夏休み(5)

 お盆休みともなると、それまでの閑散が嘘のようにプールは混み出した。

 仕事も、ゴミ箱を開けて閉めるだけというわけにはいかず、毎回台車に乗りきらないほどのゴミ袋を運んで事務所へ戻らなければならなかった。

 そんなことだから毎日バイトが終わるとクタクタで、玉木さんとの「実験」どころではなくなった。

 彼女の方でも色々と忙しいようだったから、八月十日以来、僕らは顔を合わせていなかった。


 そんなある日、混雑するプールサイドを巡回していると見覚えのある顔ぶれが目に入った。

 うちの学校の男女数人のグループが遊びに来ていたのだ。

 彼らはプールサイドの一角を陣取り、楽しそうに笑い声をあげていた。

 その中には野球部員も数人いた。特に目立つのは次期エースとして期待されているという、隣のクラスの丸谷君の姿だった。長身で引き締まった、高校生離れした彼の体格は遠巻きに見てもそれが彼であると判別できた。


 丸谷君の隣には常に同じ女子が寄り添っていた。

 うちのクラスで一番人気(ミスミ談)の白川さんだ。

 白川さんは見ているこちらが心配になるほど丸谷君に身体を寄せていた。

 これで二人の間に何の好意も存在しないというのなら、僕は人間不信に陥るに違いない。


 野球部のルーキーとクラスのマドンナ。

 眩しい。

 眩しすぎて、いっそ清々しいぐらい他人事としか思えない。


 万が一誰かに見つかったら面倒なことになると思い、僕はキャップを下げて顔を隠した。

 そして作業を再開し、仕事を終えてそそくさとその場を離れた。

 巡回を終えて事務所に戻ると、『関係者以外立入禁止』の札が掛かった門の前に玉木さんが立っていた。


「や、やあ、玉木さん。来てたんだ。今日も暑いね。弟さんたちも一緒かな?」

 玉木さんと白川さんが同じグループに属していることは、後ろの席から見ていて何となく知っていた。

 あの一団にいない方が不自然だと今更気付いた。


「そういうのいいから。さっき、ユリカのことジロジロ見てたでしょ」


 ユリカというのが白川さんを指すと気付くのに一拍要した。


「ユリカ、大っきいもんね」


 「大っきい」のが何かと気付くまでにもう一拍。

 僕は知らないうちにキャップのつばを摘まんでいた。 


「……見てないよ」


 玉木さんはフン、と小さく鼻を鳴らした。呆れたか、もしくは僕の反応に満足したのかもしれない。


「いいよ。こないだの件もあるし、黙っててあげる。席、取ってくれてありがと」

『二人分でお願い』

 と言った玉木さんの声が耳の中に蘇った。


 彼女の依頼通り、僕は席を確保した。

 バイト先の人たちから散々冷やかされながらも、打ち上がる花火が最もよく見える(らしい)ウォータースライダーの上を得ることができた。その旨を、玉木さんにはメッセージで送っておいた。


「別にあれぐらいは。けど、ただの口約束だけみたいだから、当日はやっぱり早めに行ってもらった方がいいみたいだよ」

「わかった。二人にはそう伝えておく」

「伝えておく?」

 「二人」に玉木さんは含まれていないような言い方だった。

「ユリカと丸谷君。あれ、言ってなかったっけ?」

 僕は頷いた。

「もしかして、わたしがいないとまずい?」

「そんなことないけど」

「ならよかった。とりあえず、直接お礼言っておこうと思って」

「わざわざどうも」

「それから『実験』のことも」

 僕はまた頷いた。


「そろそろ行かないと」

 と、玉木さんはスマホを見ながら言った。

 次の約束はせず、僕たちは別れた。

 もう「実験」は終わったのだろう。

 そんなことを考えながら、僕は台車いっぱいに摘んだゴミ袋を収集コンテナに放り込んだ。

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