第34話 元暗黒騎士は四天王を歓迎する

「まさかグランド・ヴァイス・ドラゴンを倒す者がいたとは……」


「流石は黒の剣といったところだな!」


「伝説のドラゴンを倒した上に、その肉まで食べるなんてイカしてるぜぇ!」


「ああ、伝説の英雄譚はこうして紡がれていくのですね……。私達は今、伝説を目にしていますわ」


 大袈裟だなぁ。そんなに強いドラゴンだったか?

 そりゃ、普通のドラゴンと比べたら巨大な身体だったけど。

 頭を潰したらくたばるような、普通のドラゴンだったぞ。


「ダーリン、お客様?」


「旦那様? どなたか来てるんですか?」


「ああ。アリアス、ローレシア。こちらガルドギア帝国の四天王のみなさんだ」


「ガルドギア帝国の四天王? それって、大陸最強の戦士って言われてる四人じゃない!」


「だ、大丈夫なんですか? もしかして揉め事でしょうか。旦那様、大丈夫でしょうか」


「心配ないよ。どうやら悪い奴らじゃなさそうだ。この辺りで巨大な魔力反応があったから、調査しに来たんだと」


 仕事熱心な奴らだ。俺だったら調査任務なんて、絶対に行きたくない。

 出張って嫌いなんだよな。自分の生活サイクルが乱される感じがして、凄い疲れる。


「な、なあ黒の剣……その二人はもしかして……」


「俺の嫁だ」


「よ、嫁!? いやそうじゃねえ! もしかしたら、女神の使者アリアス・シーゲルシュタインと、聖女ローレシアじゃねえか!?」


「あら、ガルドギア帝国にも私の名前が知れ渡っているようで光栄だわ」


「私はもう聖女じゃないですけど……初めまして、ローレシアと申します。よろしくお願いします、四天王の皆様」


「凄いですわ……まさかユグドラの伝説の英雄と、女神の加護を得た二人が揃ってるなんて……」


 ん? 女神の加護ってアリアスのスキルじゃなかったっけ?

 ローレシアも同じスキルを持ってたのか? 聖女ってことは何かしら特別なスキルを持っていたんだろうけど、そういえば詳しく聞いたことが無い。


「そういえば旦那様には言ってませんでしたね。私のスキルは【女神の祝福】というものです。女神様から様々な加護を得られるスキルです。特別なスキルらしくて、そのおかげで聖女に抜擢されたんですよ」


「そうだったのか。知らなかった……」


「あまりスキルのことを公にするのもどうかと思いましたので、陛下や上層部の方々にだけ打ち明けてたんです」


「そっか。だけど俺は別に、ローレシアが聖女に選ばれたのはスキルのおかげだとは思ってないぞ。優しくて真面目な性格だし、聖女に相応しいと思ってる」


「あ、ありがとうございます……でも今は聖女じゃなくて、あなたの妻ですから!」


 ローレシアの照れ顔が可愛い。

 こんなに可愛くて心の綺麗な少女が、俺の嫁ということが信じられない。

 幸せってこんな気持ちのことを言うのだろう。


「って待て待て待て! 黒き剣の嫁って言ったよな!? マジか! 大スクープじゃねえか! 世界の勢力図が変わっちまうぞこれは!」


「どういうことだ? えーと、岩帝の……」


「グランデュクスだ! ちなみに帝国内黒の剣ファンクラブナンバーは三番だぜ!」


「え、何それは……」


「帝国にあるあんたのファンクラブだ! 結成されてすぐに入会したから、会員ナンバーが一桁なんだよ! スゲェだろ?」


 凄いというより怖い。

 え、俺のファンクラブとかあるの? しかも敵国のはずのガルドギア帝国に?

 意味わからんし、めっちゃ怖いんだが。特にこいつがガチのファンっぽいのが怖い。


「会員ナンバー二番は私、水帝ウィーネイルですわ。古参メンバーとしてあなたの活躍を聞くたびに誇らしく思ってましたわ」


「ちなみに会員ナンバー一番は俺だ。四天王のリーダーであり、最古参ファンの火帝ヴォルガトゥスだ! 黒き剣ファンクラブは俺が作ったからな」


「ああ、確かお前とは一度戦ったことがあったな。敵なのによくファンクラブとか作ろうと思ったな」


 普通は殺し合いをした相手を憎むことはあれど、推しにするのは無いんじゃないか。

 こいつら、なんか色々とおかしいぞ。


「一度剣を交えると分かる。黒き剣という男の強大な力を感じ取れた。それにお前からはユグドラの騎士特有の邪念を感じなかった。戦って気持ちのいい、器の大きさを感じさせられたのだ」


 いや、邪念は結構混じってると思うんだが……。

 お前らが推してる男は、美少女ハーレムを作ろうとしてるんだぞ。

 もうちょっと推す相手を見極めた方がいいと思う。


「俺達の活動の甲斐もあって、今やファンクラブ会員は三万人を突破した! 軍だけでなく、市民や貴族連中にもお前のファンがいるぞ!」


「……………………」


 なんか、凄い数字を聞いた気がしたが聞き間違いか?

