第10話 九条くんって何者?
「うぅ……ふざけんなよぉ! 聞いてねぇよぉ!!!」
取り押さえられたひったくり犯が未練がましく呟く。
「ほら、ついてきな!」
「俺はよぉ! 足には自信があったのによぉ……元全国選手だぜ⁉ なのによぉ! 高校生に負けるなんてよぉ!!!」
元全国選手だったのか。
確かに速いなとは思ったけど。
「くそぉおおおおおおおおおッ!!!!」
泣きべそをかきながらひったくり犯がパトカーに乗せられていく。
直近でこんなに警察とかかわるとは驚きだ。
「あの、ありがとうございました! この中に息子からもらった大切なものが入ってて……! ほんっとうに助かりました!!!」
「いえいえ。よかったです」
「陸上やってるんですよね? 頑張ってください!」
女性が上機嫌に手を振り、立ち去っていく。
「いつから陸上やっていたの?」
「やってないよ」
「嘘。だって元全国選手とあんなに差があったのに、あっという間に追いついちゃったのよ?」
「きっとブランクがあったんだろ」
「…………」
一ノ瀬が探るように俺を見つめてくる。
「九条くん。私を助けてくれたときも思ったんだけど……あなたって何者?」
「何者って、ただの高校生だよ」
「ただの高校生が大人数を相手に一人で圧倒して、元全国選手のひったくり犯に追いつけるかしら?」
「できるんじゃないかな。わからないけど」
わからないが俺の本音だ。
何ができて何ができないとか、自分が他の人に比べてどうなのかと考えたことがない。
そもそもそういう友達はこれまでいなかったし。
「単純に足が速すぎるのは……まぁ納得できるわ。でも、あの格闘に関しては明らかに何かかじっているでしょう? 素人の動きじゃないわ」
やはり一ノ瀬はどこか鋭い。
須藤の裏の顔だって見抜いていたし。
「父さんが教えてくれたんだ。弱いと好きな女を守れないからとか、男なら強くあるべきだとか言われて」
「ふふっ、素敵な話ね」
「父さんの遊びに付き合わされただけだよ」
俺が言うと、一ノ瀬が笑みをこぼして俺の腕に抱き着いてくる。
「うおっ!」
ふわんっ、と柔らかな胸の感触が腕に押し付けられる。
「ま、九条くんなら私のこと必ず守ってくれるわよね? あの時みたいに、これからもずっと」
「これからもずっとって……」
「ふふっ、ずっとね♡」
「あはは……」
一ノ瀬の中で話は勝手にどこまで進んでいるのだろう。
気になるが知ってはいけないような気がして、笑うだけに留めておくのだった。
♦ ♦ ♦
数日後。
この日は一日テスト返しで、校内の順位や偏差値が書かれた成績表も渡された。
「え、すごっ! 須藤くん二位じゃん!!!」
花野井の声が教室に響き渡る。
「あははっ、今回は運がよかっただけだよ」
「それでもすごいよ!」
「やっぱ北斗はなんでもできるね」
「宮子、俺を持ち上げすぎだよ」
「あたしの嘘偽りない評価だよ? 北斗はカッコいいし運動もできるし、その上性格もいいし……ね?」
瀬那が誘惑するように須藤に顔を近づける。
セクシーな雰囲気漂う瀬那の色気に、須藤は思わず顔を赤らめた。
「ちょっとちょっと~っ! 宮子ちゃん顔近すぎ!!!」
「えぇ~いいじゃんこれくらい」
「ここ教室だから! そ、そのまま近づいたらその……ちゅ、チューしちゃうし!」
「チューくらいいいじゃん? ね?」
「だーめっ! 風紀だから!!!」
風紀だからって。
「そういえば彩花も順位よかったんでしょ?」
「あ、うん! 今回実は……何と六位にアップしたんだ!」
「すごっ! やっぱ彩花頭いいわ~。あたしなんて全然」
「今回は頑張ったからね!」
花野井が得意げに胸を張る。
するとただでさえ大きな胸が、より強調され……。
「大きいな、花野井の胸」
「やっぱり最高だな」
「触りてぇなぁ……」
やっぱり男は単純だ。
「私も全然ダメだった~。でも赤点は三つに済んだ! よかった~」
「赤点だったんだ⁉」
「あははっ、でも前回より成長したね、弥生」
「北斗くんが教えてくれたおかげだよ~! えへへ~、ありがとうね~」
柔らかい笑みを浮かべる葉月。
「「「っ!!!」」」
「やっぱり葉月さんもいいなぁ」
「あの無防備な感じがなんとも言えん!」
「胸も大きいし!」
「いや、でも俺はやっぱり瀬那さん派だわ」
「わかる! なじられたいよなぁ……」
男は単純というより、馬鹿なのかもしれない。
こうして、いつもの須藤ハーレムが集結する。
やはり全員揃うと圧倒的強者感があった。
「でも、須藤くんよりも上の人がいるなんて誰なんだろうね」
「噂だと入学以来ずっと一位の人がいるんでしょ?」
「あぁ~! 入学式の日に新入生代表欠席してた首席の人か~!」
「もし会えたら勉強を教えてほしいよ。ま、都市伝説みたいになってるけどね」
都市伝説、か。
確かにそうなるのも無理はないか。
「九条! 答案用紙持って、ちょっと来てくれ!」
先生に呼び出され、立ち上がる。
そして花野井の横を通る時、思わず机に体が当たり答案用紙を落としてしまった。
「ッ!!!」
すぐに答案用紙を拾い上げ、顔を上げる。
すると花野井が俺の方をじっと見ていた。
「今の……」
言いかけたところで、逃げるように先生の方に向かう。
危なかった。ガッツリ見られていたら言い逃れできなかった。
“満点の答案用紙”なんて、そうそうあるものじゃないし。
「…………」
♦ ♦ ♦
※花野井彩花視点
私は今、驚いていた。
というのも、さっきちらっと見えた九条くんの答案用紙。
点数の欄に、『100点』と書かれていた気がしたのだ。
おそらくあれは数学の答案用紙。
でも数学の平均点は今回過去一低く、40点を切るという大惨事だった。
確か80点以上がほとんどいないと先生は言っていたし、それが100点なんて、そんなの……。
でも、もし九条くんがあの幻の“首席”だとしたらどうだろう。
ずっと学年一位を取り続けているのだとしたら、もしかしたら……。
思えば、私は九条くんのことについて何も知らない。
委員長としてクラス全員のことは知っておこうと心がけて、全員と仲良くなれたと思っていたのに。
九条くんって、いったいどんな人なんだろう。
最近はあの一ノ瀬さんとも仲がいいみたいだし、ますます怪しい。
何か心に引っかかるような、九条くんのことを考えてしまうような……。
「彩花、どうした?」
「あ、ごめん。勉強会の話だっけ」
「そうそう。今度俺の家でやるのはどうかなって」
「う、うん! いいねそれ!」
須藤くんに声をかけられてハッとする。
会話中に考え事をするなんてダメだ。しっかりしないと。
「…………チッ」
♦ ♦ ♦
「ねぇ、やっぱあいつ調子乗ってない?」
「須藤くんに気に入られてるからってイキりすぎだよねwww」
「そろそろ一発かました方がよくない?」
「だね。身の程わからせてやらないと……ふふふっ」
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