五話 知り合いと名付き

翌日の早朝、クロードとフェイの姿は冒険者ギルドにあった。


相も変わらず依頼を求める冒険者たちで混雑しており、二人は一度依頼を受注する為に別れた。


多くの冒険者がひしめき合うのを他所にクロードは、銀枠の依頼板の前に立ち、張られた依頼を物色する。


しばらく眺めているとコルミナ森林の依頼を見つけた。


「む、この気配はクロード殿か」


聞き覚えのある声に振り向くと、黒い眼帯で目元を覆い、異国の羽織を身に着け腰に二本の剣を差す黒髪の美人が立っていた。


「トウカ、久しぶりだな」

「うむ、残骸遺跡以来でござるな」


トウカ・フジモリ、リベルタの遙か東の土地からやってきたクロードと同じシルバーのドックタグを持つ実力者であり、盲目というハンデをものとしない卓越した剣の腕を持つ。


「そうだな、どうだ、最近の調子は?」

「まずまずと言ったところであろう、そちらは?」

「トウカなら分かるだろ?」

「左肩の違和感は承知、某が気になるのはクロード殿に傷を負わせた存在でござる」


クロードの等級はシルバー、数多くいる冒険者の中でも上から数えた方が早い実力者だ、そのクロードを負傷させた存在を同じ銀のトウカが気にならないはずはない。


「油断したと言ったら信じるか?」

「ふふ、クロード殿、つくならもう少々まともな嘘をつくでござる、貴殿ほど不測に備え警戒する冒険者を某は寡聞にして知らぬ」

「冗談だ、実は…」


「クロード、依頼は見つかった?」


トウカと話している間にフェイが戻ってきた。


「ん、邪魔した?」

「いや、ちょうどいい、トウカ、このフェイがだ」


クロードの言葉にトウカを目を丸くしたように見えた。


「深く事情は聞かぬが今は敵対していないということでござるか?」

「そうだ、今は新人の冒険者だ」


「挨拶が遅れ申した、某はトウカ・フジモリ、クロード殿とは何度か依頼を共にした仲でござる」

「フェイ・バルディア・ルー」

「なるほど、フェイ殿がクロード殿に傷を負わせたというのは眉唾ではないようでござるな」


「ん?、分かるの?」


実力者が相手の力量をある程度見極められるのはフェイもできることなので、驚くことでは無いが目元を眼帯で覆うトウカができたことに、フェイは疑問を抱いた。


「フェイ殿は目が見えぬ某を弱いと思うでござるか?」

「ん、それはない」


トウカの立ち方は剣の達人のそれであり、フェイの本能がたとえ剣を持っていなくとも彼女の間合いには入りたくないと言っている。


そこまで思考が至り、フェイはトウカの言いたいことに気付く。


「トウカは強者の気配を感じている?」

「当たらずとも遠からず、某は目が見えぬがということでござる」


おそらくそれがトウカの強さの秘密なのだろうが、手の内を簡単に明かさないのは当然だろうとフェイは内心納得する。


「答えにくいことを聞いてごめん」

「気になさるな、某のそれは他人に教えても問題ないもの、ただ自ら吹聴する必要はないと言うだけでござる」

「それはそうとトウカ、依頼を探しに来たんじゃないのか?」


「いいや、某はギルドに用事がありそれを終えた帰りでござる」

「そうだったのか」

「うむ、お二人は何やら予定があるよう、某はここで失礼するでござる」


「ああ、また会おう」

「ん、また」


トウカは綺麗な会釈をして、二人の前から去った。


「コルミナ森林の依頼はあった?」

「あったぞ」

「ん、運がいい、早く行こう」

「はいはい」


◆◆◆◆


クロードが受けた依頼はコルミナ大森林の奥地に生息する一角獣ユニコーンの討伐依頼だ、一角獣ユニコーンとは純白の体躯を持つ馬型の魔獣であり、普段は大人しいが敵対した際には態度を豹変させ、暴れ回るので気づかれる前に仕留めるのが定石とされる。


