第8話 九条vs須藤①


「雫から手引けよ。クソ陰キャ野郎が」


 須藤が胸倉をつかみ、俺を睨みつける。

 そこには爽やかさの欠片もなかった。


「なんでテメェみたいなド陰キャが雫と仲よくしてんだよ。身の程わきまえろよクソが」


 ……さすがに驚いた。

 いや、でも少し納得している自分がいる。

 

 だってこの世に完璧な人間などいないのだから。

 その点、須藤はあまりにも“完璧”すぎた。


「……俺が聞きたいんだけど」


「あァ? お前なに口答えしてんだよ。俺はそんなの許可してねぇから」


「俺が喋るのに須藤の許可がいるのか?」


「そうだよ。だってお前は明らかに俺より“下”の人間だろ? 格が違うんだから許可いんだろ。少しは考えろよ馬鹿が」


 なかなかの暴論だ。


「とにかく雫から手ェ引け。雫は俺の物だ」


「……だから、手を引くも何もって感じなんだけど」


「は? お前が雫に何かたらし込んでるんだろ? それともあれか。雫の弱みでも握ってんのか? 弱者なりに知恵絞ったもんだなァ!!!」


 須藤がゲスな笑みを浮かべる。


「でもな、一ノ瀬雫はお前が扱っていい代物じゃねぇんだよ! 俺みたいななんでも持ってる人間が所有するべきなんだ!」


 さっきから須藤の発言が胸に引っかかる。


「何したか知らないけどな、雫にちょっと気に入られてるからって調子乗ってんじゃねぇぞ!!! 雫は俺の物だ! 今すぐ手ェ引けッ!!!!!」


「…………」


 黙っていると、須藤がケラケラと笑い始めた。


「ハハハハハハハハハ!!! ビビっちゃってんの?wそりゃそうだよなァ! お前みたいなクソ陰キャは俺と話すだけで緊張するもんなァ!!! ハッ! だっせwww」


 ひとしきり笑うと、また俺に迫った。


「とにかく、雫からすぐに離れろ。雫は俺の物だ。逆らったら……どうなるかわかってるよなァ?」


 須藤がニヤリと笑う。

 きっと俺がビビッて何も言えないのだとそう思っているのだろう。

 あくまでも自分が優位。俺は下。

 俺も身の程をわきまえて、その認識を抱いている。


 ――そんなわけがない。




「離れてくれない?」





「……は?」


 口をポカンと開く須藤。

 俺はうつ向いたまま続ける。


「近いからさ。それに胸倉掴むのもやめろ。皺がつく」


「何言ってんだお前。今の状況わかってんのか?」


「わかってるよ。その上で言ってるんだよ」


「いやいや、わかってないじゃんwww俺が今、お前に命令してんの。雫は俺の物だから、ド陰キャは手を引けって」


 胸に引っかかっていたものが、言葉となってせり上がってくる。

 俺は一歩踏み出すと、須藤を至近距離で睨み返した。



「――いつから一ノ瀬はお前の物になったんだよ」



「ッ⁉」


 須藤が一歩後ずさる。


「さっきから俺の物俺の物って言ってるけどさ、一ノ瀬は誰のものでもない。一ノ瀬は一ノ瀬の物だ。それを自分の所有物みたいに言うな」


「さ、さっきから何言ってんだよお前。状況わかってねぇだろ」


「わかってないのはそっちだろ。状況も、何もかも」


「は? ふざけんなよ。俺は須藤北斗だぞ? “あの”須藤北斗だぞ⁉」


 俺はさらに一歩踏み出し、拳に力を込めてより強く睨んだ。




「――だからなんだよ」




「ッ――⁉」


 須藤が尻もちをつく。

 顔には明らかに恐怖が滲んでいた。

 そこに先ほどの余裕はどこにもない。 


「な、なんなんだよお前はァ⁉」


「それはこっちのセリフだ。とにかく、お前の要求には応えられない。身を引く以前に身を寄せてないからな」


 さらに須藤に近づく。


「お前が一ノ瀬のことが好きなら勝手にすればいい。けどな、一つ言わせろ」


 すっと息を吐き、そして言い放った。






「一ノ瀬は物じゃない。誰の所有物でもない。そして当然――お前の物でもない」






「ひぃっ!!!」


「わかったな?」


