第38話 彼女のためにできること・3

「マニーって本当に凄いんだな」


 グラムとグリムでさえ見た目が全然違っていたのに、今は中流階級の商人家族一行にしか見えない。

 ある程度金持ちでないと、第二王子署名の通行手形との間に違和が発生するからだ。


「おいらはセインち専属のメイクアップアーティストじゃないっすよ」

「ちょっと。アタシはもっと若くしなさいよ。なんでババアなわけ?」

「グラムの兄貴が主人。グリムの兄貴が侍従頭でハヤテっちが奥様付きの侍従。そもそも、セイラっちとおいらを産んでるんすよ。それでもまだ若く作ってる方っす」


 ドワーフは手先が器用と聞いていたが、やっぱり凄い。

 例のバックパックから何でも出てくるし…


「あれ、そういえば。荷物って持って出られたんだ?」

「そうよ。何があったのか、突然警備の人間が少なくなってね。その間に」

「おいらがちょちょっと動いたっすよ。ま、どうせ、エルフ絡みじゃないんすか?」

「うん。最初は俺の両親の話だった。でも、玉座の間にリーネリア様が突然現れて、えっと——」


 流しの馬車は王都周辺を離れると途端に拾えなくなる。

 馬車宿で降ろされて、そこからは別の御者がえっちらおっちらと南へと下る。

 時間がたっぷりあったので、セインは王たちに何を言われ、その後何が起きたのかを出来るだけ丁寧に語った。


 すると


「ん?それ、順番おかしくない?セイン、貴方はアタシ達と一緒だと全員の生存率が低くなるって言ったわよね?」


 当然の疑問が出る。因みにマニーは我関せずで車窓の眺めを楽しんでいる。

 セインはその時々の生存率しか分からない、という意味でおかしいのだが、マニーはそこに連続性があることに森で気付かされている。

 だから、おかしいなんて思わない。


「多分、セインちの選択次第だったんすよ」

「あ…。そういうこと」

「ちょっと待てって。俺も話に混ぜろって。俺はマニーがドワーフってことも知らなかったんだぞ?」

「アンタは鈍すぎるのよ。何度もマニーと一緒に情報収集してて、どうしてただ手先が器用なだけって認識で止まるのよ」

「そういう人間って言ったのはお前だろ‼」

「話が脱線してっぞ。セインも首を傾げるんじゃあねぇ。最初から生かす気はあったってことだ。当然、お前の返答次第だったろうがな」


 お父さん役のグラム。

 因みに、彼とグリムの親は元々貴族だった。

 だが、元々魔力が低い家系で、世代交代を繰り返すうちに結界魔法具が使えなくなってしまった。

 仕方なく、王の手を借りた、というのがアクアス市の歴史である。

 ついでに言っておくと、他のギルド長もグリッツという当時の諸侯の子孫である。


「俺の返答…?返答って?」

「次の依頼のことですよ。坊ちゃん」

「グリム…さん?」


 突然の丁寧な喋り方にセインの両肩が思わず跳ねる。

 爵位は失っても、教育はちゃんと受けている。

 だから、どこからどうみても良い所の執事にしか見えない彼、グリム。


「もしも、同じ理由で、同じ報酬で。つまり両親の子殺しの罪を消すから、王の為に働けと言われたら、なんと返すおつもりでしたか?」

「そ、そんなの受ける訳ないじゃないですか!二度も騙されませんよ」

「そうでしょうね。そこでセイン坊ちゃんが殺されてもおかしくない。ですが、そうではなかった」

「それがセインと同行した場合、アタシたちの生存率が低くなった理由ってこと?親が使えないなら…」


 両親の罪を餌に出来ないとなれば、別の手段を使う。

 セインに家族はいない。そして村人ともあまり交流がない。

 そして、今一番彼に近い人物はグリッツ冒険者ギルドの仲間たち。


「え、それって…」

「ったく。俺達は人質要員で連れてこられてたんだ。見せしめに一人くらい殺す予定だったんだろ。俺がついて行ってたら先ずは俺が殺されてたってわけか」

「グラム様なら多少は抵抗出来たと思いますし、セインの力があれば…、と言いたいですが、流石に多勢に無勢です」

「グリム、その気持ち悪い喋り方どうにかできねぇのか?」

「今は変装中ですよ」

「はぁ…。まぁ、いいか。部屋に残ってても同じってこったろうな。だが、そこで王族にとって予期せぬことが起きた。…てか、エルフ絡みはそのタリスマンは教えてくれなかったってか?」


 するとセインの目が引ん剝かれた。


「だって、知らなかったから」

「ふーん。知らない事はスーチカの力が通用しないんすか?」

「それは…、よく分からない…って前にも言ってるし」

「マニー、茶化さないの。セインも分かってないんだから想像するしかないでしょ。王様だってリーネリアの登場は聞いてないって顔だったらしいし」


 姐さんがフォローしてくれたが、マニーの半眼は続いている。

 そして、セインはその目に耐え切れずに外の景色に視線を逃がした。

 実は一つだけ、心当たりがあるからだ。


 考えないようにしてた…から?だから、スーチカのタリスマンもソレを排除した?そんなの可能か分からないけど。でも、絶対に言えない。何度か、結ばれる確率を見てたなんて…絶対に…


