第46話 空前のモテ期


 髪を切ってから数日が経った。


 あれ以来、おびただしい数の視線を向けられるようになり。

 学校での俺のポジションが随分変わったように思う。


 例えば、クラスで全然話したことのない人に話しかけられたり。

 それこそ学年も違うのに声をかけられたりと、劇的に状況が変わった。

 そのせいかおかげか、外に出るだけでかなり疲れるようになってしまった。

 やはり俺は前の方が性に合っていたのかもしれない。


 なんてことを考えながら自動販売機で飲み物を買う。

 するといかにもキラキラした女子生徒三人組が近づいてきた。

 全員スカートが短く、制服をかなり着崩している。


「ねぇ、君って九条くんだよね? 二年生の」


「あぁ、はい。そうですけど」


「やっぱり! ……うん、写真で見るより実物の方がカッコイイね!」


 なんで写真で見てるんだ。

 もしかして俺の写真、出回ってるんだろうか。


「わかる~! ってかあたしら、体育祭のときも見ててさ!」


「最下位から全員抜いたとき、ちょ~カッコいいなって思ったんだよね~!」


「……ありがとうございます」


 なんて答えればいいのかわからず、そう答える。

 すると女子生徒がグッと俺の方に踏み込んできた。

 香水の甘い香りがふわりと舞う。


「それで、さ? 私たち結構君のこといいなって思ってるんだけど……」


「放課後、時間あったりしない?」


「あたしら三人と“イイこと”しようよ」


 そう言いながら、ちらりと谷間を見せてくる。

 赤い派手な下着がわずかに顔をのぞかせていた。


「えっと……」


「何なら昼休みとかでもいいよ? 私、いい場所知ってるんだぁ?」


「ってか別に“今から”でもいいし」


「結構“そっち”には自信あるからさ? ね、しようよ」


「ふふっ、絶対君を気持ちよくさせてあげるっ♡」


 さらに三人が距離を縮めてくる。

 どうしようかと困惑していると、俺の背後から足音が聞こえてきた。



「ちょっと、離れてくれる?」



 俺と女子生徒の間に割り込み、一ノ瀬がキリっと三人を睨みつける。

 相変わらず放つ圧は凄まじい。


「まったく、良介に色仕掛けとはいい度胸ね。私という女の子が近くにいながら」


「っ!」


 三人が顔をしかめる。


「残念ながら良介はすでに“予約済み”よ。別の男を当たりなさい」


「……い、行こ」


「う、うん」


 三人が悔しそうに立ち去る。

 一ノ瀬は完全に姿が見えなくなるまで見届けてから、くるりと俺の方を向いた。

 まるで褒めろと言わんばかりの顔をしている。


「ありがとう、一ノ瀬」


「いいわよ、別に。でも、迫られてもちゃんと断れるようにしなさい? 女っていうのはね、ずるい生き物なんだから。わかった?」


「わ、わかった」


「絶対わかってないわね……」


 一ノ瀬がため息をつく。


「ま、良介がそんな感じならこっちから捕まえておくだけだけどっ」


「うおっ!」


 一ノ瀬が俺の腕にしがみつく。

 そして顔を俺の腕にこすりつけた。


「……はぁ♡ いい匂い。これよこれ……今のうちにマーキングしないと……ふふっ♡ これで誰も近づけないわ……ふふふっ♡」


「えっと、一ノ瀬?」


「良介は気にしなくていいわ。私が勝手にやっておくから。すぅー、はぁー……ぐへへ♡」


「あはは……」


 一ノ瀬に吸われたり嗅がれたり、擦りつけられたりするのを黙って見る。

 正確には、黙って見る“しか”なかった。

 ……あの、この場合はどうするのが正解なんでしょうか。










 一ノ瀬と廊下を歩く。

 

「見て見て! 九条くんだ!」

「カッコいい……」

「一ノ瀬さんと歩いてるよ!」

「やっぱり付き合ってるのかな……」

「でも花野井とも仲良くね?」

「葉月さんとだって一緒にいるじゃん!」

「ってか俺、最近九条が綺麗なお姉さんと歩いてるところ見て……」

「人気すぎだろ」

「やっぱりカッコよすぎるよなぁ」

「体育祭のこともあるしな」


 注目を一手に集めながら進んでいく。

 俺は気まずくなって、ふと見つけたポスターに視線を逃がした。


「そういえば、そろそろ全国統一模試だな」


「確か日本で一番受験者数が多いのよね」


「へぇ、そうなのか」


「そういえば九条くん、一年生に受けたときはどうだったの?」


「えっと、確か……」


 言いかけたところで、ふと前の方を歩く男子生徒に気が付く。

 歩き方が少しおおざっぱで、彼らしくなかった。

 それに雰囲気も、以前とは少し違う。

 それは周りも感じているようで……。


「ねぇ、あれ須藤くんじゃない?」

「ほんとだ! でもなんか様子おかしくない?」

「最近、須藤くん変なんだよ」

「嫌なことでもあったのかな?」

「須藤ってもう少しオーラあったくね?」

「今はなんかイマイチって感じだな」

「どうしたんだろうな」

「あ! ってかそんなことより九条くんだよ!」

「ほんとだ! やば、何度見てもカッコいいんだけど……!」

「一ノ瀬さんと一緒だ!」

「超お似合いの美男美女って感じだね……!!!」


 やっぱり周りも、須藤の異変に気が付いてるみたいだな。

 俺からすれば、裏の顔が少しずつ見えてきてるというか……。


「むふふふっ♡」


「一ノ瀬?」


「ううん、なんでもないわ」


「そ、そうか」


 なんでもないにしてはあまりに頬が緩んでる気がするが……。

 ま、本人がなんでもないと言うなら、これ以上追求するのはやめておこう。





     ♦ ♦ ♦





 ※須藤北斗視点



 絶対九条に恥かかせてやる……。

 俺が一番じゃなきゃダメなんだ。

 なのにここ数日で俺の人気まで持っていきやがって……!!!


 絶対に許さねェ。

 ……今に見てろ。

 調子乗ってるみてェだけどな、今度こそ俺がお前に“大恥”かかせてやるよ……!!!


 クックックッ……。



 


 

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