第9話 元暗黒騎士はエアコン付きの家を生成する

 じわじわと熱が伝わってくる。

 いやそんな生温い表現では足りない。


 命が削れるような暑さが俺を襲う。


「暑いな……ここが死の大地か」


「生物がいないわね……荒れた地だわ」


「それにしても暑い……この暑さは日本の夏並みだな」


「ニホン……?」


 気温にすると四十度を超えてるだろうか。

 太陽の日差しが強く、湿度も八十パーセントオーバーだろう。

 みるみるうちに全身から滝のような汗が流れ始める。


「あーもう、こんな厚着してられないわ!」


 アリアスはローブを脱ぎ捨てて、露出の高い服装になった。

 そのローブの下って、そんな格好だったのか。

 まるで実用性のない、露出過多な服にしか見えない。


 目のやり場に困るな……。


「こんなところにいたら死んでしまうわ……戻りましょう」


「いや駄目だ。今戻ったら、騎士団が待ち構えてるかもしれない。出ていけば的にされるぞ」


「それじゃあ、あなた一人で行ってくれば? 最強の暗黒騎士のあなたらな、あれくらい倒せるんじゃないの」


「無理とは言わないが武器がない。俺の愛用の剣は没収されたからな」


「その没収された剣ってまさか、【ダークマター】で作ったモノなの?」


「まあな。俺専用の黒い剣だ。絶対に刃こぼれしない剣だったんだが……」


 俺が暗黒騎士時代を共にした黒剣クロノグラム。

 切れ味抜群で頑丈なこの世界に存在しない金属で出来た剣だったんだが……。

 いつか騎士団から奪い返してやろう。


「待って。じゃあ騎士団が向こうの扉からこっちにやってくる可能性もあるってことよね!? 危険じゃないの?」


「生成する時に、所有者の俺自身じゃないと開けない扉って定義づけたはずだが、それが上手く行ってない可能性もある」


 なにせ生成する時に思い浮かべていたのは、あの国民的アニメのどこでも行けるドアだ。

 あのアニメだと所有者以外も勝手に使うパターンがたまにある。

 そちらのイメージを俺が優先してしまっている可能性も否定できない。


「今もこうしている間に、騎士団は扉の前まで迫っている可能性もある」


「ど、どうするの! こんなところで戦ったら、たとえ勝ってもただじゃ済まないわよ」


「……壊すしかないだろうな」


「え、ちょっと勿体ないって……キャー!」


 アリアスの返事を聞く前に、俺は扉を破壊した。

 扉としての機能を維持できないくらいに、粉々に粉砕してやった。


 転移出来る扉は便利だが、この状況で敵が来るのは面倒だ。

 仕方がないってやつだ。せっかく作ったのに残念ではあるが。


「流石ユグドラの黒き剣……剣筋が見えなかったわ。ていうかあなた、武器は無いんじゃなかったの?」


「作った……【ダークマター】でな」


 俺の手には黒い剣が握ってある。

 愛剣クロノグラム程ではないが、十分役に立ってくれるだろう。


「その剣は……魔力で出来てるのかしら。魔法剣ってスキルに似てるわ」


「それならこの世界に存在するモノだ。俺が生成したのは、柄を握ると俺の魔力を糧に暗黒の刃が展開される魔法の剣だ」


「違いがわからないわね……」


「宇宙で戦う映画があって……いや、説明は後にさせてくれ。今は扉の破壊と、この暑さを凌ぐ場所が最優先だ……」


 マズイ……【ダークマター】の使用で気分が落ち込んできた……。

 やる気がなくなる前に、次の作業に取り掛からなくては……。


「まずは家だ……。家がないから生物が死に絶えてるんだ……家さえあれば、最低限休むことは出来る……」


「この暑さだと、家の中だろうと蒸し焼きにされるわ……。ああ、私はこんなところで死んでしまうのね……」


「俺の身勝手に付き合わせたんだ。絶対に助ける……」


「でも、家なんか作ったところでどうにかなるものかしら……。それともいい考えでもあるの……?」


「ある……。絶対に二人で生き残るぞ……二回連続で使用するのは初めてだが……【ダークマター】発動……!」


 この時俺が思い描いたのは、前世の実家だった。


 俺が成人した後、リフォームをして夏は暑くなく、冬は寒くない家だ。

 何か特別なガラスとか建築素材とか、他にも断熱カーテンとか色々ついてた記憶がある。


 どんな素材がどんな効果をもたらしていたのか理解してない。

 俺の【ダークマター】で生成出来るかは賭けだ。


「中々手こずってるな……やはり難しいか……!」


