第伍話 ヘタレの変化
ツバキがサカエ村を去ってから1年が経った。
この一年ウツギはスキルの研鑽に、より一層のめりこむようになっていた。
それはウツギ自身が強くなるため、などでは無くツバキの最後の言葉が気になって、何かに打ち込んでいなければ自分が折れてしまいそうであったからだ。
ウツギがコガマと木剣を使った模擬戦を行っている。理由はどうあれこの一年でウツギの実力は身を見張るほどに上がっていた。
その実力はコガマが全力で相手しなければならないほどで、全力というのは自身のスキルをすべて活用しなければならないほど。
それはつまり、サカエ村最強の戦士「剛剣のコガマ」に迫る強さを得たということであった。
コガマの剛剣がウツギに迫る。
対してウツギは木剣でコガマの一撃を受け流そうとする。
しかし、ウツギの体はまだ成長途中、未熟も未熟、コガマの剛剣を受け流すにはまだ体が出来ていない。
ウツギはコガマの一撃を受けきれず木剣を手放してしまう。
それでもウツギは諦めない。自分にはまだ”喧嘩”のスキルがある。ここからでも巻き返せる。そう思ってコガマの一撃により崩された態勢を立て直す。だが
「一本だ」
コガマの木剣がウツギの目前で寸止めされる。
「も、もう一本!」
コガマに負けたことにへこたれず本日何度目かの模擬戦続行を申し出るウツギ
「駄目だ。今日はこれで終わりだ」
「どうして!!」
「どうしてって、明らかにオーバーワークだからだ。あまり無茶な訓練を続けても体を壊すだけだからな」
「……」
コガマに訓練の終了を告げられたウツギは、悔しそうにしながら自身の木剣を拾う。
そんなウツギを見てコガマは諭すように言う
「ウツギここ一年でお前は信じられないくらい強くなった。父さんが本気で相手をしなければならないほどにな、だけどなウツギそれはあくまで俺相手にだからだ。言ってる意味わかるよな」
コガマの言う通りウツギは確かに強くなった。しかしそれはあくまで肉体面での話。
精神面については一年前とは変わらず成長しておらず、角無しのウツギのままであった。
コガマの指摘にウツギはうつむいてしまう。
「……わいんだ」
「ん?」
「怖いんだ。皆からまたいじめられることが、角無しって言われることが、受け入れてもらえないことが、拒絶されることが」
涙ぐみながらそう言うウツギを、コガマは叱ることなくその肩に手を置いて言う
「ウツギ、お前は強い、でも心は弱い、ほんの少しの勇気も出せないくらいにな。お前はそれでいいのか?」
ウツギは小さく首を振る。
「だったらもうそろそろ勇気を出しても良い頃じゃないのか?勇気を出して皆に自分を受け入れてくれって言ってみても良いんじゃないのか?」
「でも、もし拒絶されたら……」
「そのときゃ、その時考えればいい。今は勇気を出すこと、それが大切なんだからな」
「うん……」
自信なさげに頷くウツギに、コガマは満足したのか、ウツギの体をクルリと回してその背を叩くように押し出す。
「そんじゃあ行ってこい!!」
ウツギは庭の外に向かって歩き出し、コガマはウツギの背を見守るような送り出すのであった。
◆
気が重い上手くいかなかったらどうしよう。
そんな思いを抱きながらウツギは村を歩いていた。
村の大人たちは優しい。ウツギを見かけると元気よく挨拶をしてくれる。
問題は子供たち――特にいじめっ子とりわけいじめっ子たちのリーダーウルシである。
彼はウツギをいじめ始めた最初の子供でありウツギにとってはトラウマそのものだ。
やっぱり今日は止めておこうかな、それともウルシは避けて別の子供たちから声をかけてみようか、そんな妥協案がウツギの中で浮かび上がるが、ウツギは首をブンブンと振って妥協案を打ち消す。
そんなことをしてしまっては勇気を出す意味がない。僕は心も強くなるんだ。
ウツギはそう強く決心し、ウルシたちを探し始める。
ほどなくしてウツギは村の広場で遊んでいるウルシたちを見つけた。
ウルシたちを見つけたウツギは意を決して広場の中に入り、ウルシたちの下へと歩を進める。
すると、ウルシたちもウツギの事を見つけたようで、ウツギの下へ駆けて来た。
「お!角無しで大喰らいのウツギがいるぜ」
「どうしたんだよ角無し、またいじめられにきたのか?」
いじめっ子たちがそう囃し立てる。
「……」
ここまではいつもの光景、一年前までは見かねたツバキが助けに入る流れだ。
しかし、この村にはもうツバキはいない。ウツギを助けてくれるヒーローはいないのだ。
「どうした。何か言ってみろよ角無し」
ここで初めてウルシが口を開く。
ウルシの言葉にウツギは体をビクリと震わせる。と同時、
「……入れて」
絞り出すように声を出すウツギ。
「なんだ?聞こえねえよ」
ウルシが耳に手を当ててウツギの目の前まで耳を寄せる。
「僕も仲間に入れて!!」
急に大声を出すウツギに周りの子供たちは目を白黒させてシンと静まり返る。ウツギの大声を近くで聞いてしまったウルシは耳をふさいでいた。
「あ、ごめん」
「馬鹿野郎!急に大声を出すんじゃねぇよ!!それで、仲間になりたいって言ったのか手前ぇ」
「うん」
ウツギが小さく頷くと、周りのいじめっ子たちが再び囃し立て始める。
「角無しが何言ってんだ」
「弱虫はあっちにいけよ」
そんないじめっ子たちの反応に、ウツギはああやっぱりだ。自分は受け入れてもらえないんだ。と悲しい気持ちになる。しかし、
「うるせぇ!!」
そう言って囃し立てるいじめっ子たちを止めたのはウルシだった。
「おい!お前たちは一体なんだ?」
急にいじめっ子たちに問いかけるウルシ。しかし、あまりに突然の問いにいじめっ子たちは誰一人として答えることが出来ない。
そんないじめっ子たちに痺れを切らせたウルシは言い聞かせるように口を開いた。
「お前たちは――俺たちは誇り高き鬼人族の子供だろうが!!それに――
「でも今までは……」
いじめっ子の一人がそう言うと
「それはウツギが縮こまって何も言わなかったからだ!!」
そこでウツギはハッとする。確かにウルシは今までウツギの事を弱虫と馬鹿にしたことはあっても、角無しと馬鹿にしたことはかった。
「だったら……」
「お前は俺たちの仲間になりたいって言った。だったらお前はもう俺たちの仲間だ」
「うん!!」
こうしてウツギは初めて自分から友達を作ることが出来た。そして勇気を出すことの大切さをりかいしたのであった。
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