第26話 二人目の覚醒者


 須藤が立ち去り。

 花野井が壊れたスマホを拾い上げる。


「ごめんね、九条くん。スマホがこんなになっちゃって……」


「花野井のせいじゃない」


「でも……」


「それに、“こうなるってわかってて”須藤にスマホを取らせたからな」


「え?」


 須藤を投げ飛ばす瞬間、当然須藤が俺のスマホを取ろうとしているのがわかった。

 しかし、わかっていてあえて取らせた。



「別に俺は動画を取ったのが“俺のスマホだけ”とは言ってないからな」



「どういうこと?」


 花野井が首を傾げる。


「実はあの時、私のスマホでも撮ってたの。ま、九条くんに言われて撮ったんだけど」


「そうだったの⁉ でもどうしてわざと壊させたの?」


「動画はもうないって思わせるためだよ。確かに須藤の言う通り、今あの動画を出したところで効果は微妙。もちろん、多少なりとも影響は出るだろうけど最適なのは今じゃない」


 必ず出し時がある。

 そこを狙うのが一番いい有効活用の仕方だ。


「それに、あの人の父親はこの学校に多額の寄付金を寄せている。つまり、出しどころを間違えれば簡単にもみ消されかねないのよ」


「なるほど……ってことは、映像はないと思わせたかったってことだね!」


「そういうこと。それに須藤は別に影響ないみたいに言ってたけど、あの完璧主義な性格だ。きっと映像を狙ってくる。そんなの面倒だからな」


「確かに!」


「でも、九条くんはこれから相当狙われると思うけどね? 散々コケにしちゃったみたいだし」


「それを言うなら一ノ瀬も危ないんじゃないか?」


「私は大丈夫よ。だって九条くんが24時間ずっと一緒にいてくれるんでしょ?」


「いつそんな約束した?」


「ちなみにだけど、その24時間には当然トイレも含まれるわ。私のときも、九条くんのときもね?」


「勝手に話を進めないでくれ」


 一ノ瀬の中で、なんでいつも勝手に話が進んでいるんだろう。

 空想の俺を作られている気がしてならない。

 咳ばらいをし、話を戻す。


「だから、花野井がスマホのことを気に病む必要はない。そもそもスマホなんて使わないしな」


「釈然としない……けどわかった! いったんは納得しとく!」


「助かる」


 さて、そろそろ帰らないといけない時間だ。

 今日もいつもより遅めの時間だが、店での仕事がある。


「じゃあ、そろそろ帰るか」


「そうね」


 一ノ瀬と並んで教室を出ようとする。

 すると、



「ちょっと待って!」



 花野井が俺の服の袖をつまんで引き留める。

 振り返ると、花野井があたふたした様子で視線をあちらこちらへやっていた。


「こういうのはちゃんと、言った方がいいと思うから……」


 一度深呼吸し、小さく「よしっ」と呟く。

 そして顔を上げ、俺の目をまっすぐ見て言った。











「ありがとね、くん!!!」











 花野井が笑顔の花を満開に咲かせる。

 白い歯はにっと垣間見え、いつもの元気いっぱいな花野井だった。

 そんな花野井の顔を見ていると、こっちまで頬が緩んでくる。


「よか……」



「は、は? なに私の九条くんを下の名前で呼んでるの? どういう許可があってのことかしら???」



 俺の言葉を遮り、一ノ瀬が俺の前に割り込んでくる。

 

「私が良介くんのことを良介くんって言うのに許可がいるの? どうしてかな?」


「良介良介言わないでくれる? ってか許可いるに決まってるでしょ? まだ私が下の名前で呼んでないんだから」


「じゃあ呼べばいいんじゃない? 私は良介くんっ! ってこれからいーっぱい呼ぶから!!!」


「っ! そ、それは……」


 一ノ瀬が口ごもる。

 そんな一ノ瀬の様子を見て、花野井がニヤリと口角を上げた。


「なに? 恥ずかしいんだぁ?? 普段はあんなに良介くんにベタベタしておいて? 意外に一ノ瀬さんって初心だよねぇ?」


「っ!!! こ、これくらい余裕よ! その……りょ、良介」


「あはははっ! めっちゃ照れてる! ふふっ、顔赤いよ?」


「こ、この……! 乳牛女!!!!」


「なっ!!! にゅ、乳牛じゃないんだけど私は!!!!」


「そんなおっぱいあったら乳牛よ! くじょ……良介に近づかないで!!!!」


「うおっ!」


 一ノ瀬が俺の腕に抱き着いてくる。

 明らかに胸が押し付けられていて、というよりもはや挟まれていた。


「っ!!! こ、こうなったら……えいっ!!!!」


「花野井⁉」


 花野井も腕に抱き着いてくる。

 ぽわん、という効果音が間違いなく鳴っただろう。

 な、なんだこの感触は……。

 

 一ノ瀬も決して小さいわけじゃない。

 なのにこの花野井の大きさはレベルが違うというか……。

 完全に俺の腕が押しつぶされていた。

 それに弾力もあって、柔らかいだけじゃないというか……って、何言ってんだ俺は。


「私乳牛じゃないからね……? 良介くんっ」


 花野井が上目遣いで俺を見てくる。


「お、おう」


「ちょっと良介? なに乳牛女のこと見てるのよ。私だけ見なさい? だって良介は私だけの良介よね? 他の女にデレデレするとか……私、何するかわからないわよ?」


「っ!」


 一ノ瀬の目に再び魔力が宿る。

 恐ろしい。本当に逆らったら何されるかわからない。


「私もだよ? 良介くんにはちゃんと私を見てほしいな? ……他の女の子はイヤ、だから」


「花野井まで⁉」


 花野井もまたとろんとした瞳で俺を見てくる。

 どうなってるんだ、これは……。


「良介くん♡」


「良介♡」


 左右から呼ばれ、困惑するしかない俺。

 俺は一人しかいないっていうのに……。

 

 きっと幸せな困惑をしている俺は、この状況で苦笑いするしかなかったのだった。





     ♦ ♦ ♦





 ※花野井彩花視点



 良介くんの腕に抱き着く。

 こうしてると幸せな気持ちに満たされて、少しだけ変な気持ちになってくる。


 もっと良介くんに触れてたい。

 そして良介くんに、気持ちいっぱいに触れられたい。


 お腹の下あたりがうずき始める。


 私はずっと、みんなのことを考えてきた。

 だから須藤くんが好きだったときは、宮子ちゃんや弥生ちゃんがいたから正直一歩引いていた。


 ……けど、そんなのはもう終わりだ。

 このモヤモヤと私の中にたまっていく気持ちに素直に従おう。

 じゃないと私に嘘をつくことになるから。

 そんなの辛いだけだって、私は知ってるから。


 だから……良介くんを、私のものにするんだ。



「良介くんっ♡」



 もう他の人を気遣ったりなんかしてあげない。

 私の好きな人は、私だけのものなんだから。


 ふふっ♡ いいよね、良介くん?


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