 あまりに烏滸がましく、あまりに恥ずかしい。勝手に告白——と言っても伝えてさえいないが、勝手に頭の中で振られた。

 それを見透かされているような気がして、必死に見えてきたアルベフォセの城塞を眺める。


「…で、エルフの嬢ちゃんがセインを前から知ってるってことが分かった瞬間、ゴブリン矢が飛んできたと。ま、そりゃ殺したくもなるわな。つまり幼馴染ってことだろ?」

「ハヤテ。言葉遣いがなっていませんよ。貴方も侍従としての自覚を持ちなさい」

「はぁ?これは役だっつーの!」

「役だから、でしょ。それでゴブリンが城に現れたってことにして、セインも向かわせたと。で、そこからあの光景に繋がるのね。それにしても、断るって決めてたのにどうしてセインは…」


 そこで母親役のヒルダは息子役の青年の横顔を見て、はぁと溜め息を吐いた。


「だって男の子だもんね。かわいい子の前でカッコつけたいか。お蔭でアタシ達の周辺も手薄になったことだし」

「うううう…」

「あとはそのタリスマンの数値を探っていった先に、俺達がいたっつー感じだな」


 武装を取り戻したグリッツ冒険者ギルドの仲間たちが、自由に行動が出来るほどセインを殺せという王令が出ていたということだ。

 そして、第二王子のある意味裏切り行為によって、無事にアルベフォセまで逃げられた。


 とは言え、セインの選択が求められるのはここから。


     □■□


 アルベフォセ伯爵は数少ない封建時代の生き残りだ。

 他にオーラン伯爵、サファーバーグ侯爵とあるが、サファーバーグ家に至って王族の親戚と考えて良い。

 そしてオーラン伯爵領とアルベフォセ伯爵領の違いは近くにアクアスの街があるかないかと、領地の場所が東か南かの違いであった。

 それがアルベフォセ伯爵領の独自性に繋がっている。


 そもそも、アルベフォセのフォセは南の国フォーセリアから来ている。

 歴史を遡れば、フォーセリアの王族と親戚。それがアルベフォセ伯爵家である。


「はぁ…。まーた、ここっすか」

「ん、でも。俺は北側の記憶が全然ないんだけど」

「セインちも来た筈っすよ」

「そういえば、ずっと気を失っていたわよね。だから覚えていないんじゃない?」


 南側の記憶はあるけど、こっちの記憶はない。

 当時は南側の城壁に外回りで連れてこられたからだった。


「こんな大きなお城。それにルテナスのお城ともサルファの宮殿とも雰囲気が違ってる」

「見学は後だ。先ずは教えてくれ。今、俺達は安全なのか、危険なのか」


 グラムは真っ先にソレを聞いた。

 こんな仲間がいると、やっぱり知りたくなるのだろう、全員の視線がセインに集まる。


「99…。安全みたい」

「いやいや、1%は危険なのかよ‼…じゃなくて、危険なんですか?」


 ここでハヤテの出番。

 漸く、この話が出来る、なんてセインは思っていないのだが、彼は侍従役の男に向かって、はっきりとこう言った。


「99は安全ですよ。そもそも、俺は生きてて100って数字は見たことないですから」

「はぁ?なんでだよ。ヒャクパー安全な時だって、絶対にあるだろ」

「そんなこと言われても、本当に見たことないし。あのヒトの近くでも100には行かなかったし」

「ハヤテもそんな突っかからないの。そもそも、スーチカって能力だって件のエルフから聞いただけなんでしょ。それに…」


 そもそも100%なんて状況が存在するのか分からない。

 意図せず転んで、打ちどころが悪かったりするかもしれない。

 それにエルフの登場を読めなかったのだから、低確率で発生する何かが死を齎す可能性だってある。


 例えば、今。妙な連中がチラチラとこちらを見ているが


「…こっちだ」


 その中の一人が、口の形だけでそう言った。

 あの後、王子は父親を説得できたのか。何を説得するのか。

 ここでは話が通じると言ったが、いつ連絡をしたのか。

 結局、何も分からない。


「セイン」

「うん。大丈夫。行ってみよう」


 ヒルダは思わず目を剥いた。

 何の根拠か本人も理解していないのに、自信たっぷりにそう言ったのだ。


 あの魔法具って、そんなに凄いものだったの?


 ヒルダは母親役ということもあり、息子にあのタリスマンを残した両親の優しさを感じた気がした。


「そ。だったら、セインの言う通りかもね」


 そして、ついて行った先には


「おお‼無事でよかった。殿下から連絡が入った時は、そんなこと可能なのかと思ったものだ。セイン、お前の活躍はちゃんと私の耳にも入っているぞ」


 あの正義感の塊である次男坊、アルフレッドが本当にいた。

 であれば、やはりとんでもない力。


 アレは国宝にも匹敵する価値がある…。

 結界魔法具同様、使用者を選ぶものらしいけど。


 最初、彼はアレを差し出そうとして、グリッツ一家は無価値と判断して放り投げた。

 自分の審美眼もまだまだと思いながら、ヒルダは仲間たちと共にアルベフォセ城入りを果たした。

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