「……お、お前、覚えてろよ! 俺をこんだけコケにしたんだ! 絶対に痛い目に遭わせてやるからなッ……!!!」


 須藤は立ち上がると、俺の方をもう一度睨んでから立ち去った。

 肩の力を抜き、一息つく。


 すると須藤が去って行った逆方向から、一ノ瀬がやってきた。


「九条くん! あれ、あの人はどこ?」


「今行ったよ」


「そう。大丈夫だった? 何もされてない?」


「え?」


「だって彼、信用ならないでしょ? 九条くんが何かされるんじゃないかって私心配で……でも色んな人に声かけられて、なかなか行けなかったのよ」


「そう、だったのか」


 そうか。一ノ瀬は初めから見抜いていたのだ。

 あの完璧な須藤に裏の顔があるということを。



 裏の顔が――ヤバいということを。



「何もされてないよ。軽く話しただけだ」


「ならよかったわ」


 一ノ瀬がそう言った瞬間、チャイムが鳴り響いた。


「そろそろ行くわよ。朝のホームルームが始まるわ」


「そうだな」


 一ノ瀬と並んで、俺は歩き始めた。





     ♦ ♦ ♦





 ※須藤北斗視点



「許せねぇ、許せねぇ!!!」


 これまで感じたことのないような憎悪が体を支配する。

 頭は割れるほど痛く、胸は締め付けられるように痛かった。


「九条良介……あいつッ!!!」


 この俺に盾突いてきやがった。

 そんな奴はこれまで一人もいなかった。

 みんなが俺を上だと認識し、へりくだってきた。


 なのにあいつは、俺をあんな目で……。


「クソッ!!! クソクソッ!!!!」


 絶対に許してたまるか。

 雫も絶対、俺の物にしてやる。

 そして九条を、完全に屈服させる!


「今に見てろよ……フハハハハハッ!!!!」





     ♦ ♦ ♦





 ※花野井彩花視点



「あれ、須藤くんどこ行ったんだろう……」


 閑散とした廊下を歩く。

 もうすぐ朝のホームルームが始まるというのに、九条くんと話すと言ったっきり帰ってきていない。


「というか私、なんで須藤くんのこと探して……っ! いや、これは委員長としてクラスメイトを探してるだけで、下心とかじゃ……!!! って、何一人で言ってるんだろう」


 別に誰かに聞かれたわけじゃないのに。


「……でも須藤くん、みんなに人気だしなぁ。きっと瀬那さんや葉月ちゃんだって、須藤くんのこと……」


 思わず俯いてしまう。

 あんなに可愛い子が周りにいたら、きっと私なんて目に入らない。

 実際、須藤くんが私に気があるようなそぶりはないし。

 

 というかそもそも、須藤くんに対するこの気持ちは、本当に――



「今に見てろよ……フハハハハハッ!!!!」



 声が自動販売機の方から聞こえてくる。

 誰だろうと思い行ってみると、そこには……。




「須藤、くん?」




 声をかけると、須藤くんが慌てて私の方に振り向く。


「彩花! どうしてここに?」


「いや、なかなか須藤くんが帰ってこないから」


「探しに来てくれたんだ。ありがとう。やっぱり彩花は優しいね」


「っ! そ、そうかなぁ」


 褒められると嬉しくなってしまう。

 やはり私はチョロい。


「そういえば、今ここに誰かいなかった? 笑い声が聞こえてきたんだけど……」


「気のせいじゃないかな? ってかそろそろホームルームの時間だね。急ごう」


「う、うん」


 私の空耳だったんだろうか。

 確かに聞こえたはずなんだけど……。


 まぁ、あの声が須藤くんなわけがないし。


「気のせいか」


 さっきのことは忘れて、前を歩く須藤くんのあとについていった。


 

 

 

 





 良介に完全にオチた雫と、彩花に芽吹くかすかな違和感。

 完璧と言わざるを得ない北斗のイメージにも徐々にボロが出始め……。


 ――そして、良介の本当の実力が遂にバレ始める。


 


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