第10話 元暗黒騎士はエルフとそーめんを堪能する

「ねぇ、これはどういう魔道具なのかしら!」


 アリアスは白い箱を指さしてた。

 見たこともない物を見て興味津々らしい。


「これは冷蔵庫だ。食料を冷やすための機械だな」


「冷蔵庫ならこの世界にもあるじゃない。魔法で氷を作って、食料と一緒に箱に入れたりするじゃない」


 アリアスが言っている冷蔵庫は、この世界の一般的な食料の保存方法だ。


 前世の祖父から聞いた記憶がある。

 昭和の中期までは日本でも似たような冷蔵庫があったらしい。

 なんでも、冷蔵庫用の氷を売る人がいたとか。


「この冷蔵庫は氷を必要としないんだ」


「そうなの? それじゃあどうやって冷やしているのかしら」


「詳しい原理は覚えてないが、温度をある程度調整出来て便利なんだよ。下の段にある冷凍室なんかは食材を凍らせる事ができるんだ」


「食材によって冷やす温度を変えられるってこと!? それは便利ね!」


「でもこの世界で再現しようと思えば、出来そうな物ではあるな」


 魔道具があれば冷蔵庫の再現なんて簡単そうだ。

 ダークマターで生成出来たということは、この世界に前世のような冷蔵庫は存在しないということになるが。


 もしかして誰も発明しなかったのか……?

 こんなに便利なのに。


「魔法で冷たい水は作れるし、氷だって作れるもの。わざわざこんな複雑そうな魔道具を作ろうとする人なんて、いないんじゃないかしら」


「なるほどな。既にこの世界にある方法で食料の保存は出来るから、作ろうとするきっかけすらないんだな」


「でも今の私達にはありがたいわ。死の大地だと食材はすぐ傷みそうだもの」


 そうなんだよな。

 死の大地の環境は、日本の猛暑日がずっと続いてるようなイメージだ。

 数日間ならともかく、これからずっとこの気温で過ごすなら必須だろう。


 いや、それよりも気になることが……


「そもそも食料なんて、ここにあるのか……?」


「そ、そういえばそうね。荒れた地で、作物なんて何もなさそうだったわ」


「動物もいなかったよな」


「ってことは……食べるものがないわ。せっかく便利な保存方法があるのに、これじゃあ宝の持ち腐れだわ!」


「当面の問題は食料だな」


「あなたのスキルで作れないの?」


 出来ると思う。

 だが一度生成したモノは、既にこの世界に存在するモノと扱われる。

 二度と生成できなくなる。


 俺の数少ない知識で、これからの食料をずっとスキルに頼るのはリスキーだ。


「当面はスキルで調達するにしても、対応策は考えないとな」


「それもそうね。最低でも自給自足が出来る環境を整えないと」


「でもこの暑さで育つ作物なんて存在するのか……?」


 前世のニュースで見た記憶がある。

 猛暑日が続き、野菜などが不作になっているとか。


 いや、不作ということは多少は収穫出来ていたのか?

