第28話 クズの反撃と無防備な美女


 放課後を知らせるチャイムが鳴り響く。


「バイバイ花野井さん!」

「じゃあね~!!!」

「また明日~!!」


 花野井が教室を出ていくクラスメイトに声を掛けられる。


「ばいば~いっ!」


 花野井は満面の笑みで手を振り返すと、鞄を肩に下げてトコトコと俺の席にやってきた。


「じゃ、良介くん。一緒に帰ろっか!」


「おう」


 俺も鞄を肩にかけ立ち上がる。


「それにしてもいいのか? 最近俺とばっかり帰ってるみたいだけど」


「え? なんで?」


「だって前まで瀬那とか葉月とかと一緒にいただろ?」


「あぁー! 大丈夫!! 二人にはお話済みだから!」


「お話? なんの話したんだよ」


 純粋な疑問で訊ねる。

 すると花野井は顔を真っ赤にさせて、急に慌て始めた。


「そ、それは秘密!! 絶対にダメっ!!!」


「そうなのか?」


「そうなの! 乙女には言えない秘密なのっ!!!」


「そ、そうか」


 そこまで言われてしまえばこれ以上は聞けまい。

 それに人には言いたくないことの一つや二つ、当然あるだろうし。


「それはそうと」


 周囲を見渡し、大丈夫なことを確認してから顔を花野井の耳に寄せた。


「ひゃっ⁉ りょ、良介くん⁉」


「“あのこと”、瀬那たちには話したのか?」


「っ! ……一応それとなく話したんだけど、あんまり信じてもらえなくて」


「そりゃそうだよな」


 学園一人気者な須藤の裏の顔がヤバいなんて、言ったところで信じてもらえるわけがない。

 須藤に好意を寄せているあの二人ならなおさら、だ。

 例えそれが花野井の口から聞いた話でも。

 

 これには段階がいる。

 その段階だが……。


「ひとまず、花野井からも注意深く見てあげてくれ。俺ももちろんそうするけど」


「うん! わかった!!!」


 耳打ちでコソコソと話をしていると、不意に強烈なオーラを背後から感じる。

 気づいたときにはすでに遅く。




「二人とも? ちょっと距離が近いんじゃない?」




「い、一ノ瀬……」


 振り向くと、一ノ瀬が仁王立ちして睨んできた。


「良介? ダメよそんな距離感で話しちゃ。それも私がいないところで……ね? わかった?」


「えっと……」


「わかった?」


「……はい」


 この場合、俺はどうするのが正解なんだろう。

 全くわからない。


「ほら、早く帰るわよ。用事あるんでしょ?」


「あぁ。帰るか」


「そうだね!!!」


 三人並んで教室を出た。





     ♦ ♦ ♦





 ※須藤北斗視点



「えへへ~! 良介くんっ!」


「なんだよ花野井」


「ふふっ、呼んでみただけ~!」


「ちょっと良介。乳牛じゃなくて私を見なさい。ほらっ」


「ダメだよ良介くん! 私の方見て! ね!!!」


「えっと……」

 

 騒がしい。実にクソ騒がしい。

 それにべたべたとくっつきやがって……あァ、クソッ!!!!

 今すぐに飛び蹴りを食らわしてやりたいッ!!!


 しかし、その衝動をグッと堪えて陰から奴らを見守る俺様、須藤北斗。

 この世界の主人公である。


 俺は今、あのクソ野郎を叩き潰すために奴をつけていた。

 もちろん完璧な変装をしている。

 特注のカツラにメガネ、そしてマスクの三種の神器だ。


 奴らはおろか、他の生徒にも俺があの須藤北斗だとバレていないだろう。

 つーかそもそもアイツ、デレデレで誰かに尾行されてることすら気づいてないだろうけどwww

 ハッ! クソ童貞臭いしな、アイツwwwww


 とにかく、今はアイツの弱みが必要だ。

 それか徹底的に潰せる手がかりが見つかればいいが……。


「私だけ見なさい? じゃないと……ふふっ♡ 呪っちゃうかもしれないわね」


「良介くん? 私のことだけ見てよ。ね、ね? ふふっ、いいでしょ?♡」


 あの野郎ォオオオオオオオオオオオ!!!!!!

 雫と彩花にベタベタくっつかれやがって!!!!

 マジでムカつく! 元々そのポジションは俺のモンだったんだぞ!!!

 なのに横取りしやがって……クソがァッ!!!!!!!


 ……ふぅ、落ち着け俺。

 大丈夫だ。いずれアイツにこの屈辱を倍で返す。

 そして雫と彩花を取り返す。

 これは決定事項だ。

 今はあのクソ童貞野郎にいい夢見させて……。


 あぁあああああああああああああッ!!!!

 ちょっとでもムカつく!!

 イライラするゥッ!!!!!!

 マジで何なんだよアイツはァッ!!!!!!


 絶対にぶっ潰してやる……!!!


 ……それにしても。

 雫と彩花、あんな目してたっけ?

 俺の知ってる二人じゃ……。


 ま、まぁいい。

 すぐに取り返してやる!

 待ってろよォ……グフフフフ。





     ♦ ♦ ♦





 一ノ瀬と花野井に結局家まで見送られ。


 店がある一階ではなく二階に上がり、扉を開く。


「ただいま」


 家に上がり、いつも通りこずえの部屋を確認する。


「うへへへ……スクリュードライバーって、鉄の味するんだねぇ……うへ」


 こずえは今日も平常運転だ。

 昨日も朝まで店で働いていたし、もう少し寝かせておこう。


 さて、今日は買い出しの量も多いし、早めに準備を済ませるとするか。

 ガチャリと部屋のドアを開ける。

 すると俺のベッドの上でもぞもぞと動く、布団にくるまった“何か”が視界に飛び込んできた。


「んぅ……」


 寝息がかすかに聞こえてくる。


「……またか」


 小さくため息をついて、ベッドに近寄る。

 そして勢いよく布団を取り上げた。


「おはよう」


 声をかけると、少しずつ目が開いてくる。

 

 ボブくらいの髪の長さに、白くてもっちりとした肌。

 服装はホットパンツにゆるゆるとしたタンクトップで、下着がちらりと見えていた。

 人様には見せられないほどに、無防備な姿。

 

 そんな“彼女”はいつも通り気だるげにあくびをすると、半分くらいしか開いていない目で俺を見てきた。



「あ、りょうちゃんだ。おはよー」



 そう言ってふにゃりと微笑む彼女。






「いい加減自分の部屋で寝てくれよ、“瞳”さん」




 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る