「弓を使うクロードにとっては楽な相手」

「そういうことだ」


二人は森の中を歩き、フェイはタルル草を見つけては素早く根ごと引き抜き、籠に入れる。


「手際がいいな、冒険者になって二日目とは思えないぞ」

「クロードに褒められた、嬉しい」

「アリシャにも言われなかったか?」

「言われた、プルル草が一個もないのは凄いって」


「実際そうだぞ、葉っぱの色で判別できるとは言えそれ以外に見分ける手段はないからな、熟練の薬師ならその限りじゃないそうだが俺たちは素人だからな」

「クロードも薬草採取した?」

「駆け出しの頃な、薬草採取はホワイトが皆通る道だ」


二人は話しながらも森の中を進み続け、しばらくすると森の雰囲気が変わる。


「ん、雰囲気が変わった?」

「ここから先は奥地だ、小鬼が居ない代わりに…」


「ギャアアア!!」


左右の木の影から鳴き声を上げながら二匹の人型魔獣が二人に襲いかかる。


気配に気付いていた二人はそれぞれの得物で、首を切り落とし、袈裟斬りにする。


小猿ウーキーがいる、小鬼よりは少ないけどな」

「それは朗報」


フェイは呆れるほど湧いてくる小鬼に飽き飽きしていたようだ、嬉しそうなのがこちらにも伝わってくる。


金になるとはいえ面倒臭いものは面倒臭いということだろう。


魔石を抜き取り、二人は先に進む。


一角獣ユニコーンがいる場所は分かってるの?」

「ああ、奴らは水辺に棲みつく習性がある、この先に小さな川が流れてる、ひとまずはそこを目指す」

「ん、分かった」


三度の小猿ウーキーとの戦闘を経て、二人は目的の川へ出た。


「フェイ、周囲の警戒を頼む」

「ん」


フェイは反射的に了承したが、いきなり弓に矢を番えたクロードに疑問を抱くと同時に矢が放たれる。


放たれた矢は空気を切り裂き、百メートルほどの先の上流にいた一角獣ユニコーンの頭を貫く。


「よし」

「見つけてから殺すまでが速い」

「これが俺の特技だからな」


川を上り頭を射抜き絶命した一角獣の傍による。


「フェイ、少し手伝ってくれ」

「何する?」

「一角獣の角を切る」


クロードは一角獣の真っ白い角を指差して言う。


「高く売れるの?」

「ああ、かなりな。これを持ち帰らない手はない。角を押さえてくれ、俺が切る」


短剣を抜いたクロードが、しゃがんだところでフェイの耳がピコピコと揺れる。


「ん?」


ふと上を向いたフェイは木々の隙間から見える太陽の光に目を細める。


「フェイ、どうした?」


クロードの問いかけにも答えず、上を見続けていると太陽の光に黒い点が現れ、その瞬間フェイの背筋に凄まじい悪寒が走る。


「クロード!」


考えるよりも先に体が動き、クロードを抱き抱えその場から逃げる。


クロードが困惑する暇もなく、凄まじい轟音と共に何かが舞い降りた。


何かが舞い降りた衝撃波で木々がなぎ倒され、二人も揃って吹き飛ばされるが何とか受け身を取る。


二人は即座に得物を構え、突風が土煙を吹き散らし舞い降りた存在が現れる。


その存在を目にした瞬間、クロードの目が驚愕に見開かれる。


「キシャャャャャャャ!!!」


漆黒に輝く刃物のような翼を広げ、剣の如き嘴が光り、甲高い鳴き声を上げて威圧感を振りまく。


「《黒刃鷹ゼーレ》…だと」


名付きネームドと呼ばれる特別な魔獣がいる。


あまりの強さ故に冒険者ギルドから莫大な懸賞金を掛けられ、名前を与えられた魔獣をそう言う。


三年前突如として空から舞い降りたその凶鳥はその刃の如き翼で何人もの冒険者を彼岸へ送り、名付きネームドとなった。


その名は《黒刃鷹ゼーレ》。


冒険者の等級で言えばゴールドに相当する文字通りの怪物が今二人の前に立っていた。


クロードがここまで育ててきた冒険者としての本能が最大限の警報を鳴らす。


逃げろ、お前では勝てないと本能が叫ぶ。


(自分勝手だな、目の前の怪物は俺たちを認識してる、それに相手は空を飛ぶんだ、この走りにくい森では逃げられっこない)


「クロード」


自分の本能を笑っているとフェイに名前を呼ばれる。


「何だ?」

「一緒に死んで」


フェイの真剣味を帯びた言葉にクロードは場違いにも吹き出しそうになった。


「フェイ、言い方が違うぞ。一緒に生きる、だ」

「ん、そう、だからクロードに私の全部をあげる」

「ああ、俺もフェイに全部やるよ」


互いに覚悟を決め、こちらを警戒する《黒刃鷹ゼーレ》と相対する。


目の前の生き物たちは絶望していない、それを感じ取り《黒刃鷹ゼーレ》は警戒していた。


開始はなんの前触れもなく、クロードの矢が告げた。

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