第三話 双子の妹

 今度こそ。ユスタス様は驚いた顔をした。


「ルーチェは、ユスタス様にお話ししなかったのですか?」

「待て待て。なら、なぜルーチェが伯爵家で娘として振る舞い、お前のことを姉と呼ぶんだ。彼女はなんだ?」


 今日のユスタス様は「なぜ」が多い。他の言葉を忘れたかのように。


 私は冷静に、彼の疑問に答えた。




「ルーチェは。あのは、私の祖父・先代伯爵の愛人の連れ子……。母を亡くした孤児を憐れに想い、祖父が引き取った平民の子ですわ」


「!!!!」




 ──そうなのだ。


 祖父は市井に、若い愛人を囲っていた。

 正妻が亡くなった後に出来た相手で、そのことについては父も認めている。


 女性を屋敷に入れても良かったのだが、万一、子どもが出来るとややこしいことにもなりかねない。

 伯爵家には立派な跡取り息子がいて、しかも孫は女の子。

 

 祖父はしっかりと線引きをし、愛人とは外でだけ会う、静かな関係だった。


 彼女には、先代伯爵と出会う前から子どもがいた。

 その子がルーチェ。

 

 愛人が亡くなった後、先代伯爵がルーチェを引き取ったため、遺児は我が家で暮らしていたが。

 伯爵家の血はただの一滴も引いていない、平民に過ぎない。


 だから、ルーチェがどれほど姿かたちを私に似せようと、彼女は伯爵家を継げない。

 継ぐ資格がない。



 ユスタス様は、そんなルーチェを選んだのだ。

 


「嘘だろう……?」


 私の説明を聞き、呆然とユスタス様が呟く。


 ルーチェからは、何も聞かされてなかったのだろう。

 少し調べればわかることなのに、彼は調べなかった。


 ユスタス様に話したことはあったと思う。

 聞き流したであろう彼に、再三説明する義務はなかった。


 元々ユスタス様は、公爵家から強引に押し付けられた、望まぬ婿候補だったから。



 はじめは私だって、ユスタス様と向き合おうとしたのだ。


 けれど彼は、気ままに振る舞うのが大好きで。



 目下の者には横暴、女性にも居丈高。

 都合の悪いことは、聞きたがらない。

 面倒ごとは周りに任せ、失敗したら、責任は他者。



 奔放な元婚約者殿は、"私のものは何でも手に入れたい"と動いたルーチェの前に、あっさりと陥落した。



 "ルーチェの結婚相手が決まるまでは、ナターリアの妹として、我が家で面倒を見るように"。


 ルーチェの結婚相手がユスタス様に決まった時、祖父の遺言は完遂された。



 青ざめたユスタス様が、確認するように問う。


「じゃあ、ルーチェは何の身分も権利もない、平民なのか……?」


「ええ。でも問題ないのでは。伯爵家に婿入りしないユスタス様は、公爵家も継がれない。騎士位もお持ちではないので、いずれ家を出れば平民となられるのでしょう? 結婚は可能ですわ」


「なんっっ!! 馬鹿な。俺が平民になど、ありえん」

「ですが、ヴェネト公爵様がそうおっしゃっていたと、父を通じて聞いておりますが」


 今回の件。

 親として息子のために用意した婚約を、勝手に破談にしたユスタス様に、ヴェネト公爵は激怒。

 ユスタス様自身が選んだ道だと、今後一切、助けない決意をされたそうだ。


 肝心のユスタス様ご本人のお耳に入ってないのは……。


(ルーチェを迎えたことで、公爵家本邸を出て、別荘にでもいたのかしら。あら? でも伯爵家を継げない話をお聞きになって、今日は来られたのよね。勇気を出して伝えた召使いがいたけど、話をすべて聞かずに彼が飛び出したってところ?)


 推測しても仕方がないことなので、私はあっさりと疑問を放り投げた。

 どうでも良いことだもの。


「こんな……茶番、到底認められるものか! 仕方ない。お前との婚約を戻す。すぐリドリス伯に伝えるんだ。お前から願い出れば、伯爵もいなは言うまい」


「お断りします。"何があっても二度と私を婚約者に戻さない"。そう約束されたことをお忘れですか?」


「約束は無効だろう! 俺をめておきながら!!」

「嵌めてなどいません。ルーチェとの間に、子までもうけたのでしょう? 無責任なことをおっしゃらないで」

「平民の子など知らん!」

「さすがに酷すぎますわ」

「このっ。ナターリアの分際で……! 黙って俺の言うことを聞け!」

 

 逆上したユスタス様が、立ち上がった時だった。

 軽いノックの後、軽やかな声がした。


「ナターリア、ここにいるの?」


 扉からのぞかせた銀髪の貴婦人に、ユスタス様が一時停まる。


「あら、お客様? 失礼しました。ナターリアだけだと思ったから」

「気にしないで、もうお帰りになるところよ」


「ナターリア、貴様っっ」


「貴様? そこのあなた。いまに向かって、"貴様"と呼ばれましたの?」


 初対面の女性に厳しい顔で睨まれ、外面の良いユスタス様は慌てたように言いわけをする。


「あ、いや、俺はナターリアの婚約者で──。"姉"?」

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