優しい追放

わんこそば

第1話 追放

魔大陸の夜は、まるで漆黒の絵の具で塗りつぶしたかのような黒色だ。


星の明かりはこの大陸を覆う分厚い暗雲で覆われ、魔大陸の地上に届くことは無い。


辺りを照らすのは焚き火の明かりただ1つ。


明かりの外へ出れば、歴戦の勇士でさえも獰猛な魔獣によってその命を散らす事になるだろう。


魔大陸と、その名の示すとおり人の踏み入るべきではない、間の領域であった。


「ユナ、君をパーティから追放する」


「…え?」


魔大陸の奥地、魔王城まであと数日で辿り着くであろう場所で、私はアレクシスにそう告げられた。


「待って!アレクシス、貴方も私の支援魔法の事は理解しているでしょ!?」


「…」


アレクシスは無言で焚き火を見つめていた。


「君の力には確かに助けられた」


「なっなら…!」


「でも、もう必要ないんだ。」


思わず息を飲む。なんの感情も示さないアレクシスの瞳は、まるでこの魔大陸の夜のような、漆黒に染まっていた。


「僕達は十分な力を手に入れた。この地に蔓延る凶悪な魔獣すら、もはや僕達の敵じゃないんだ。」


本気で…言っているの……?


確かにアレクシスは強い。並の魔族や魔獣では傷1つ付けられずに、一刀の元に切り伏せられるはずだ。


しかし、その自信は一体どこから来るのだろうか…?魔族の王たる魔王は、遙か昔に神々の争いに破れた邪神なのだという。


いくら人類最高の英雄だろうと、神と戦うのがいかに無謀なのかは理解しているはずだ。


例え私の支援魔法が昔ほどに効果が無くとも、支援があるのとないのとでは、ある方が良いに決まっている。


「ユナ」


勇者パーティの頼れる兄貴分として、私達に足りない経験を補い、幾度もパーティを救ってくれた戦士、ルーカスが声を上げる。


「アレクシスが言えないようだから俺が言おう。はっきり言って君は我々の戦いに不要どころか、邪魔なのだ」


「ッ!」


「君の支援魔法は確かに有用だろうが……その支援によって得られる強化に対して、君をわざわざ守りながら戦う事のリスクが全く釣り合っていない」


確かに最近は支援魔法を使う事が殆ど無かった。でも、邪魔だなんてそんな事まで言う必要があるだろか?


皆の役に立てるようにずっと努力してきた。支援魔法以外のサポートだって沢山こなしてきた。


確かに人類最高とまで呼ばれる勇者パーティの一員としては、私が戦力で劣るのは事実だ。


それでも、一流と呼ばれるだけの戦闘技術を身に付けたし、私の支援魔法は絶対に皆の役に立つと、自信を持ってきたのに…


「ユナさぁ、他にもアンタが邪魔な理由教えてあげよっか?」


「リニ…」


女性ながら、賢者に最も近いと呼ばれる魔術師がリニだ。彼女の魔法は多種多様で、軍すら滅ぼす殲滅魔法から、回復に加えて……強化の魔法も使うことが出来る。


「そもそもアンタの支援魔法じゃなくても私の支援魔法で十分なのよ。私なら自分で回復も攻撃も防御も、アンタよりもずっと高水準で使える。」


支援魔法は重ねがけできない。


役割が被っており、強化の倍率も大きな差がないとなれば、お役御免されるのもある意味当然かもしれない。


リニの言葉を最後に暫く辺りに沈黙が降りるが、それを破るようにアレクシスが言葉を続けた。


「ユナ、僕達3人はこれから魔王を討伐し歴史に名を刻む英雄になるんだ。それを君のような……はっきり言って足手まといが同じ栄誉を掴もうだなんて、傲慢だと思わないかい?君には、今ここでパーティを抜けてもらう。」


