内緒の夢の中

@sioaziusume

第1話


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「やぁ、はじめまして。私は夢の管理人。名前は内緒だ」


 いつもの自己紹介を口にしてみる。あやしく思われないか心配だ。名前が内緒だなんてやっぱりやめた方がいいかな、いやでも。

 あっちに行ったり、こっちに来たりの思いを巡らしていると、目の前にシャボン玉のような物が浮かび上がった。いつもの事だ。


「なんでシャボン玉なんて物を知っているかって?それも内緒だ。いや、これは内緒にしなくてもいいか」


 こうやってたまに独り言を言っておく。そうしておかないと、いざという時に変な声が出てしまうからだ。前に変な声が出た時は、そのまま変な声でやり通した。おかげで、自分の声を忘れそうになってしまった。

 

「笑わないで欲しい。私はその、格好つけなのだ。格好いいのが好きなのだ」


 自分のどうしようもない性格に溜め息をつきたくなる。私の気分に関係なく、今日もあちらこちらにシャボン玉のような物がいくつも浮かび上がっている。

 ゆっくりとシャボン玉のような物の間をすり抜けていく。触れないように壊さないように。シャボン玉のような物はえっと、何て言うんだったか。えっと、そう。ハイカラだ!色々な色が付いている。あっちのは緑と青のストライプ、こっちのは白と紺のダイヤ柄。


「今日もハイカラだ」


 えっへん、決まった。格好いい私はお気に入りの高台に着く。この高台からはシャボン玉のような物が全て見渡せるのだ。すごい。私はいつもここに相棒と一緒にやって来る。


「相棒のつま、ようじ様だ」


 いつもの相棒の紹介をする。この前は笑われてしまったが、理由は分からないでいる。名前が可笑しいのだろうか?いやそんなことはないはず。すごい物の名前なのだ。なんでも歯に詰まったものを取ってくれるらしい。

 想像してみろ。何か格好いい台詞を言っている時に、歯に何か詰まっていたらどうだ?とても格好悪いではないか。

 

「ひゃ」


 想像しただけで恐ろしくて声を上げてしまう。そんな恐ろしい事をやっつけてくれる、つま、ようじ様。格好いいに決まっているのだ。ちゃんと敬称を付けなくてはいけない。

 だけど、私が持っているのはただの槍だ。つま、ようじ様ではないが、その、名前だけでもあやかりたいのだ。


「すまない。名前負けしないよう頑張るから」


 相棒が鈍く光る。さて、そろそろ私の仕事に集中しよう。私の仕事はシャボン玉のような物を槍で突いて消す事だ。


「慌てないで欲しい。触れないように壊さないようにしていたのは違う。私が消すのは黒い色のシャボン玉のような物だけなのだ」


 ふーっ。言葉が足りないとよく言われる。この前もそのせいで、もみくちゃにされかけ。いや、何でもない。私は格好いい。こういう時は始めから説明するといいと学んだばかり。おっほん。

 

「シャボン玉のような物は、皆の夢なのだ」


 これで万事オーケーだ。今一度高台から、シャボン玉のような物達を見渡す。ん?右から3列目。奥から4番目のシャボン玉のような物が黒くなっているではないか。

 つま、ようじ様を両手で持って駆けていく。いや、やっぱり片手で。


「とぉーりゃっ」


 格好いい掛け声を出し、黒い色をしたシャボン玉のような物を突く。


 キンッ!


 いつも通り金切り音がして消えていった。

  

「これで怖い夢とはおさらばだ」


 格好いい決め台詞を決める。これもいつも通り。

 近頃は黒い色のシャボン玉のような物は少なくなった。20年ぐらい前にはビックリするぐらい多い時期があったのだが、それと比べると。えっと、何て言うんだったか?ムーンとスポーンだったか、何か違うような気がするが...。まぁ、これはこれで格好いいではないか。


「ムーンとスポーンなのだ」

 

 あとで分かったのだが、20年ぐらい前にはシアターという所で、ホッだったと思う。ホッラーという物が流行ったそうだ。

 その時の私の活躍と来たら、すごい。それはすごい、格好いかったのだ...