 それなら俺達が食べる分は賄える可能性もゼロじゃない。

 いや……農業に詳しくないから、期待するのは危険かもしれない。


「難しいことは後から考えましょう……。今はお腹が空いて、喉もカラカラだわ」


「そうだな。一息つくとしようか」


「あなたのスキルで作ったモノを食べてみたい。この世界にない食べ物って、どんなものが出てくるのかしら」


「そうだな……。ここは夏みたいに暑いし、夏の定番料理を生成してみるか」


「夏の定番というと、ガルムバードの炭火焼きとか美味しいわね」


 ガルムバードは鳥型の魔物だ。

 人を襲う凶暴な魔物だが、その肉は美味い。


「それもいいけど、せっかくなら冷たい料理にしよう」


「冷たい? 私、食事と称してフルーツを食べるのは好みじゃないの。食後に食べるなら別だけれど」


「注文の多いエルフだな。ふむ……」


 夏に食べて美味しい料理。

 この世界にはないモノ。


 あれがいいかもな。


「ご期待に添えるかはわからないけど、【ダークマター】発動!」


「どんな料理が出てくるのかしら……!」


「きっとアリアスは食べたことないだろうな。俺の故郷じゃポピュラーだった料理だ」


 俺は頭の中にイメージを広げた。

 夏休み、家族全員でお昼ご飯を食べた思い出。

 ちゅるちゅるの麺を、冷たいめんつゆにつけて食べた少年時代の記憶だ。


「よし、成功だ」


「これは……パスタ?」


 パスタはこの世界にもあるらしい。

 俺は騎士団の質素な食事しか食べてないから知らなかった。

 硬いパンとか、野菜ごちゃまぜのスープとか、そんなのだ。

 でもパンがあるならパスタだってこの世界にあって不思議じゃないか。


 もっとも、俺が生成した料理はこの世界にはなかったようだが。


「これが夏に食べて美味しい、そーめんだ!」


「そーめん……不思議な響きね。見た目は細いパスタだけど……。この器に入ってるのはソース?」


「めんつゆっていう、ソースみたいなものだ。たぶんこの世界だと珍しい味なんじゃないか」


 めんつゆは醤油とか出汁を使ってたよな。

 ユグドラ王国にはそういった調味料はなかったはずだ。

 生成出来たってことは、少なくともめんつゆという調味料は存在しないはず。


「この二本ある木の棒はなに? これも食べるの?」


「これは箸って言って、こうやって指で挟むんだ。ほら、麺を掴めるだろ」


「む、難しいわね……。あなたの故郷って独特な食べ方をするのね。精神統一の修行かしら」


 フォークがあればよかったんだが、探したところフォークは見当たらなかった。

 この世界にあるものは生成出来なかったらしい。


「ネギともみのり、わさびも入れると美味しいぞ」


「いっぺんに言わないで。混乱しちゃうから。まずはこのパスタをスープにつけるのね?」


「そうだ。そしてずるずるっと麺を啜る。それが故郷での食べ方だ」


「音を立てて食べるなんて下品じゃない? ……でもあなたの言う事ならやってみるわ」


 アリアスはぎこちなくそーめんを掴むと、箸をぷるぷる震わせてめんつゆにつけた。

 そしてちゅるちゅる~と可愛い音を立てながら、そーめんを啜った。


「うん、うん……おいしいわ! 冷たくて喉越しがいいわね! このスープも味が濃いけど、今まで食べたことのない味わいがする!」


「よかった。お気に召してもらえたみたいだ」


「今度はネギというのを入れてみるわね。これは野菜? それともハーブかしら」


「どっちだろう。野菜だと思うが、香りもいいしハーブなのか?」


「フフっ。あなたが生成したのに詳しくないなんて、おかしい」


 アリアスはネギを不慣れな箸使いで掴み、そーめんに乗せる。

 そしてまた、ちゅるちゅると啜っていく。

 いい食べっぷりだな。

 見てるこっちも腹が減ってくる。


「んん~! さっきとは違った風味がして、これもいいわね! 少し辛味があって、ほんのり甘みもある! 不思議な野菜ね!」


 ネギはこの世界には無いってことだよな。

 今後は自給自足をしていくなら、ネギは育てておきたいな。

 どうやって育てるかは、今度考えよう。


「ノリっていうのは何? これも野菜なの?」


「海藻だよ。海の中にあるやつだ」


「海……行ったことないわ。海にある野菜ってことかしら」


「野菜というよりも、草か? でも海藻と海草は別だよな。あれ、説明しようとすると難しいな?」


「私、この味好きかもしれないわ。少し塩味がして、パリッとした食感が興味深い」


「海藻ならこの世界にもあるかもしれない。いつかノリ作りにも挑戦してみるか」


 とは言っても、死の大地に海はあるのか?

 川があるかも怪しい。


「緑色のこれはワサビって言ったわね。どれくらい入れればいいかしら……美味しそうだし全部入れちゃうわ!」


「ちょ、待て! それは入れすぎだ!」


 アリアスはわさびをめんつゆと同量入れた。

 もはやめんつゆにわさびを混ぜたのか、わさびにめんつゆを混ぜたのか分からない。


 見るからに辛そうだ。

 あれを食べたらひとたまりもない。


「っっっ!?!?!? かひゃい! からいわ! いや辛いって言うより、鼻がツーンとする! これは毒なの!? 水! 水をちょうだい! 助けて!」


「だから入れすぎって言ったのに」


 俺は食器棚にあったプラスチックのコップに、魔法で作った水を入れた。

 ついでに氷も一欠片入れる。カランと美味しそうな音がする。

 うん、夏って感じだ。


「ぷはー! 死ぬかと思った! でも食べ終えると不思議と爽快感のある味だったわね。入れる量に気をつければ、いい調味料になりそう」

 

 飲料水に関しては困ることはなさそうだ。

 魔法って便利だな。


「それにしても、このコップってガラス製? 透明でとても綺麗ね。それに軽いわ」


「安物のプラスチックだよ」


「よく分からないけど、美味しい水をもう一杯飲みたいわ。あなた、水魔法のコントロールが上手なのね」


「騎士団の訓練で、水分補給は決まった時間しか許されなかったからな。しかも臭い水で最悪だった。自分で水魔法で生み出したほうが美味いし、バレづらいから上達したんだ」


「暗黒騎士も苦労してたのね。ぷはー、美味しい水ね!」


 俺はアリアスのコップに水を追加して、ゴキュゴキュと喉を鳴らす姿を微笑ましく眺めるのだった。


 夏といえばそーめんに限る。


 ところでアリアスさん。

 俺の分のそーめんが見当たらないんだが?

 二人前あったはずだが?


「大変な目に遭ったわ……。でも美味しかった。ごちそうさま」


 なるほど、このデカパイエルフのスタイルのよさの原因が分かった気がする。

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