第79話 元暗黒騎士はスラムに立ち入る
「悪いわねダーリン。荷物をたくさん持ってもらっちゃって」
「いや別にこれくらいなんてことないさ。騎士団時代に百人のしかかり耐久させられてたからへっちゃらだよ」
「時々旦那様から聞く騎士団の話が、笑えないものばかりなのは気のせいでしょうか……」
服もたくさん買ったし、久々に買い込んだなぁ。
女性は買い物が長いとは言うが、楽しんでいる嫁の姿を見れるのは悪くない。
二人の趣味とか知れて、有意義だったし。
流石に買い物袋を二十個持たされるとは思わなかったが。
重いけど、それを持ててる自分にびっくりだよ。
「そろそろ戻ろうかしら。ダーリンも疲れたでしょ?」
「そうだな。俺達の商品が売れたかどうか、確かめたいしな」
「売れてるといいですね。貴重な品ですから、注目されるといいんですけど」
「まぁ、なんとかなるさ。商会のおじさんも売れるって言ってたんだし」
「そうなると私達にいくらお金が入るのかしら……ふふふ、楽しみね!」
「売れる前からお金の勘定するのは、盛大に赤字になるフラグだからやめてくれ」
商会への道を歩いていく。
夕日が眩しい。その夕日を浴びて、アリアスとローレシアの指がキラリと光る。
「ありがとね、ダーリン。指輪買ってくれて」
「素敵な指輪です……高かったですよね?」
「値段なんて気にしなくていいよ。遅くなったけど、結婚指輪ってことでプレゼントさせてくれ」
「大事にするわ、ダーリン♡」
まぁ、正直に言うと出費が痛い。
嫁二人と俺の分の結婚指輪を買ったのはいいが、高い。
珍しい宝石を使ってるとかでいいお値段をしたのだ。
一応偽物じゃないことをスキルで確認したので、本物らしい。
おかげで暗黒騎士時代の貯蓄がほとんど吹き飛んだぜ。
喜んでる二人の顔を見て、後悔の念なんて微塵も湧いてこないけどね。
「その指輪、あまり人前でつけない方がいいかもな」
「どうして? 私達が夫婦だって思われて、ダーリンが困ることがあるのかしら?」
「もしかして……他に好きな女性がいるんですか!?」
「違うわ! 高いからゲスな奴らに狙われないか心配なだけだよ。二人ともただでさえ綺麗で目立つんだから、危ないだろ」
「ねぇ、聞いたローレシア? 綺麗ですって!」
「嬉しいけど恥ずかしいですね……!」
「真面目な話なんだけどなぁ……」
この国、なんか怪しい人間が多いし、路地裏とか不穏な空気が流れてるからな。
一見発展しているように見えて、その裏で何があるか分からない。
よくある話だ。
ほら、言ってる側から俺の指に変な感触が……
「あっ! 指輪をスられた!」
まじかよぉ!
子供だからと油断した!
まさか本当にスリにあうとは思わなかった!
「おい待てクソガキ!」
「ちょっとダーリン!?」
「危険ですよ! その子が!」
おいおいハニー達、俺の心配はしてくれないのかい?
スリの子供は人混みをすり抜けて、どんどん遠くに行こうとしている。
地元の子供だろうか。地の利は相手にある。
そっちがその気なら、こっちも本気でやるぞ。
「待てって言ってるだろうが!」
魔力を流して身体能力をアップ、跳躍をして建物の上に登る。
そして建物の屋根を次々に飛び越えて、子供を追う。
どうやらスリの子供は路地裏に向かっているらしい。
路地裏に入る前に捕まえるか。
最後に屋根から跳躍して、路地裏の入り口に着地する。
目の前にはスリの子供がいる。
俺が先回りしたことに、驚いている様子だ。
「ほら、指輪を返せ」
「うぅ……こ、これを売ればパンを買えるんだ……」
「お前みたいな子供だと、売りに行っても騙されて安値で買われるだけだ。下手なリスクを追うのはやめておけ」
「そうでもしねえと、俺達はメシも食えねえんだよ!」
「…………」
困ったな。こういうのは苦手だ。
可哀想な子供を見ると、どうしていいか分からなくなる。
スリで生計を立てるような子供の事情なんて、俺には分からない。
ここで俺が指輪の代わりに現金をあげても、結果は変わらないだろう。
またスリを繰り返すだけだ。
「兄ちゃん金持ちなんだろ! 俺らみたいな子供に、これくらい恵んでくれたっていいじゃねぇかよ!」
「金持ちってわけじゃねえけど……」
「あんたケイオス国の人間じゃねえだろ? 外国からやって来たってことは、金持ちに違いねえよ! 俺達に比べたらよっぽど金持ちさ!」
スラムの子供は生きる方法を知らない。
俺が出来るのは、せいぜい明日のパンを買うための金を恵んであげるくらい。
こういう子を助けるためには、環境を変えてあげるしかない。
だが、そんなことを出来るのだろうか。
あれ?