「すまない。ウソなのだ。格好いい掛け声も決め台詞も言えなかったのだ」


 やはりウソはダメだ。いくら格好いい事でも、ウソでは格好悪くなってしまう。残念だが。

 そんな時期もあったが、今はスポーンの時期なのだろう。黒いシャボン玉のような物は多くない。代わりに、とあるシャボン玉のような物が増えてきた。


「前は一月に1個ぐらいだったのだ」


 色が全く付いていない、透明のシャボン玉のような物。これが今は一日に1個はある。私はまた高台へと上ってきた。すごい。ここからだとシャボン玉のような物が全て見渡せる。私の担当する分だけだが。


「こ、これはウソではない。内緒にしていただけなのだ」


 自分のどうしようもない性格に溜め息を吐く。私の気分に関係なく、今日もそれは現れた。左から5列目、前から12番目だ。相棒を片手に駆けていく。いや、やっぱり両手で。


「ごめんください」 


 コン、コンと槍の石突きで透明のシャボン玉のような物を叩く。すると不思議。シャボン玉のような物の中に入れる。

 シャボン玉のような物の中に入ると、そこは何と言えばいいのか。いや、言えやしない。何も無いのだから。色も無いので見える景色の色の名も分からない。

 

「黒じゃない。無なのだ。何も決められていないのだ」


 私は夢の管理人。だから、そんな中でも進んでいける。今日はどこに居るのだろうか、早く会いたい。相棒を立てて倒す。右斜めに倒れた。私は左斜めに進んでいく。

 相棒よ。どうして左斜めに倒れてくれない。最初から左斜めにいる事は分かっている。格好がつかないじゃないか。おっほん。

 どれくらい時間が過ぎたかも分からない。ここには時間だってない。が、居た!


「やぁ、はじめまして。私は夢の管理人。名前は内緒だ」


「え?誰?ここは何処?」


 12、3、4歳?かな?最近の子は年齢が分かりにくい。誰と聞かれているが、既に夢の管理人と言ったのでもう一度言うのは格好悪い。  


「ここは夢の...中なのだ」


 正確には夢の中ではない。夢になれなかった夢の中とでも言えばいいのだろうか。少年?少女?いや、最近の子は分かりにくい。この前、髪が短いので男の子と思ったら女の子だった。少年少女は私の事をじっと見て、今は私の相棒に視線をよこしている。


「相棒のつま、ようじ様だ」


「つま?奥さんなの?ようじって男の名前でしょ?」


「いや、槍だ。ようじは男の名前なのか!おお、ありがとう。つま、ようじ様の情報が増えたのだ」


「どういたしまして?」


 少年少女は頭を下げた。いや、頭を下げなくてはいけないのは私の方だ。つま、ようじ様の性別が分かったのだ。

 私は丸くなる形で頭を下げる。本来は地面に手を着くのだが、地面が無いので丸くなるしかない。


「なにしてるの?」


「!!?」


 何!!?伝わってない!格好悪いではないか!おっほん。


「丸くなりたかったのだ」


 ウソはついていない。少年少女は私から距離を取ってあやしんでしまったが。こういう時は始めから説明するといいのだ。


「やぁ、はじめまして。私は夢の管理人。名前は内緒だ」


 やってしまった。始めから説明ではなく、始めから始めてしまった。格好がつかないのだ。もう一度同じ台詞を言ったのも格好が悪いのだ。おっほん、おっほん。


「ぷっ」


 少年少女が笑った。かわいいではないか。良かった、良かった。あやしまれていたのもこれで大丈夫だろう。えっと、何て言うのだったか。災い転じて福と成すだ!うん、うん。


「名前、教えてよ」


 少年少女が笑顔で聞いてくる。かわいくてもダメなものはダメだ。


「ダメだ」


「どうしても?」


 少年少女が悲しそうな表情をする。


「どうして、うっ。...何か目が覚める事を言ったら教えるのだ」


「夢の中なのに?変なの。ところで、この夢は自分の夢?」


「そうだけど、違うのだ」


「どういうこと?」


 心苦しいが伝えなくてはいけない。少年少女よ。君は今、夢を見る事が出来なくなっているんだ。何が原因かは私には分からない。ただ夢の世界を作る力が無くなって、それで見る事が出来ないんだ。


「夢の世界を作る力がない?」


「!?何故知っているのだ?」


「いや、今、説明してくれたよ」


 えっへん。不思議な事もあるのだ。口に何度も手を当てる。いつの間におしゃべりになったのか、頼もしい。


「そうなのだ。夢の世界を作る力がなくなったのだ。なにか心当たりはあるか?」


 少年少女は何か思い当たったようで、辛いような、諦めたような。私が見たくない表情をする。


「うん」


「聞くのだ」


「ユメノさんに言っても、どうしようもないよ」


 ユメノさんとは誰であろうか?少年少女は私を見ている。という事は私の事か。やはり名前を。いや、それはダメだ。


「私はユメノさんではない。管理人さんと呼ぶのだ。どうしようもない事などない」 


「管理人さん、あるんだよ。自分の事だし分かる。言っても何も変わらない」


 少年少女はつまらなそうな表情を見せてくる。これは私に対する挑戦だ。言わせてみろという事だ。いいだろう。いままで何人の話を聞いてきたと思っているのだ。


「お願いします。聞かせてください」


 私は丸くなった。


「ぷっ」

  