私が足手まといだってことは半年前から気付いていた。得意の支援魔法を使う機会は減り、段々とただの荷物持ちのようになっていた。


パーティで私が話しかけらる事は減り、色々と努力もしてみたけど、結局は実らなかった。


「あんまりだよ……せめて、教えて。なんでこんな直前になってなの?」


しばらくまた沈黙かまただようが、アレクシスはため息を吐きながら答えた。


「……荷物持ちとしてはそれなりに便利だったからさ。もう聞きたいことはないかい?」


私は所詮、便利な荷物持ちだったって事か…


「…分かった。今までありがとう」


流れる涙を無理やりに拭いさり、立ち上がる。


魔大陸の夜は危険だが、これでも勇者パーティ…勇者パーティの元一員だ。1人で帰ることくらいは出来る。


「待ってくれ」


アレクシスの言葉に振り向く、そうだよね、こんなお別れ、あんまりだから。


「え」


投げ渡されたのは私の装備品一色だった。


「装備を忘れているよ。もう君の顔も見たくないんだ。取りに戻られても困るからね。後、死ぬならどこか遠くにしてね。決戦の前に君の死体を見たら寝覚めが悪い」


「ッ!!」


私は、そのまま魔大陸の暗い森へと入った。


自分へと最大値まで支援魔法をかけ、魔獣達が襲う暇もない程の速度で駆けた。走って走って、走って走って走って、体力の限界まで何日も走り続けて、私は森を抜け海岸線へと出た。


「私は…」


今まで、何のために彼らを支えてきたのだろう。


魔大陸の黒い夜空を見上げるながら、私は嗚咽を上げて泣いた。



――――――




魔大陸から王国へ渡った私の元に、勇者パーティ敗北の報が入ったのは、それから半年も後のことだった。


彼らは1ヶ月以上も昼夜を問わず戦い続け、魔王を傷付けはしたが、全員が死亡した。




―――


それから1ヶ月後、新たな勇者としての力を継承したのは私だった。


「顕現せよ…」


詠唱を唱えると、手のひらの聖印から聖剣が現れる。


その剣を軽く天に振るえば、たったそれだけで空が裂けた。


「はは、確かに私の支援魔法なんて必要ないのかもね」


圧倒的な力だった。これなら確かに神様だって倒せそうだ。




――――――




そこから私は、3年かけてたどり着いた魔王城に、1ヶ月で辿り着いた。


魔王を守る魔将や、強大な魔獣達をアレクシスのパーティだった頃に倒していたのも大きかったが…勇者としての能力があまりにも違い過ぎた。


私が聖剣を振るえば天が、地が、海が割れる。


得意でないはずの攻撃魔法だって、賢者に最も近いと謳われたリニの魔法を、遥かに凌駕する力で放つことができる。


幾度が力では対処出来ない危険に陥ったこともあったけど、3年の旅の中でルーカスの知識を得ていた私は、難なく対処することができた。


今の私は、たった1人でアレクシス達の勇者パーティを上回るだけの力を持っていたのだ。




―――




魔王との戦いは3日3晩続いた。


時を操る力を持つ魔王には苦戦したが、ついにその時がやってきた。


「私はっ!私の力でっ!貴方達が必要ないと言った私の力でっ!貴方達が倒せなかった魔王を!倒す!!!」


私の攻撃に拮抗していた魔王の再生能力を、支援魔法による僅かな差による強化倍率の違いによって、私は打ち破った。


再生能力を失った魔王はその命を失い、魔大陸を覆っていた暗雲が晴れ、魔王城と呼ばれていたそこに、光が差し込んだ。


魔大陸と呼ばれたその地は、魔王の死により魔の呪縛から解放されたのである。


私の支援魔法があったからそこ、魔王をうち倒せたのだ。



―――




魔王城と呼ばれた場所、そこを後にしようとした時、あるものが目に入った。


「アレクシス、ルーカス、リニ…」


折り重なるようにして倒れていたのは、まるで何十年も経過したかのように風化したアレクシス達の死体だった。


「どうしてあんな別れになったのかな…」


最後の半年間、私はまるで仲間ではなかったかのように扱われ、最後にはただの荷物持ちは邪魔だと追放された。


でも、どうしても私はアレクシス達を憎むことが出来なかった。傷付けられたし悲しかったけれど、一緒に旅をしてきた間の絆だけは、本物だったと信じたいのだ。


「……何?」


手に握ったままだった聖剣が、淡く光を放ち始める。


聖剣の剣先を亡骸の方へと近づけると、空中に幾つもの景色が浮かび始めた。


「これは…」


浮かぶ景色はどれも見たことがある場所。アレクシス達と旅を共にした風景だった。


「もしかして」


ある事に気付いた私は、より強くある景色を念じる…


そうすると浮かび上がるのはあの日の、追放の時の景色だ。


聖剣は、倒した相手の力を獲得すると言う権能がある。


時を操る事のできる魔王を倒した私は、その時の力で、亡骸を通してアレクシス達の過去を見る事が出来るようだった。

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