 俺のファンが三万人? 自国での扱いがボロクソだったのに?

 どういうことだ。おかしくないか? ユグドラ王国に俺のファンなんて一人もいないだろ。


 あ、アリアスは一応俺のファンだったか?

 いや、それでも三万人もいないだろう。どうなってるんだ、ガルドギア帝国。


「ふふん、そうよね。ダーリンの活躍を聞いて憧れないはずが無いもの! トーゼンだわ!」


「旦那様の活躍が他国にも認められて、とても嬉しいです。やはりレクスは凄いですね!」


「ああ、いや……なんて言うか、職場とそれ以外で評価が違い過ぎてびっくりした」


 そういえば前世でもこんなことがあった。

 クソブラック企業で、社内からは使えない無能呼ばわりされていたが、いざ転職活動をしてみると、存外に高評価を貰ったことがあった。

 そういうアレか?


「にしてもよぉ。まさか黒の剣があのアリアス・シーゲルシュタインと聖女ローレシアの二人と結婚してるとはなぁ! こりゃ帝国内でも話題になるぜぇ!」


「そうなのか? ファンクラブの連中は怒ったりしないのか?」


 推しが結婚したらファンクラブ脱退するというのが、前世のエンタメ業界ではよくあった気がする。あくまで俺の偏見だが。


「そんなことないですわ。だってファンクラブ内で、黒の剣に相応しい女性は誰だランキングとかありましたもの」


「すまん、意味がわからん。何を言ってるんだ?」


「最強の暗黒騎士、その伴侶に相応しい女性は誰か投票が行われたんです。もちろん? 私も投票上位にランクインしましたわ」


 いや、ウインクをされても困る。どう反応したらいいんだよ。


「その投票の中で、上位三位の中にアリアス嬢とローレシア嬢がいたのだ」


「あんたは確か、幻術を使ってきた……えーと」


「風帝エーヴィルだ。ファンクラブの会員ナンバーは……」


「い、いや別に言わなくていい」


 というか、こんなおっさんまで俺のファンクラブに入ってるのか?

 四天王全員が俺のファンってことかよ。大丈夫かガルドギア帝国。

 俺のファンになるとか節穴すぎないか?


「我の会員ナンバーは……四九番だ。若者の流行についていけんでな。ファンクラブの存在を知った時には、一桁ナンバーを取れなかったのだ」


「……思ったより古参じゃないか?」


「四天王の中で我だけ二桁ナンバーなのだ! 悔しいのだよ!」


「お、おう……そっか……残念だったな……うん」


 思ったよりガチじゃないか。俺の何がこいつらをそんなに駆り立てるんだ?

 身に覚えが無さ過ぎて怖いって。


 これ以上、この話題について話していたら頭がおかしくなりそうだ。

 無理矢理にでも話題を変えよう。


「ところでここには調査をしにきたんだよな。巨大な魔力反応があるからって言ってたが、他には何か手掛かりは無いのか?」


「ううむ……あるにはあるのだが」


「黒の剣が知ってるか、分からねえからな」


「教えてくれよ。もしかしたら協力できるかもしれないだろ」


 四天王はグランド・ヴァイス・ドラゴンが魔力反応の正体と思っていたようだが、あのドラゴンは結構前に俺が倒した。

 ということは、別の魔物の可能性が高い。俺はともかく、村のみんなが危険な魔物と遭遇するのは避けたい。

 早めに見つけて駆除しなきゃいけない。


「あの赤い雲がありますわよね。あの雲が発生した時期と、巨大な魔力反応が出た時期が同じなんですわ」


「ん?」


「魔物か、それとも大気の魔力が暴走した魔力災害か。それを確かめるために調査に来たのだ」


「んん?」


「これほど広範囲に天候を変えるなど、極神級の魔力の持ち主だ。魔物だろうが天変地異だろうが、原因を見つけんと危険だろう? 魔力災害の場合は、帝国にも起こる可能性があるからな」


「ちょっと待っててくれ。妻たちと話をしてくる」


 やばい。これはもしかすると、俺のことじゃないか?

 俺、また何かやっちゃったのか? いや、思い切りやっちまった。


「ねぇダーリン……四天王が言ってる巨大な魔力反応ってもしかして……」


「旦那様のことじゃないでしょうか……」


「いや、知らない。俺はただ、空に向かって攻撃しただけだ。そのせいで真っ赤な雲が発生したり、死の大地の気候が変わったのも、俺は知らない」


「現実逃避してるじゃない……! 逃げちゃダメよ、ちゃんと説明しなきゃ」


「帝国が把握してるということは、おそらく他の国もこの異変に気付いてますよ……旦那様、ここは素直に話しておきましょう」


 俺は、俺はただ暑いのが嫌で太陽を滅ぼしたかっただけなのに……。

 どうしてこんな大事になってしまったんだ……。

 俺は、俺はただスローライフをしたいだけなんだよ。事件を起こしたいわけじゃないんだ……。

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