一千夏と恭太郎(ichika&kyotaro)

ナカムラ マコ

一千夏、久々に幼馴染みを誘う

「全然、ダメ。悲しい」


「ほらほら、こういうときは甘いものだって。ほらケーキ食べて」


 照明の配置が行き届いた、居心地のよい店内で一千夏は友人の麻亜紗と京佳に慰められていた。


 週のあたま、一千夏は彼氏に振られたばかりだった。先週までラブラブだと思っていたのに、昨日、突然の破局。


「好きな人ができたから別れたいとか、ありえないでしょ。その三日前にヤっといてどの口が言うか!だよ」


「一千夏一千夏、声抑えて抑えて」


「でもひどいよね、それって」


「でしょ、クソ~…あ、このロールケーキ、美味しい」


「だよね、クリームが軽すぎず重すぎずでいいでしょ、はい、お茶おかわり入れるよ」


 大きなティーコゼを取って、三人分で6杯以上は入っている、大ポットのダージリンを注いでもらう。




 ウエイターがピッチャー片手にやってきて、お冷を満たしてくれた。


「ありがとう」


 笑顔で会釈を返すウエイター。


「この店、ウエイターさんのレベル高いね」


「でしょ。面接でセレクトしてるよね、たぶん。ねえ、今のヒトとか、一千夏の好みじゃない?」


「あ…わかった?」


「そりゃあね。写真あるよ、あのヒトの」


「え?」


「『わたしのウエイターズコレクションが火を噴くぜ!』…ほらほら」


 京桂がスマホを見せる。


「と、盗撮じゃん」


 プレビューは麻亜紗をこの店内で撮影したものだったが、フレーミングが大きくずれていて、ウエイターが写り込んでいた。


「これをちょっとトリミングして…はい、LIMEで送ったよ」


「やば。盗撮同罪じゃんか。でもありがと」


 顎ラインくらいの長髪を無造作にバックにして、背が高くてチャラくない細マッチョ。確かに一千夏の好みではあった。


 ダージリンはまだおかわり分たっぷりあって、時間もあった。なんせ今日は金曜だ。


 イケメン談義をしているうちに、一千夏が調子を取り戻した様子に二人はほっとした。


「え、おごってもらっちゃっていいの?」


「いいよいいよ。一千夏が元気になってよかったよ」


「うん、わたしら二人のおごりね」


「ありがと。うれしい。ごちそうさま」


 駅ビルに移動してウインドショッピングしたりしているうちに時間が来て解散となった。じゃあねと手を振って、コンコースで二人と別れる。


 一千夏は一階のエスカレータ近くにあるスペースでソファベンチに座って、人待ちした。



 昼に、外で夕飯食べようとLIMEで幼馴染の恭太郎を誘った。


 ─ 夕食代もらったんだけど、いっしょにどう?

 ─ あ、俺ももらった。でもバイトがあるから7時過ぎるけど

 ─ あんたバイトしてんの?まあいいわ。どこにする?

 ─ 駅前の総合ビルのそばがバイト先だから、その辺のどっかで

 ─ わかった。エントランスのソファかベンチで待ってる


 一千夏と恭太郎の母親二人は、温泉に旅行に行って今日明日は留守だった。

 食事代を置いていったので外食することにしたのだ。


 ソファでスマホをいじる。ウェブトゥーンを読んだりしているうちに、さっきもらった盗撮写真を思い出して開いた。


 ほんとう、好みかも。と一千夏は思った。柔らかさとがっしりと清潔感と誠実さが融合した男らしさだった。でも、なんか既視感ある人だなあ…


 ──「なんで俺の写真持ってるんだ」


 背後の声に驚く。


「え?」


 振り返ると、男性が一千夏の真後ろに立っていた。

 驚いた一千夏はあわててスマホを伏せた。

 盗撮された当人に、スマホを覗き込まれていた。


「え、勝手に、み、見ないでください」


「でもそれ、俺でしょ、一千夏?」


「へ?」


 後ろに立っているのはさっきのウエイターだ。服装は白シャツ黒パンツカフェエプロンのいでたちではないが、見間違えようがない。


「さきほどはご来店ありがとうございました」


 にっこり笑うその口に白い歯が光る。


「へ?」


 一千夏は混乱した。でもこの声は。


「須田さんと三上さんは常連だけど、一千夏がいっしょにいて驚いたよ。ほら、早く飯食いにいこうぜ」


「…きょ、恭太郎?」


「はい?ああ、バレれてたらさっきの時点で声掛けられてるか。俺ですよー。で、なに食いたい?」


 やっと分かってきた。恭太郎に間違いないが、なんかドッキリみたいで気持ち悪い。


 なんせ、学校じゃ典型的な目隠れ陰キャ、そのものの容姿なのだ。



「…オムライス食べたい」


「じゃあ、〈卵とわたし〉か〈BELL〉だな」


 さっさと歩き出す恭太郎に並んで、言う。


「〈BELL〉の普通のオムライスがいい。バリッとしたやつ」


 二人は5階のレストラン街にある〈BELL〉に向かった。


 一千夏は黙って付いてゆく。

 恭太郎と外でこうやって話するのって、何ヶ月ぶりだろうか。と思う。

 とにかくしばらくぶりだった。


 店に入って、二人ともオムライスを注文した。


「で、何がどうなってんの?」


「あー、バイトは以前やってた。先週今週は、ヘルプで入ってるだけ」


「そのイカシた格好は?あとダサ眼鏡は?」


「オーナー、うるさいんだよ服装に。コンタクトはバイトの時だけ」


「…あの無彩色男がここまで変わる?」


 徐々に調子を取り戻してきた一千夏だった。

 違和感はばりばり。でもよい方に変化した幼馴染には、好感が持てた。


 どころか、


 ─── ちょっと惚れたわ。でもこれ、一目惚れっていうの?だいたい、正体、恭太郎だし。ないない。



 オムライスが来た。わざわざスプーンが紙ナプキンでキツキツにくるんである。これがレトロスタイル、らしい。懐かしがる人も多かった。


 スプーンをグラスにかしょんと入れてから食べだす。

 母親がそうするようにいったのが、習い性になってしまった。


「で、俺と話するの解禁ってことは、そういうこと?」


「そう。…今日、別れたばっかり」


「そうか。まあいろいろあるよな」


「うっさい…」

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