第40話 ジャイアント・キリング・1
第二王子ルーイはセインがアルベフォセ家からの依頼を受けた一時間後に、アルフレッドと共に入城した。
そして、穏やかな顔で少しだけ年下の青年に語り掛けていた。
アルベフォセ家の無骨な要塞のような城とは不釣り合いの爽やかな笑顔で。
「リーネリア様は君を弟のように思っていると仰られた。君の成長を見届けたいと仰られた。僕はそんな彼女の応援をしたいんだ」
「おと…うと…?」
真摯な姿勢を見せるだけでなく、「僕」という一人称を平民に向けても使う。
「うん。父上には怒られてしまったけど、僕はこうするべきだと思うんだ。リーネリア様の為に」
「リーネリア様の為に…」
依頼は当然、ダブルブッキングしている。
だが、目的地はそんなに遠くない。
「私たちは参加できないからな。しっかりと護衛を頼むぞ、青年‼」
アルフレッドはこの作戦には参加しない。
いや、参加させてもらえないが正しくて、こうなることを予測してのシグルドの依頼だから、被っていて当然だった。
「俺が魔物をひきつけて、涅槃の湖の安全を確保する…。そんなこと出来るか、分かりません」
「お前の異能があれば出来る。私の軍は参加が出来ないだけで近くにいる。私たちの軍隊に押し付けてくれたら良い」
ただ、そんなことを全く想定していなかったセインは、ここで目を剥く。
目的地は同じでも、目的が同じとは限らない。
アルベフォセ家はどうやら本気でやるつもりだ。
その証拠に正義感の強いアルフレッドにはアルベフォセ側の作戦が伝えられていない。
「…覚悟…か」
「そうだ。騎士は正義の為に戦う。お前も騎士を志しているんだろう?」
「…はい」
「今回の件、全て上手くいけば、お前は王家の剣となれる。両親の件の咎めも消える。私と共に歩める日が来るんだぞ」
そう。セインは騎士になりたいと思っていた。
今回の巣作りが上手く行けば、王はミズガルズ帝国に倣って、皇帝を名乗るのだろう。
セインは脅威ではなくなり、両親の汚名も返上される。
しかも…
…95と5が交互に並んでる。95はアルベフォセに押し付ける方。だって、アルフレッドさんはそう聞かされてるんだ。でも、その場合仲間の命が危ない。いきなりその状況…。シグルド様は俺が何を言われるかも知ってたってこと?
セインは早速動揺した。
図ったようではなく、謀ったような両極端な数値に、顔を顰める。
「どうしたんだ、セイン!お前の想いはその程度なのか!」
とは言え、
「いえ。…大丈夫です。要するに湖に近づく魔物を引き付けたらいいんですね」
謀られていても変わらない。
その狙いを考えるまでもないから、首を振って大きく振って、真逆の話をしている事実を頭から追い出す。
「おお‼やって頂けると」
セインはコクンと頷いた。
見えてしまうから仕方がない。
数値を口にしてはいけないと言われただけだから、多分これはセーフ。
あの場で口にしていたら、もしかするとグラムたちの顔が青くなっただろう。
けれど、それだってあくまで可能性の一つ。
「流石だ、セイン。…では、殿下。彼に命令なさってください」
「うん、そうだね。僕たちは涅槃の湖の中央にあるという離れ小島で準備をする予定です。だから——」
因みに拒否する選択もあったらしい。
らしいというのは、数値上あったという意味だから、らしい。
逃げ出せば、なんとセインの生存率だけ99.9999%。
あれだけ殺したがっていた王様達も、今は相手にする暇がないから?
