ジャスミン・ラブ
黒井咲夜
トーキョーは昼の12時
「
目の前に座る男の口から出た言葉が信じられなかった。
「……それは、どういう、意味で――」
「ああ、失礼。言葉足らずでしたね……一目見た瞬間感じたんです。俺の人生に足りないのはあなただったんだ、と」
オシャレなフレンチレストラン。背景には東京の夜景。
「茉莉花さん、俺の妻になってください」
うっとりとした表情で彼にプロポーズされて、手を握られて――
「……ご冗談を。私たち、交際もしていませんのよ?」
オレは、全身の血が凍りつくような恐怖を感じた。
**
[うわああっ!!]
自分の叫び声で目が覚める。時刻を確認しようと
[げっ、バカ社長]
大きくため息をついて、応答ボタンをタップする。
「おはようございます社長。ご機嫌いかがでしょうか?」
日本語で話す時は自然とよそ行きの声になる。毎度のことながらどこから出てんだかわからん猫撫で声だ。
「……ああ、申し訳ない。
「いえ、構いませんわ。それよりも、本日はどのようなご用件で?」
社長の話をBGMにホルモン製剤をピルケースから取り出し、マグカップに水を注ぐ。
「まずは先週までの2043シーズンお疲れ様でした。カゲツ選手を擁する
「ありがとうございます」
「……それで、例の件について答えを聞かせていただけますか?」
「例の件、といいますと?」
「プロポーズの答えですよ。『2043シーズンが終わるまで』と猶予を決めたのはあなたでしょう?」
バカ社長の言葉に心臓が大きく跳ねる。
あれ、日本語で「持ち帰って検討させていただきます」は「無理です」の意味じゃなかったっけ?
それとも社交辞令とか分からないタイプ?
「ちょうど来週末の『
一方的に言いたいことを言って、社長は電話を切った。相変わらず自分勝手な野郎だ。
[受けるのか?プロポーズ]
いつのまにかゴーちゃん――ゴーシュ・デュモンが後ろに立っていた。
[……シーズン始まる前なら、受けてたかもな]
散々悪態を突いたが、実際のところ去年の暮れに社長からプロポーズされた時は本気で受けるつもりだった。
32歳。レーサーとしてはまだ若いが、女としては賞味期限ギリギリの年齢。2042シーズンに念願の
[でも、出会っちまったからさ。ディーちゃんに]
ディー・ルーセル・カゲツ。サーキットの魔女と呼ばれるオレに『
アイツと出会って、まだ走りたいと思ってしまった。女としてつまらない余生を送るより、レーサーとして死にたいと。
[確かに。例え父と子と聖霊が許しても、カゲツが許しちゃくれねーわな……しっかし、バントーといいカゲツといい、こんなアメコミヒーロー人形の首をアニメフィギュアにすげかえたような女のどこがいいんだか]
[だからいいんじゃないですか。キュートなルックスでパワフルなのがジャスミンさんの魅力ですよ!]
[そうかあ?オレちゃんはCGLeのコーラルちゃんのがタイプだけど]
リコ――ヘンリー・ハーベストとロイ――ロイ・ユーガが会話に乱入してくる。さすがはチーム最年少の22歳、ド深夜だってのに元気だ。
[オッパイ大好きおこちゃまロイくんにはわかんないかーこの魅力が]
[なっ、お前がコーカソイド嫌いなだけだろ!オレちゃんはガキじゃねーっての!]
リコとロイ、それにゴーちゃん。シェアハウスで愉快なチームメイトに囲まれて、それでもいつも心に穴が空いたような心地がする。
どんなに優しくても、オレと同じ
周りの人に弱さを見せたくないけど、弱さに寄り添ってほしい。矛盾した感情を抱えて、オレは10年以上生きている。
[……ところでヤロウども。今日の夕方には成田に向けて出発すんだが、準備はしてあるんだろうな?]
オレの言葉に、3人が顔を見合わせた。
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