「が、頑張って……今頼れるのは……あなただけ……だから」


 アリアスは暑さにやられたのか、ろれつが回ってない。

 それでも俺を信じて、俺の手に彼女の手を重ねている。

 信頼してくれているんだ。


「家……夏の、家……そう言えばじいちゃん家によく夏休みに遊びに行ってたな……」


「どうしたのよ……あたみゃがへんににゃっちゃったにょかしらぁ……」


 アリアスも限界だ。

 俺は余計なことを考えず、前世の実家と祖父の家をイメージする。


 そして……


「【ダークマター】発動ッ!」


 手応えはあった。

 だが莫大な魔力を消費したからか。

 連続でスキルを使ったからなのか。

 もしくは暑さで限界が来たのか。


 俺の意識はそこで途切れた。


 ◆◆◆


「あっやっと起きた! ねぇ、具合はどう? 気分は悪くない?」


「ここ、は……」


 見覚えのある天井だ。

 前世の俺の家、そのリビングの天井だろう。

 視界が悪く、大きな丸い影が俺の視界を遮ってるが間違いない。


「なるほど、これが走馬灯ってやつか……やけに体が寒いのも、死ぬ前の兆候だな……」


「死んでないわよ。私達、生き残ったのよ! 奇跡だわ! やっぱりあなたは凄い人よ!」


「あれ、アリアス……? ってことは走馬灯じゃないのか」


 あれからどうなった?

 確か【ダークマター】で家を生成しようとしたところまでは覚えてる。

 その後倒れて、気がついたらこうしてアリアスに膝枕をしてもらって……。


「急に倒れたからびっくりしたわ。慌ててここに運び込んだけど、これ建物なのよね……?」


「あ、ああ。間違いない……」


 あれ、膝枕?

 もしかして俺、金髪デカパイ美少女エルフに膝枕してもらってたのか。

 まるでラノベの主人公みたいだな。


 てことは、目が覚めた時に視界の半分を占めてたのはアリアスのデカパイ……?


 なるほど、珍しい光景を目に出来たな。


「それにしてもやけに冷えるな。アリアス、魔法かスキルでも使ってる?」


「それが使ってないのよ。私もこの部屋に入って驚いたわ。だって、外の暑さが嘘のように涼しいんだもの!」


 まさか。

 俺は部屋の壁側を見た。

 そこにあったのだ。あれが。


 夏には欠かせないあれが。


 前世の日本では、年々熱中症による死亡者が増加していた。

 だがこれさえあればなんとかなる。


「エアコンだ……これはリモコンか……? 冷房に除湿、暖房に送風機能までついてるじゃないか」


 俺は今まで【ダークマター】で前世のフィクションで見たようなものを生成してきた。

 だがまさか、地球に存在するモノまで生成出来るとは……。

 このスキル、やはりチートなんじゃないか……?


「言ってることはよくわからないけれど、この部屋が涼しいのはこの箱のおかげってことかしら」


「ああ。これさえあれば間違いない。少なくとも暑さで死ぬことはなくなったぞ!」


「本当!? あなたのスキルは凄いわ! こんな魔道具、絶対にこの世界には存在しない!」


「ああ! なにせ電気で動……電気?」


「どうしたのよ。急に深刻そうな顔をして」


 エアコンは普通、電気で動くよな。

 だが異世界に電気はない。

 俺が知らないだけで、実はあるかも知れないが。


 例えば列車などは魔力で動いている。

 前世の様々な電気や燃料などのエネルギーが、この世界では魔力に一本化されている。


「つまりこのエアコンは、魔力で動いているのか……?」


「魔道具なんだもの。当然だと思うわ」


 アリアスの言う通りだ。

 むしろ電気で動いていたとして、どこから電気を引っ張ってきてるんだ。


「部屋のライトも電気じゃなさそうだな。さしずめ魔力式LEDってところか」


「えるいーでぃーっていうのはわからないけれど、鮮やかに光るのね。魔道具だと材料の魔石の純度によって光り方が変わるけど、これは綺麗に光ってるわ」


「魔力式のエアコンに魔力式のLEDか。そりゃこんな家、この世界にないな」


「ねぇ、他にも部屋があるみたい。気になってるから見に行きましょう?」


「ああ、おい走るなよ!」


 アリアスは興味津々な顔で部屋を飛び出していった。


 俺は【ダークマター】の後遺症で調子が悪かったが、喜ぶアリアスの顔を見て、笑みがこぼれた。

 転生してから初めて、俺は達成感というものを得られたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る