、フェイ」


忘れるはずがない声に顔を横に向けると、ベッドに腰掛けたクロードがこちらを見ていた。


「クロード、痛っ」

「いきなり起き上がるな、フェイは俺より重傷だったんだ」

「ここは?」

「治療院だ」


「治療院?」

「簡単に言えば傷を治してくれる場所だ、フェイの傷も塞がってるだろ?」

「ん」


白衣の下は包帯で巻かれており、《黒刃鷹》の剣羽根で貫かれたお腹と肩の傷も塞がっているのがわかった。


「クロードは?」

「俺は背中を抉られただけだ、フェイよりはマシだよ」

「十分重傷だと思う」

「そうか?」


シルバーの冒険者はあれくらいの死闘は日常茶飯事なのかもしれない。


「そんなわけないだろ」

「顔に出てた?」

「ああ、名付きネームドと戦うなんてシルバーでも一生に一度くらいの頻度だ、そういう意味じゃ俺たちは運が悪かったよ、いや、逆に討伐できたんだから幸運だったのか?」


「ん、生き残った、それだけ十分」

「そうだな、フェイの言う通りだ」


フェイの言う通り、あの時話した通り二人で生き残ったことの方が大事だ。


クロードはゆっくりと立ち上がり、フェイのベッドに腰掛ける。


「あっ、クロードの短剣」

「ん?」

「返さないと」


全身を探すが見知らぬ白衣なのでどこにもない、もしかしてなくしたのではと考えたところで、ベッドの近くのテーブルの上に置いてあった。


「あった、返す」

「ああ、少しは役に立ったか?」

「ん、これがあったから囮の役目をこなせたと思う」

「フェイを脅威に感じて俺の存在を一瞬だけ忘れさせ、その隙を突く、あの時は無我夢中だったけど今考えると大博打もいいところだ」


「私は良かったと思う」

「そうか?」

「あの時思いついた最善を選んだだけ、博打だなんて思わない」

「まぁ、《黒刃鷹ゼーレ》が相手だったらどんな作戦も似たようなものか」


フェイに慰められたというわけではないが、そう納得することにした。


「あらあら、話し声がすると思ったら二人共起きてたの」


二人で話していると病室に、女装をした厚化粧の大男が入ってきた。


「ボリスか」

「そうよ、久しぶりね、クロードちゃん」

「ああ、残念なことにな」

「本当よ、聞いたわよ、名付きネームドと戦ったんですって?」


「そうだ」

「運が悪かったわね」

「本当にな、フェイと一緒じゃなきゃ絶対にあの世行きだったよ」


「うふ、貴女が噂のホワイトちゃんね」

「ん、フェイ・バルディア・ルー」

「ボリス・フェンティスよ、この治療院で治癒師ヒーラーをやってるわ」


「噂って?」

「あら、気になるの?」

「ん」


ホワイトの冒険者が名付きネームドを倒したんだ、ギルドで噂にならない方がおかしいだろ」

「ん、確かに」


「概ねクロードちゃんの言う通り、これについて話す前に軽く診察をさせてちょうだい」


二人は断る理由もないので首肯し、ボリスは軽く触診し、いくつか質問する。


「気分はどうかしら?」


「良好だな」

「元気」


「記憶の混濁はある?」

「今のところはないな」

「ない」


「まぁ、こんなところかしらね。それと二人は最低でも二週間は絶対安静よ」


「完治にはどれくらいかかる?」

「全く冒険者って連中はどいつもこいつもせっかちね」

「お前も人のことは言えないだろ、それで?」


「クロードちゃんは一ヶ月、フェイちゃんは一ヶ月半ってところかしら」

「結構早いんだな」

「貴方の応急処置が的確だったお陰ね、フェイちゃんのお腹に刺さっていた剣羽根を抜かなかったも良い判断よ」


クロードは決戦に挑む前に最低限の止血はしたが、どうやらそれが功を奏したらしい。


「《弓剣アルソード》は伊達ではないわね」

「茶化すなよ」

「あら、褒めたのよ?」

「お前に褒められても嬉しくねぇよ」


「はいはい、そういうことだから二人共安静していること、もし治癒師ヒーラーで私の言うことを破ったら容赦しないわよ」

「いらん心配だぞ、ボリス」


「クロードちゃんには言ってないわ、フェイちゃんに言ったのよ」

「大丈夫、分かってる」

「ならいいわ、それでさっきの話の続きだけど聞く?」


「ん」

「ギルドは名付きネームドと貴方たちの噂で持ちきりらしいわ、クロードちゃんはともかくフェイちゃんがホワイトって事実がそれに拍車をかけてるのよ」


フェイの強さがホワイトに伴わないのは、クロードからすれば当然だが、こういった事例は案外少ない。


ある程度の強さを持つ人間は既に立場を持っているものだ、仮に何かの事情がそれを追われたとしても冒険者になる人間はそこまで多くない。


それでも元奴隷という冒険者はいるにはいるが、フェイほど強いやつはいないだろう。


「そのうちギルドの職員が色々と聞きに来るだろうな」

「ええ、そうでしょうね。クロードちゃん、フェイちゃんのことは貴女が守るのよ?」

「当たり前のことを言うな」


「うふふ、クロードちゃんはそういう男だったわね、それじゃあ私は失礼するわね、何か困ったことがあったらすぐに呼ぶのよ」


それだけ言ってボリスは病室から出ていった。


「守るって?」

「フェイはホワイトだ、冒険者としての立場はないに等しい、それは分かるだろ?」

「ん」

「そしてそんなフェイがシルバーと一緒とはいえデカい手柄を立てた、そうなると方々から注目を集めることになる、そうなるとどうなる?」


「何か悪いことが起きるの?」

「起きると言えば起きる」

「そう」


「ああ、もしそうなった時は全力で俺はフェイを守る、というか一緒に戦う」

「ん、クロードが一緒なら無敵」

「自信が凄い」

「変なやつが来たらぶった斬る」

「いいんじゃないか?、ただ相談はしてくれよ」

「ん、分かった」


「さっきの、ボリスって人と知り合い?」

「あいつか、顔見知りっとこだな、別に怪我をするのは初めてじゃないからな」

「ん、クロード、信頼してた」


「ボリスをか?、治癒師ヒーラーとしては間違いなく優秀だからな、性格には難ありだが」

「なんで女装してるの?」

「さぁな?、確かなんとか流の教えだとか言ってたけど詳しくは知らん」


左から右に聞き流した記憶がある。


「フェイ、実力のある冒険者っては大抵どこかのネジが外れてる奴しかいないぞ、そういう奴らを相手にする時は気にしないのが一番だ」

「なるほど」


「ああ、冒険者は良くも悪くも実力主義だ」

シルバーはクロード以外に何人いるの?」

「それはリベルタにって意味か?」

「そう」


「俺を含めて六人だな、さっき会ったボリスもそうだ、トウカは知ってるだろ?」

「ん」

「あとは《七色カラフル》、《風槍ウィルマ》、《飛盾アギス》だな」

「それはクロードの《弓剣アルソード》みたいなやつ?」

「ああ、シルバーまで行くと大抵は異名がついてる、ボリスとトウカだって《崩拳フィスト》と《剣鬼サムライ》って異名で呼ばれてる」


「意外と多い」

「リベルタは大きな都市だからだろ、この街を治めるリベルタ侯爵家は王国でも有力な貴族だしな」

「そうなんだ」


くだらない話を二人は続け、気付くと一日が過ぎた。

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