いや、セインという雑音が聞こえなくなった方が、彼らもやりやすいから。
「半年…?」
「…あぁ。少々どころじゃない長さだが、宮廷魔法師長がそう言っていた。勿論、建設も含めての話だそうだけど、ね。やってくれるか?」
「えと、やります…けど…」
なんと、ここまでシグルドの計画と同じ。
シグルドが併せたのだろうが、彼らはフォセの民を南に逃がすという大事業だから、それくらいは掛かりそうなもの。
だけど、こっちは単にエルフとの子を授かる行為を行うだけ。
「なんだい?知りたいことがあれば、出来る限り教えよう。僕は君の味方でもあるんだからね」
「俺の味方…。それじゃあ、あの…。もしかして湖にお城を建てるんですか?」
「それなりの建物は建てるつもりだよ。城を建てるわけではないんだけど。それ以外にも時間が掛かるんだ」
「それ以外…」
「んー、これも君に話しておくべきか。実はエルフは子を身籠りにくいんだ。これはサロン殿が言っていたから、間違いないと考えている」
あの紫髪魔女が言ったらしい。
彼女の言った話の方が信ぴょう性があるらしい。
その理由も気になるところ、だが今のセインの脳は活動を止めた。
そうだった…。駄目だ。考えちゃダメだ。今は…
「分かりました。俺、頑張ります…」
□■□
俺は懐かしい故郷に戻っていた。
アルベの街から南にある森と言えば、トーチカ村跡地を拠点にすることになる。
なんとなく分かっていたけれど、何て言うか…
「何も…ない」
「悪かったな。俺達ももう一度来るとは思ってなかっ」
「いえ。そうじゃなくて、…もっと何かを感じるかと思ってた。でも…」
「貴族一行はセインちの両親が生きてるって言ってるっす。おいらもそこについては同じ意見っす。つまり最初から何もないんすよ」
「マニー、そんな傷つくこと言っちゃ駄目よ」
「駄目も何も、セインちが何もないって言ってるっすよ」
マニーの言う通り、俺は何も感じなかった。
俺は生家と森を行ったり来たりしていただけで、村民と大して仲は良くない。
ここで彼らと出会うまでは、ただの不帰の森の引き籠りだった。
「それにセインちはここで生まれてもいないっすよ」
「え…、そうなの?」
「そうっすよ。ねー、ハヤテっち」
そんな脳内に、ここで新たな情報が吹き込まれることになる。
確かに彼なら、俺が知らないことを知っていてもおかしくはない。
「あぁ、そうだったな。王の盾、セインの両親は元々、この地を任されただけだからな。二十年と少し前に第二王子を助けて、王として即位した後の話だから、その間にセインは生まれたんだろう。覚えているのか?」
「…うーん。俺は物心ついた時から、あの家に住んでたし、その前のことは父さんも母さんも話してくれなかったし。だから、こんなもんかな…って感じで」
「そんな話を聞いちゃうと、やっぱりセインが可哀そうに思えるんだけど…、って、マニー?なんか、臭くない?」
今回もここから別行動をする。
グリッツ組は男が多いという理由で、俺の手伝いは出来ないらしい。
あのリーネリア様は男に対して見境がないわけないのに。
もしも見境いがなかったら…なんて考えたくもない。
俺一人に危ない役目を押し付けるのだって、意味が分からないけど。
「仕方ないんすよ。王族から最高級のアールブ草を貰ったんすから」
「アールブ草?」
「これっす。別名、エルブンイヤー。言い伝えに因れば、神の民の国に自生してる草で、エルフとよく似た匂いがするっす。セインの家に金目のモノがなかったのは、恐らくこれを買うためだったんではと、…おいらは考えてるっすけどね」
「前に話してた美味し草ってこと?」
「そっす。森の中はただでさえ色んな臭いがするから、今回は特濃の美味し草汁をぶっかけるっすよ」
「まぁ…、それはいいんだけど、どうして今回も女装しないといけないんだろ」
「あの第二王子の依頼だから仕方ないんすよ。ま、理由は何となく分かるっすけど」
また、囮役。
南の森にはゴブリンの巣もあるし、女装した方がそれらを釣りやすい。
分かるけど、ゴブリン程度なら王様達がどうにかしそうなもの。
それよりも、なんとなく。マニーの表情が気になった。
そんな単純なものじゃないって考えているような。でも、いい。
今回の俺はいつもにも増して、何も考えずに行動するつもりだし。
「セイン。アルベフォセからの依頼もお前が要になっている。…どうにか生き残れよ。んで、作戦が終わったら、フォセの街で落ち合おうぜ」
グリッツ家の血を引くグラムとグリムも、別で動いているアルベフォセの作戦に乗っかる予定だ。
この国は終わっている。だったら、国力が低下しているとはいえ、まだ終わっていないフォセの国に逃げた方がマシ。
そもそも、アクアスの街に居場所はないし、他のギルドからも責められるし、って状況らしいから、彼らにとっては渡りに船だった。
「…生きてたら。俺、今回は——」
俺は息を呑むほど美しいエルフと距離を詰めたい! 綿木絹 @Lotus_on_Lotus
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