夏休み(2)

 玉木さんに指定された公園は、同じ市内ではあるものの隣の中学の学区に位置する場所だった。

 公園に着くと、玉木さんはすでにブランコに座っていた。明るいうちは子供たちが活発に漕いでいたであろうそれは、薄暗がりの中では全く別の遊具に見えた。


 近づいていって遅れたことを謝ると、別に遅れていないと言われた。たしかに約束の時間まであと五分あった。

「座れば?」

「あ、うん」

 言われるまま、僕は空いている隣のブランコに座った。乗ったのは小学生以来で、そのせいか窮屈に感じた。

「箱崎、あのプールでバイトしてんの?」

「そうだけど」

「大変?」

「暑いけど、休憩も多いから」

「ふーん」

 日が暮れたとはいえ、湿度が高くて汗が吹き出してきた。尋常ならざる発汗の原因はそれだけではなかったけど。

 こんなシチュエーションは人生で初めてだった。

 仕方なく、「女子との会話に困ったらとにかく質問しろ」というミスミの(本人も実践したかわからない)似非モテ術を頼ることにした。

「玉木さんも、あのプールよく行くの?」

「そのことなんだけどさ」

 いきなり彼女の声色が変わった。たしかに、踏んではいけない何かを踏んづけた感触があった。

「昼間、プールで見たことは黙っててくれない?」


 僕は、競泳プールの寸前で逆方向に跳ねたビーチボールを思い出した。

 それから、一学期に校庭で見た不思議なサッカーの試合も。

 あれらはやっぱり玉木さんの仕業だったのだ。

 どういう仕組みかはわからない。けれど何らかのタネがあるのだろう。

 いや、もしかすると彼女は何らかの不思議な力を——


「ちょっと、聞いてる?」

「あ、はい」

 僕は我に返った。「黙っててくれない?」の後の言葉を覚えていなかった。

「ごめん、何て?」

「だから、弟たちの面倒見てたこと。学校でのイメージとかあるし」

 イメージ?

「高校生にもなってガキンチョと遊んでるなんてダサいでしょ」

 そうなの? というか——

「そっち?」

「そっちって、どっち?」

 玉木さんは眉をひそめて詰め寄ってきた。

「そっちじゃない方って、何?」

「あ、いや……」

「何?」


 圧に屈し、僕は一学期から抱いていた疑念がプールで見た光景によって確信に変わったことを手短に伝えた。

 聞き終えた玉木さんは一言、

「後ろから観察してるとかキモ」

 と吐き捨てるように言った。

「でも、そうだよ。サッカーも今日のことも、わたしがやったこと」

 冗談を言っているようには聞こえなかった。

「玉木さんは、タマを自由自在にできるということ?」

「言い方」

 彼女はブランコから腰を上げた。

「でもよく気付いたね。目立たないようにしてたつもりなんだけど」


 玉木さんによると、中学の頃から彼女には球体を動かす能力があったらしい。

 ただ、彼女自身はその力に対して特に関心を持っていなかったのだという。

「別に、生活に支障があるわけじゃないから、あんまり気にしてなかったんだよね。言わなきゃ誰にもわからないし」

 淡々と語られる彼女の話を聞いていると、こちらまで「まあそういうものか」という気がしてきた。


 いや「そういうもの」で済むものじゃない、とすぐに思い直した。

「どれだけのことができるのか、ちょっと知りたくない?」

 僕は興味を抑えられずに尋ねた。

 玉木さんは少し考えた後、

「サッカーボールぐらいなら?」

 と曖昧な返事を返してきた。

「もう少し自分の能力に興味持とうよ」

「すごい食いつくじゃん」

「だってその力、使いようによっては色んなことできるんだよ?」

「動画に撮ってネットに上げたり?」

 既に考えたことはあるらしい。

「どうせCGだと思われて終わりだよ。あと顔出しもイヤ」

 本人がイヤだと言うのなら無理強いをするわけにはいかない。それでも、もったいないという気持ちを僕は捨てきれなかった。

 すると、何か思いついたように玉木さんが言った。

「じゃあさ、どれだけのことができるか調べるから手伝ってよ」

「僕が?」

「他に誰もいないでしょ。わたしに興味持ってるんなら協力して」

「いや言い方」

 こちらが首を縦に振らずにいると、玉木さんは右手を掲げた。

 その途端、僕は左目の奥に疼きを覚えた。

「ピンポン玉ぐらいなら余裕なんだけど」

 と、玉木さんは言った。

「目玉って、同じくらいの大きさかな?」

「わかった。やるから。やります」

 疼きが収まっても上がった心拍数はなかなか下がらなかった。


 こうして僕の不思議な夏が幕を上げた。

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