第42話 大好きと愛だらけ


 散髪を終え。


 鏡に映る俺に以前の重たい前髪はなく。

 顔がはっきりと出ていて、下ろしても目にかからないくらいの長さになっていた。


 これなら店に出るたびに髪をセットしなくても大丈夫そうだ。


「ありがとう葉月。おかげでさっぱりしたよ」


 後ろに立つ葉月に声をかける。 

 しかし、葉月は鏡を見たまま固まっていた。

 それは花野井も五月さんも同様で、一ノ瀬は妙に誇らしげに腕を組んでいる。


「えっと……どうした?」


 再び声をかける。

 すると葉月がぽつりと呟いた。



「……カッコいい」



「え?」


 今カッコいいって言ったか?

 誰が? え、俺が?

 

「良介くんのことだからイケメンだとは思ってたけど、ここまでとは……」


「すごいわ……! 俳優さんみたいね~!!!」


 花野井と五月さんが目をキラキラさせて俺の顔を覗き込む。

 そんなにジロジロと見られると恥ずかしいんだが。


「ま、良介のポテンシャルなら当然の結果ね。でもまぁ……ふふっ♡ これで全員手のひら返しだわ。反応が楽しみね……ふふふっ♡」


「何言ってるんだ一ノ瀬は」


 ぐへへへ、と恥ずかしげもなく一ノ瀬がにやけている。

 たぶん今自分がどんな顔してるのかわかってないんだろうな。


「九条くん、今までどうして隠してたの~⁉ もったいない!」


「隠してるって何がだよ」


「その顔だよ~! すっごくイケメンさんだ~!」


「イケメン? 誰が」


「九条くんがだよ~!」


「そんなわけ……」



「「「「そうだよ!!!!」」」」



 全員から総ツッコみを食らう。

 俺がイケメンって、嘘だろ?

 でも葉月がそんなおべっか使うとは思えないしな……。


「でもよかった~! いい感じにならなかったらどうしようかなって不安だったけど、九条くんならどんな風になろうとカッコいいね~! 坊主でもさ~!」


「いや坊主って」


 それはさすがに……。


「……うん、意外とありね」

「悪くないかも!」

「坊主の男の子、私は好きよ~!」


 なんか坊主賛成派が多数を占めてるんだが。

 女性陣全員だし……もしかしてほんとにそうなのか?

 もはや自分が信じられない。


「でも、いい感じになったのは葉月の腕がいいからだよ」


「私の腕が~?」


「美容室苦手なんだけど全然嫌な感じしなかったし、手際もめちゃくちゃよかったと思う。それにこの髪型、結構気に入ったよ。俺に似合ってる気がする。だからありがとな、葉月」


「っ!!! 九条くん……」


 この言葉はちゃんと葉月に伝えなければダメだ。

 直感的にそう思って、葉月の方に振り向く。

 そしてさらりと言った。







「きっと葉月はいい美容師になるな」







「っ!!!!」


 葉月の顔が一瞬にして真っ赤になる。

 それは俺がこれまで見たことのない顔だった。

 俺から目をそらし、体をぷるぷる震わせる。


「……ありがとう」


 葉月なら満面の笑みで微笑んでくれると思ったのだが……見当違いだったようだ。

 長居しては悪いと思い、立ち上がる。


「また俺の髪を切ってくれると助かる。正直言って、前髪長いと邪魔だからな」


「……うん」


「それと、もしまた取り立て屋とか困ったことがあったら言ってくれ」


「…………うん」


 葉月が俯いたまま頷く。

 さて、そろそろ帰るか。


「じゃあ葉月、またあし――」












「九条くん~~~~っ!!!」












「え?」


「「「ッ⁉⁉⁉」」」


 葉月が突然、腕を広げて俺に抱き着いてくる。

 ぱさっと俺の腕に収まると、胸に顔をぐりぐりと押し付けてきた。


「葉月⁉ どうした⁉」


「大好き! 九条くんのこと大好き~~~~~!!!!」


「え⁉」


 どういうことだ?

 というかどんどん体が締め付けられて……。

 葉月の豊満な胸が俺の体で潰れていく。

 それに葉月の体はどこも全部柔らかいし、いい匂いがするし……。

 

 な、なんだこれ⁉

 今俺、めちゃくちゃダメなことしてる気がする。


「九条くん~~~っ!!!」


「ちょっと弥生ちゃん⁉ 何してんの⁉」


「えへへ~~~~!!!」


「私の良介よ! 離れなさい!!!」


「大好きだよ~~~!!!」


「ちょっと!!!」


 一ノ瀬と花野井もやってきて、乱戦状態に陥る。

 三人に揉まれ、もう何がなんだかわからない。


「わ、私だって負けてないし!!!」


「うおっ!」


 花野井が後ろから抱き着いてくる。

 花野井の胸の感触が生々しく背中に伝わって……。


「私が一番よ!!!」


「おわっ!」


 一ノ瀬も負けじと割り込んで入ってくる。

 今俺の体に触れるものすべてが柔らかく、とにかくもみくちゃにされていた。


「も~~~!! 私も大好きよ~~~!!!」


「五月さんまで⁉」


 五月さんまで参戦してきて、訳の分からないことになる。

 俺は今、四人の女性に抱き着かれていた。

 どういう状況だよ、これ……。


「えへへ~~~! 九条くん大好き~~~!!!」


 葉月がにへらと頬を緩ませ、俺のことを見てくる。

 これが美少女四天王か……すごい破壊力だ。


「も、もう勘弁してくれ……酸欠になる」


 必死に声を出すも四人は聞いていない様子で。

 結局俺はしばらくの間、四人にひっちゃかめっちゃかにされたのだった。





     ♦ ♦ ♦





 ※葉月弥生視点



 私は今、ときめいていた。


 ここ最近、九条くんと話すと楽しいなとは思っていた。

 心が通っている感じがして、すごく楽しかった。


 でも九条くんがあのとき、私に任せろって言ってくれて。

 本当に私とお母さんの問題を解決してくれて。

 しかも髪を切らせてくれて。




 ――きっと葉月はいい美容師になるな




 誰かに言ってほしかった言葉を私にくれた。

 胸がどくんどくんと鳴っている。

 体も熱くて、頭はぼんやりとしている。

 

 これが本で読んできた“恋”なのかな。

 いや、きっとそうだ。

 だってこれが恋じゃないなら、この感情は説明がつかない。



 私は九条くんに――恋してるんだ。



 そして私は、思わず九条くんに抱き着いてしまった。

 すると思いが我慢できなくなって溢れてくる。

 

 “大好き”って言葉が、無意識に溢れ出してくる。


「大好きだよ~~~!!!」


 九条くんを心と体が求めている。

 私はただその通りに行動する。

 だってそれが恋なんでしょ?


 この“恋”は私だけのもの。


 九条くんをずっと抱きしめていたい。

 ずっと、ずっとずっと。




 私の心は、九条くんへの大好きと愛だらけだ。




 九条くんも私と同じだけ応えてくれるように頑張らなくっちゃ。

 

 でもそれは“一人だけ”なんだよね?

 ……なら私がもらうしかないね。


 九条くんの一人分しかない大好きと愛を、私がいっぱいもらうんだ。


 ふふっ、いいよね~? 九条くん♡


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