第19話 最強の代役


 ※須藤北斗視点



 俺の心は、これ以上にないほど高揚していた。

 

 叶わないと諦めていた状況。

 まさかこの大舞台でこのクソ野郎を叩き潰せるとは……。


「クックックッ……」


 思わず笑みがこぼれる。

 九条の表情からあまり感情は読み取れない。

 ま、いつもこいつは何考えてるかわからない顔してるんだけど。


 でも俺にはわかる。

 きっとこいつ……ビビってるに違いない!!!

 

 雫の推薦だか知らないけど、それで調子乗ってのこのこと出てきやがって……。

 こいつは気づいてないんだろうな。

 いつの間にか全校生徒が見守る処刑台に上ってきちまったってことをよwww


 やっぱり神様は俺の味方だ。

 だって俺に反抗してきて、しまいには彩花に手を出そうとしたクソ陰キャ野郎を公開処刑できるんだからなァ!!!


「……楽しみだぜ」


 俺がこいつをぶっちぎって、立場ってやつをわからせてやる。

 だって俺は須藤北斗。

 この世界の“主人公”だ!!!!!

 

 アハハハハハハハハハハハ!!!!!





     ♦ ♦ ♦





 ※花野井彩花視点



 まもなく組対抗リレーが始まる。

 

 私はゴールテープ近くでその瞬間を待っていた。


「彩花、気にしなくていいんだからね?」


「う、うん。ありがとう、宮子ちゃん」


 宮子ちゃんや弥生ちゃんはそう言ってくれるけど、他人事とは思えない。

 だって私があそこに看板を置かなければ怪我しなかったわけだし。

 事故が起こった原因は私だ。


「九条くん……」


 私のせいで九条くんが代役になってしまった。

 任せろと言ってくれたけど、でも……。


「ねぇ、ほんとに大丈夫なの?」

「アンカーだろ? なんかめっちゃ陰キャじゃね?」

「速そうに見えないんだけど」

「うわ、うちの組終わったわ」

「相手須藤とか勝ち目ねぇーwww」


 ごめん、九条くん。

 九条くんは何も悪くないのに、こんな風に言われて。

 全部私のせいだ。


「あいつの無様な姿見るのが楽しみだわw」


「わかるw昨日も散々言ってきたし?」


「須藤くんにボコボコにされちゃえwwww」


 千葉さんたちの馬鹿にする声が聞こえてくる。

 私は思わず振り返り、三人を睨んだ。


「な、なに?」


「なんか用?」


「そ、それは……」



「――どいて、邪魔」



 人ごみをかき分けて、一ノ瀬さんがやってくる。

 千葉さんたちは気まずそうに避けた。


「よかった、間に合ったみたいね」


 ほっと胸を撫でおろし、一ノ瀬さんが九条くんを見る。

 

「一ノ瀬さん! その……さっきはありがとう!!!」


 一ノ瀬さんに頭を下げる。

 すると一ノ瀬さんは腕を組み、表情を変えずに言った。


「別にお礼を言われる筋合いないわ。ただ私が言いたいことを言っただけよ」


「でも……」


「気にする必要ない。いい?」


 一ノ瀬さんが念を押してくる。

 私は思わず頷いてしまう。


 ……私は勘違いしてたのかもしれない。

 一ノ瀬さんは冷たい人だと思ってたけど、こんなにも優しい人だったんだ。


「一ノ瀬さんってさ、すっごくいい人だね」


「っ! そ、そんなことないわよ」


 一ノ瀬さんの耳がほんのり赤くなる。

 もしかして照れてる……のかな。

 なんだ、すごく可愛らしい人だ。


「もうすぐ始まるよ」


 宮子ちゃんが言うと、審判がちょうどピストルを天に突き出す。

 そして少しの沈黙の後、




『よーい』




 ――パンッ。




 ピストルの鈍い音と同時に、歓声が響き渡る。

 遂に始まった。始まってしまった。

 組色のハチマキを巻いた生徒たちが勢いよく地面を蹴って、レーンを駆けていく。


 両組ともに三チームずつが出場する組対抗リレー。

 だが一位の配点がかなり大きく、正直現在の点差なら他の順位はあまり関係ない。

 つまりわかりやすく――先にゴールした組の優勝だ。


「いい感じじゃない?」


「競ってるね~」


 まだ両組一歩も譲らない展開。

 心臓の音がどんどんうるさくなっていく。


 そして四回のバトンパスが終わり、一位が赤組のチームで二位が白組のチームという接戦。

 しかもその二つはアンカーが須藤くんと九条くんのチームだ。

 そしてその他のチームとはかなり差がついており、どちらかがきっと優勝する。

 みんながそう思っていた。


 ――しかし。



「「「「「あっ!!!!!!」」」」」



 なんと一位の赤組のバトンパスミスで白組に大幅リードを許してしまった。

 さらにはかなり差があった他のチームにも追い抜かれてしまい、現在最下位。 

 須藤くんのチームは完全な独走状態だった。

 この差は大きすぎる。


 ……マズい。

 このままじゃ九条くんにバトンが渡るころには相当な差がついてしまう。 

 しかも相手はあの須藤くん。

 陸上部を押しのけて、上級生を押しのけてアンカーになっているだけあってすごく速い。

 一年生の頃は圧倒的だった差を一気に縮め、伝説になっていた。


 胸が苦しい。

 切迫感が凄まじい。

 

 お願い!

 差を詰めて……!!!


 しかし。

 そんな私の願いとは裏腹に、逆にじりじりと差は開いていった。


「おいおいマジかよ」

「これ終わりじゃね?」

「白組の優勝かー」

「せめて先輩がいれば……」

「だる。最悪だわマジで」


 諦めの声がぽつぽつと聞こえてくる。

 私のせいだ。

 みんなが嫌な思いをしてるのは、全部……。


 レースはどんどん進んでいく。

 次々と待機していた生徒が走り出し、どんどんとアンカーに迫っていく。


 見たくない。

 ……けど、見ないとダメだ。

 私がこの状況を生んだんだ。私が赤組を負けさせてしまったんだ。

 ごめんなさい。ごめんなさい……。



「九条くんッ……!!!」



 ――ぱたっ。


 ふいに肩を叩かれる。

 手の方を見てみると、そこにはまっすぐに九条くんを見つめる一ノ瀬さんがいた。

 そして九条くんから一瞬たりとも目をそらさず言った。










「大丈夫よ。だって九条くんは――最強の代役だもの」










 一ノ瀬さんの表情は、信じて疑わない人のそれだった。





     ♦ ♦ ♦





 体育祭の盛り上がりは最高潮に達していた。

 

「アンカーの方、出てください!」


 係に促され、遂にレーンに出る。

 軽くストレッチをしながら、バトンを待つ。


 状況は赤組の圧倒的劣勢。

 俺のチームに至っては、逆転不可能と思えてしまうほどにビリ。

 ――だからなんだ。


「いい勝負にしような、“九条”」


「あぁ、そうだな」


 ランナーが最後のコーナーを曲がる。

 

 そして遂に――






 勝負が始まる。






―――次回予告―――


次回、九条vs須藤②


20時投稿。

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