「なぁ。その指輪を返してくれたら、生活の保証をしてやるって言ったらどうする?」
「え? な、何言ってんだよ」
「俺の村って、人材不足なんだよ。若い子が来てくれると助かるんだけど」
「それが俺と何の関係があんだよ!」
「村に来たら家と飯、仕事もあるぞ。毎日ベッドで寝れるし、風呂もある」
「……嘘だ! そんな美味しい話があるはずねえ!」
確かにそうだ。
こんなの、スリよりもよっぽど怪しい話にしか思えんよな。
でも実際、今の村には移住者があんまりいないわけで。
この国に来たのも、村の知名度を上げるのが目的だ。
スラムの子供を移住者として選べば、村の知名度も上がるんじゃないだろうか。
「何なら友達も一緒に来ていいぞ。国も種族も関係ない、みんなで頑張って村作りしてる場所だ。今のスリばかりしてる生活より、魅力的だと思わないか?」
「それは……仲間は何十人もいるし、そんな大勢を移住させるなんて無理だよ……」
「俺の【ダークマター】に不可能はない。お前の仲間もみんな、村で暮らせるようにしてやるさ」
「ほ、本当なの?」
「ああ、だから指輪を返してくれないかな」
「約束しろよ! 大人はすぐ嘘をつくからな!」
「ああ、約束する」
「じゃ、じゃあこの指輪を返すよ……。ちぇっ、いい値段で売れそうだったのにな」
実際、この指輪は高かったからな。
それ以上に、嫁とお揃いの結婚指輪というのが大事なのだ。
「あーあ。これじゃあリーダーに怒られちゃうな。また殴られんのかな」
「ん? リーダーって誰だ? お前の仲間か?」
「いや、リーダーってのは名前通りこの街のリーダーだよ。裏の世界のリーダーだけどさ」
「裏の世界……? ギャングみたいなもんか」
「そういうこと。スラムや悪徳商人たちをまとめ上げてるボスさ。あいつが来て、この国は変わっちゃったんだ」
「おいおい、随分ときな臭い話になってきたな」
闇世界のリーダーか。
やっぱりどこの国にもいるもんだな。
あんまり関わりたくないなぁ。絶対面倒くさいもの。
「じゃあ、お前の仲間も一緒にバレないようにしないとな。バレたら危ないだろ?」
「バレなくても、スリの金が少ないからってぶん殴られたり、殺されるのが普通さ」
「酷い奴だな」
「本当だよ……もう、嫌だ……」
スリの子供は、気付けば涙がこぼれ落ちていた。
余程悪い男のようだ。流石に可哀想になってきたな。
かといって、俺が他国の事情に首を突っ込むわけにもいかない。
さて、どうしたものか。
「とりあえず、お前の名前を聞いていいか?」
「うん。俺、カイム! よろしく、暗黒騎士の兄ちゃん!」
「ああ。…………待て、どうして俺が暗黒騎士って知ってる?」
「それはこういうことよ」
不覚だった。
いつの間にか、背後に何者かが立っている。
俺の首に刃物が立てられているではないか。
全く気が付かなかった。暗殺のプロか……?
「暗黒騎士、ユグドラの黒の剣……悪いけれど動かないで」
どうやら俺はケイオス国でも有名人らしい。
やれやれ、有名人は辛いな。
いや笑えない状況なんだけどさ。
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