第21話 裏の顔がバレそう


 ※須藤北斗視点



「だ、大丈夫?」


 宮子と弥生が困惑した様子で俺を見下ろす。

 そこでハッと我に返った。

 今俺、完全に見られてた。抑えることができていなかった。

 

 普段の俺はこんなこと言わない!

 や、やっちまったッ……!!!


「だ、大丈夫! いやぁ悔しくってさ! まさか負けるなんて思ってなかったし」


 慌てて取り繕う。

 しかし、焦りの中でも確かに腹の奥底で気色の悪い敗北感が煮えたぎっていた。

 だが今は我慢だ!

 ここで感情を出せば、宮子と弥生に幻滅されちまう……! 

 俺の完璧なイメージを崩しちゃダメだ!!!


「あははは、恥ずかしいところ見られちゃったね」


 すぐに表情を切り替える。

 俺は須藤北斗。あの完璧な須藤北斗だ。


「ほ、北斗でもそんなに悔しがることあるんだね」


「俺もびっくりだよ。こんな経験、めったにないし」


「そうだよね~。北斗くんが負けてるイメージないし」


「だからつい取り乱しちゃったよ。ごめんね、怖がらせて」


 苦笑しながらも爽やかな笑みを浮かべる。

 女ならイチコロの最強イケメン。

 そのオーラを遺憾なく発揮する。


「っ! いいよ別に。北斗だって人間だもんね」


「北斗くんもカッコよかったよ~! だから落ち込まないで~!」


「あははっ、ありがとう。宮子、弥生」


 二人が温かく微笑みかける。

 ……ふぅ、危ない危ない。何とかなったみたいだな。


 ――とはいえ。

 俺があいつに負けたのは事実だ。

 あんなクソ陰キャに、全校生徒の前で負けたのは事実だ。


 クッソ……!!!

 

 それに彩花の奴、俺のところじゃなくて真っ先に九条の方に行きやがった!

 普通なら俺のとこに来るだろ!

 保健室であんだけ振っといたのにィッ!!!


 クソッ! クソクソッ!!!

 クソォォォォォォォォォォ!!!!!!!!





     ♦ ♦ ♦





 一ノ瀬に長いこと抱き着かれる。

 

 かなりの力で抱きしめられていて、一ノ瀬の匂いとか色んな感触が生々しく感じられて変な気分になりそうだった。

 

「九条くん……ンフフフ♡」


 一ノ瀬が俺の耳元でささやく。

 吐息が妙に色っぽい。


「一ノ瀬、めっちゃ見られてるから勘弁してくれ」


「私は気にしてないわよ?」


「一ノ瀬以外の人が気にするんだよ。俺も含めて」


「もうっ。九条くんは意気地なしね」


 唇を尖らせながら一ノ瀬がようやく離れる。

 そこではたと思い出した。


「そういえば一ノ瀬、頼んでたやつどうなった?」


「“ばっちり”よ」


 やっぱりそうだったか。

 よし、これですべて片づけられる。


「頼んでたやつって?」


 花野井が首を傾げる。


「すぐにわかる」


 俺はそうとだけ答えると、立ち上がりある人物の下へ歩き始めた。

 そしてすぐに到着する。


「く、九条……」


 俺と一ノ瀬、花野井を前にして怯えた様子の千葉たち。


「陰キャにできるわけない、だっけ?」


「っ!!!」


 一ノ瀬の言葉に、千葉たちが後ずさる。


「これでわかった? 九条くんはあなたたちに見下されるような人間じゃないの。これからは身の程をわきまえることね」


「くっ……!!!」


 一ノ瀬の言葉に、千葉たちの表情が歪む。

 しかし、千葉が一歩前に出た。


「ま、まぐれでしょ? あれはたまたま須藤くんの調子が悪かっただけ。その程度で調子に乗らないでくれない?w」


 千葉の言葉を皮切りに他の二人を攻勢に出始めた。


「そ、そうだよwむしろまぐれ当たりでイキがっちゃって……だっさwww」


「見てて恥ずかしいからwそういうところが陰キャなんだよwww」


「っ! そんなに言うことないでしょ⁉」


 花野井が言い返し、さらに続ける。


「九条くんはあの場面で代走を引き受けてくれたんだよ⁉ それに勝負に勝ってくれた! 千葉さんたちがどう思うかは自由だけど、そんなこと言うべきじゃないと思う!!!」


「はぁ?wなに陰キャの肩持ってるわけ?www」


「ってか、もとはと言えば花野井さんのせいじゃんw花野井さんがあそこに看板置くからこんなことになったんでしょ?www」


「そ、それは……」


 そのことに関してはやはり花野井自身も責任を感じているのか、強く出れない様子だった。

 そこに付け入るように、またしても千葉たちが言葉を言い放つ。


「私ら、まだ花野井さんのこと疑ってるから!w一ノ瀬さんが色々言ったせいであやふやになったけどさ」


「そうそう! 勝ったからって調子乗らないでくれる?w」


 花野井が追い込まれていく。

 一ノ瀬はただ黙って、千葉たちを見ていた。

 

 もはや千葉たちにある種の正論は通じない。

 どれだけ正しいことを言おうが、いちゃもんをつけてくる。

 そのせいで、花野井が傷つく。


 なんて理不尽なんだろう。 

 だが、俺たちはそんな理不尽に屈しない。

 黙らざるを得ない“正論”を突き付けるだけだ。


「千葉たちは“わざと”花野井が先輩を怪我させたって言ってたよな」


「そうだけど?」


「根拠がないって言いたいの? でもそっちにだってやってないっていう証拠ないじゃんwだから否定できな――」




「証拠はある」




 力強く言い放つ。


「は、は? 何言っちゃってんの?wそんなわけ……」


 動揺した様子の千葉。 

 他の二人も視線が定まっていない。

 その様子を見て、俺の予想は確信に変わっていた。

 まぁ、一ノ瀬からの報告を聞いて事実は“確定”していたんだが。


 息を吸い、そして吐く。

 気持ちを落ち着かせると、俺は言った。








「だって、わざと怪我させたのは千葉たちだからな」








「「「ッ!!!!!!!!!!」」」


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