 少年少女が笑った。期待をよせて少年少女を見る。ところが少年少女は私と目が合うとツーンとしてしまう。ツーンだ、ツーン。ガックリうなだれてしまう。ますます丸くなる私。


 ツン、ツン。

 

 なんだ。もうツンは充分だ。今の私は団子虫だ。ツンツンされたら、もっと丸まるのだ。


 コショ、コショ。 


「ひゃ、くひゃひゃ。何をするのだ」 


 脇腹をくすぐられ丸まりを解かれた。くすぐるとはヒドイ奴だと少年少女を見ると、何と笑っているではないか。かわいいのだ。


「あはは。ごめんごめん」


「許すの、いや待て。話してくれたら許すのだ」


 おっほん。格好悪いのは分かっている。それでも少年少女にあんな顔をさせたままでいるのはもっと格好悪い。


「わかった、話すよ。そんなに聞きたいなら」


 やった。嬉しい。さぁ何でもいい。聞くのだ。聞きたいのだ。両手を揃えて膝の上に置く。

 

「もう。かしこまられると話しづらいなぁ。あのさ、この前。将来の夢って作文を書かないといけなかったんだけど、何にも見つからないんだ。問題集を解くのとは訳が違うんだ。公式とか記号とか、単語なら出てくるんだけど、何にもないんだ」


 将来の夢がない。夢の世界を作る力が無くなる理由で多いものだ。多いからといって皆同じというわけではない。


「宇宙飛行士。パイロット。弁護士。医者。スポーツ選手。俳優。歌手。社長。公務員。ユーチューバー。みんな、書いてた。だけど、自分には何にもないんだ」


 少年少女がまた辛いような、諦めたような表情をする。私の見たくない表情だ。反射的に声が出る。


「何にもない事なんてない!」 


「っ!ないんだよ!」


 少年少女が私を睨む。


「睨まないで欲しい。私はその、嫌われるのは苦手なのだ。格好悪いのも」


「ごめん」


 少年少女が下を向く。すまない。そんな表情をさせるつもりはないんだ。ゆっくり膝を伸ばし少年少女の後ろにまわり背中に触れる。小さい背中だ。


「見せてやるのだ」     

 

 少年少女の背中を押す。これは夢の管理人が使える権限のひとつ。少年少女の目から光があふれだす。光が写し出すのは少年少女の思い出。

 

 笑っている君がいる。泣いている君がいる。怒っている君がいる。


 君はどうして嬉しいの?君はどうして悔しがっているの?君はどうして譲れないの?


 走っている君がいる。考えている君がいる。迷っている君がいる。


 君が行きたい所は何処?君が作りたい物は何?君が一緒に居たい人は誰?

 

 決まった形にならなくていいんだよ。君が形を作ってもいいんだ。


 夢は自由なものだから。



 光が少年少女の中に戻り、何もない世界が色付いていく。もうお別れの時だ。


「見つかったのだ?」


「うん、うん。見つかった。ありがとう。見つけた夢は・・・」


 少年少女の笑顔がとても綺麗だ。私が見たい表情だ。


「えっへん、もう時間なのだ。さよならの挨拶をしなくては」


 色付いた世界に管理人は居られない。

 

「名前どうして内緒?」


 少年少女よ。それは言いたくないのだ。ここで私と会った事を君は必ず忘れてしまう。そういうルールなんだ。忘れられてしまう名前なんてとても格好悪いだろ?


「ウソ!?嫌だ!忘れたくなんかない!」


 おっほん。頼もしすぎる私の口。

 

「大丈夫。見つけた夢の事は忘れない」


「違う!管理人さんの事を忘れたくない!」


「ありがとう。ハイカラな世界を見せてくれて、おさらばだ」


 えっへん。精一杯の笑顔を見せる。私のしたい表情だ。決め台詞も決まった。 


「ハイカラ?それ、カラフルの間違いなんじゃ」


「!!」


 少年少女の言葉に目が覚めてしまった。


「...私の名前はモルレーブなのだ」


「あはは。絶対忘れないから!格好いいモルレーブの事。さよなら、ありがとう」


 笑顔で手を振る姿が、とてもかわいいのだ。だが、少年少女よ。ルールはルールなのだ。覚えていてくれたら、とても嬉しいけど。

 カラフルなシャボン玉のような物から出ると、目の前に黒いシャボン玉のような物があった。男のつま、ようじ様を振る。


 キンッ!


 いつも通り金切り音がして消えていく。


「怖い夢は消して。夢を見れなくなったら、また見させる。それが私の仕事なのだ」


 だから安心して。


「おやすみ」


**********************


 おしまい。いい夢を。

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