夏休み(9)
結局、打ち上げ筒に入って目視不可能だった花火を、どうして玉木さんが操ることができたのかはわからないままだ。
彼女の能力にはまだまだ未知の部分が多く、その全貌を僕らは理解できていない。
わからないといえば、玉木さんが本当に花火をどうこうしようとしてあの場所にいたのか、そもそもそんなことをしようとした動機が何だったのかさえ、未だにはっきりとした答えはない。
僕たちは何も知らない。
自分の気持ちでさえもよくわかっていないのだから、仕方のないことかもしれないけれど。
はっきりしているのは、花火大会が世間では「成功」として捉えられているということだけだ。
花火の翌日、玉木さんが弟たちを連れてプールに現れた。
ちょうど休憩中だった僕は、玉木さんと並んでベンチに座り、子供用プールで双子が遊んでいるのを眺めた。
「ユリカたちのデートはうまくいったって」
「それはよかった」
何を以て「うまくいった」のかはわからなかったけど、訊かずにおいた。
弟くんたちが投げ合っていたビーチボールが転がってきた。玉木さんは立ち上がり、それを拾った。
「あのさ、箱崎」
と、玉木さんが言った。
「?」
「あんたはわたしの色々なことを知ってしまった。親友のユリカだって知らないことを、色々と」
「そうだね。図らずも、だけど」
「きのうのことも、本当のことを知ってるのは箱崎だけ」
「本当」が何を指すのか、やはり訊かずにおいた。
「だから、それなりの責任を負わなきゃならないと思うの」
「責任?」
思いがけず聞こえた強い言葉にギョッとしてしまった。
「どういう風に負えばいいのかな」
「わたしの姿を記録してほしい。人の眼があれば、この力を悪用しないで済む気がするから」
悪用。
そうだ。
やろうと思えば、彼女は何だってできる。
そういう力を持っているのだ。
「地球も月も、太陽だって球なわけじゃん?」
玉木さんはこちらに背を向けたまま言った。
その後ろ姿は昨晩の、花火の光の中で見た姿と重なった。
こちらに背を向けたまま立っていた姿と。
「……本気で動かすつもりじゃないよね?」
僕は訊いた。
「今はね」
玉木さんが言った。
「だけどいつか、本気になる時が来るかもしれない。そうならないために、誰かに見張っててほしい」
「それが、僕の責任」
「まさかイヤとは言わないよね?」
玉木さんが振り向くと、左目の奥が疼いた。
それは「脅迫」でもあり、彼女なりの「お願い」でもあった。
「それって終わりはあるのかな?」
すると玉木さんは少し考えるような素振りを見せ、
「まあ、高校にいる間は?」
あの二人が別れるまで、と言わなかったのは、ひょっとすると「親友」に対する配慮だったのかもしれない。
僕は溜息をついた。
目の奥の疼きは止んだ。
プールの方から弟くんたちが、早く投げ返すようせがんできた。
「上手くなくても、箱崎のやりやすい方法でいいよ。その代わり——」
玉木さんは大きく振りかぶった。
「何年経っても、今の気持ちを思い出せるようなものを残してよ」
ビーチボールが放たれた。
玉木さんのフォームはめちゃくちゃで、ボールはすぐ傍でバウンドして、あらぬ方へと転がっていった。
「ねーねーへたっぴ!」と弟くんたちから批難の声が上がった。
僕は笑った。
玉木さんも笑っていた。
そういうわけで、僕はこの文章を書くに至った。
公開前には玉木さんによる「検閲」が入り、ところどころ修正されたことは一応断っておく。
それでも、概ね事実に即した内容になっている。
少なくとも嘘は書いていない。
玉木さんは球なら大体好きにできる人だ。
そして今のところは、球以外のものは思い通りにできず悩むこともある普通の人だ。
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