俺は息を呑むほど美しいエルフと距離を詰めたい!

綿木絹

第1話 人外の美との出会い

 カン!コン‼


 深い森の中で、一組と父と子が剣と盾で戦っていた。

 と言っても、互いになまくら。

 当時八歳の俺と、俺の父親だ。


「てい‼はぁ‼」

「いいぞいいぞ。セイン。そのまま俺に斬り込んで来い」

「ちぇぁああああ。…わ‼」


 打ち下ろした瞬間、俺の右の脇腹に痛みが走った。

 それで終わらず、剣の行く先にある筈の盾がない。

 そのまま空を切った勢いで、俺は激しく横転した。


「痛ぁ…。ず、ずるいよ、父さん。打って来いって言ったじゃん」

「戦っている相手の言葉を鵜呑みにするお前が悪い。父さんじゃなければ、今ので死んでたんだぞ」


 六歳になった日、自分の剣が欲しいと言った。

 持たせてくれるようになったのは、それから二年後。

 ついでに言うと、この日から三か月前。

 

「それはそうだけど…。う、膝を擦り剥いてる」

「派手に転んだからな。ここらで休憩しよう。セイン、母さんから傷薬は持たされているだろう?」


 父親がポンとリュックを投げて、俺は中を漁った。

 傷薬は、薬草を母が独自の加工をしたもの。

 料理にも応用できるもので、結構良い匂いがする。

 これは怪我をした時、痛いだけじゃなく、苦い思いをしないようにという、母さんの優しさだった。


「はぁ、僕も母さんみたいに魔法が使えたらなぁ」

「おー?父さん譲りの体だぞ」

「父さんみたいに大きくない」

「あと五年もすれば身長も伸びる」


 父は膝をつき、俺の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。


「止めてよ。僕の髪の毛が良い匂いになっちゃうぅぅ」

「ははは。それはいいな。もっと練り込んでいいぞ」

「練り込まないよ!」


 今になって、やっと分かったことだ。

 父さん程は大きくなれなかった。

 良いとこは一つも貰ってなかったのかもしれない。


 ガサッ…


 木々の奥からの微かな音。

 当時の俺は気付いていない。

 でも、冒険者として経験豊富な父はちゃんと聞きとっていた。


「父さん?」


 そして突然立ち上がる父。

 さっきまで笑顔は消え、険しい男の顔。


 ドンッと突き飛ばされた。


「セイン、良く聞け。我が家はあっちだ。あの木を目指して真っ直ぐに歩け」

「え?突然…、どうしたの、父さん」

「悪い。父さん、仕事を思い出したんだ。今日の訓練はここで終わりだ」


 ドクンッと今度は俺の心臓が跳ねた。

 とんでもなく、嫌な予感。

 俺の父と母は俺が生まれる前、王に仕えていた。

 何かの戦で、身を挺して王を守ったとか、領主を守ったとか、色んな話を村民から聞いていた。

 自慢の両親だった。


「僕も行く‼」


 だから、憧れていた。自分も同じ道を歩みたい。

 物心がついた時には、俺は父と母と同じ道を歩むんだと考えていた。


「駄目だ‼死にたいのか‼」

「僕も父さんみたいになりたい。だから——」


 ここで一時間くらい口論した気がするけど、今思えば数分程度だったかもしれない。

 とにかく、俺は父親にしがみ付いた。

 父は王にしたのと同じように、自分を守る為に立ち向かう。


 我が子を守る為に立ち向かう。理想的な父像だ。


 ドン‼


「痛っ」


 ビリィィィ


「あ…、く…」


 父はしがみ付く俺を強く突き飛ばし、一瞬後悔というか、名残惜しそうな顔をした。


「いいな。我が家に戻るんだぞ」

「父さん、行かないで!」

「帰れ‼死にたくなかったら追ってくるな‼」


 そして、俺に背を向けて走り出した。

 突き飛ばされ、父のリュックが俺に圧し掛かったことで、俺は出遅れた。

 数十mか、数mか、少しだけ追ったところで、異変を感じて立ち尽くした。


「え?…何?」


 ガサガサガサと草花が騒ぎ、ザサザサザサと広葉樹が踊る。

 バサバサバサ、キーキーキー。色んな音が全方位から聞こえてきた。


「えっと、家…があっち。父さんはそっち…。ど、どうしよう」


 進むか、退くか。

 八歳の俺に判断できるわけもない。

 だから、その場で立ち止まってしまった。


 シャッシャッシャ‼チチチチチ‼ビリィ‼


「痛…、ひ…」


 そして、何かが俺の上に飛び乗って、先ずはリュックを引き剥がした。

 ただ、流石に父と母に憧れていた俺だ。


「コ、コボルトめ‼やっつけてやる‼」


 おもちゃみたいな大きさの剣と盾。

 だけど、父は剣と盾だけで、ただの冒険者から騎士になった。


 父に似ているのなら…


 バキッ


「そんな…、僕の盾が…」


 コボルトの爪を受け止めると、罅が入り、あっさりと壊れる盾。

 八歳児がギリギリ持てる重さの木製盾だから、そもそも盾として成立していない。

 でも、俺にとっては剣よりも盾の方が、守ってくれる存在で。


「く、来るな!き、斬る…ぞ…」


 盾が壊れたら、片手剣を両手で持つ。

 そして、守ってくれるものはない。

 見たくない物まで見えて、両膝が震える。

 コボルトだけじゃなく、ゴブリンまで集まっていた。

 しかも前も後ろも右も左も。囲まれているとは思わない。

 我が家がどっちかも分からない。


「お、お母さん…」


 こんなの耐えられるわけない。

 眼から涙が溢れてただろうし、失禁だってしていたかもしれない。

 もう、混乱状態で、気を失う直前。

 最後に、いや最期に母の顔を浮かんできたから、家に居るはずの母に助けを求めた。

 魔法使いの母親なら、もしかすると——


 ドン‼


 キッシャッシャッシャ‼ギャッギャッギャ‼


「助け…て…」


 もしも母が賢者クラスの素質を持っていたら、気付いてくれるかもしれない。


 カラン…


 遂に剣も剥ぎ取られ、


「痛い…お…、嫌だ…よ…」


 鎧も剥がされる。


 あれらにとって小動物の一つと変わらない。


 父は何処、母は何処。死とは何?

 何も考えられない状態で、俺は食べられる。

 殺される。間違いなく死んでいた。

 迂闊な子供が、不帰の森で死ぬ。当たり前のことだった。


 だが——


 ギャッ‼


 捕食者は何故か崩れ落ちた。


 一匹、二匹。奇声を上げて、倒れていく。


「え…、とう…さん?おかあ…さん?」


 それ以外、考えられなかった。


「残念だけど、パパでもママでもないわ。はぁ…、なんでこんなところに人間の子供が?」


 生い茂る枝葉は少しでも太陽の日を浴びようと上へ上へ伸びていく。

 だから、日光の殆どは木々の葉により遮られ、昼間でも薄暗い森。


 そこだけ木洩れ日があったのか、正直覚えていない。


「だ…れ…?」


 八歳の俺が、愛とか恋とか、ちゃんと考えたことはなかった。


 コボルトとゴブリンは彼女の弓矢に居抜かれていた。

 そして、俺も彼女の青く冷たい視線に居抜かれていた。


「誰でもいいでしょ。寝覚めが悪いから助けてあげる。荷物を纏めて、あっちに走りなさい」


 八歳の俺でも、これだけはちゃんと分かった。


「ちょっと?呆けてないで逃げなさい。私の気が変わらないうちにね」


 太い枝の上から見下す彼女は


「う、うん…」


 ——とても美しい

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