第二話 ルーチェという少女

 ルーチェは私がまだ幼い頃、屋敷に来た。


「ナターリアとは同い年だが、妹として可愛がってやってくれ」


 私にそう告げたのは、お祖父じい様。いまは亡き、先代伯爵だ。

 当時はまだご壮健で、リドリス家の当主として、家中では絶対的な存在だった。


「これからよろしくお願いします。おねぇさま」


 ニッコリと微笑むルーチェは、あどけない顔つきをしていたけれど。

 性格はなかなかもって、クセモノだった。


「いやぁぁ。あたしもおねぇさまと一緒が良い──! お茶会に行くのぉぉ」

「おねぇさまと同じブローチが欲しいわ。すぐに買ってきて」

「どうしてあたしだけ席が遠いの? こんなのイジメよ」

「お勉強はいや! あたしは好きに過ごして良いって言われてるもの!」


 気に入らないことがあれば、すぐに泣きわめき、周囲に訴える。


「あれは両親を亡くした哀しい娘なのだ。皆、よくしてやって欲しい」


 先代リドリス伯爵は、ルーチェの望みを叶えるよう、家の者すべてに厳命した。



 "淑女教育も必要では?"

 そんな声には、渋い顔をした。

「やがて家を出る人間であるし、甘えられるうちは、甘えさせてやりたい。もちろんルーチェが望むなら、最高の教師をつけるつもりだが……」


 ルーチェは望まなかった。



 その後祖父はルーチェをのこして他界し、父が伯爵家を継いだ。


 代替わりして間もない頃、ヴェネト公爵が縁談を持ち込んできた。

 "公爵家の次男を、リドリス伯爵家の婿に"とゴリ押しされ、当時の力関係では断ることも出来ずに承諾。ユスタス様は、私の婚約者となった。


 その頃から、ルーチェは徹底的に私の真似をし始めた。

 ドレスを仕立てる際にも、私が特注した品と同じものを、その後すぐに発注した。


 自分の茶色の髪は、私そっくりの金髪に染め、入念に化粧を施すと、遠目からでは間違えられるほどに。

 

 行儀作法に立ち居振る舞いまで、よく見ていたらしい。


 同じ顔、同じドレス。同じ持ち物。

 おかげでルーチェが"私の双子の妹"だと、勘違いする者も出て来くる始末。



 そして今日、ユスタス様との婚約関係は、私を真似るルーチェに、その役割を移した。



 ◇



 婚約者交代から数日。

 ユスタス様を追いかけて、ルーチェは家を出た。


 彼の方では喜んで彼女を受け入れ、しかし。

 一週間もしないうちに、物凄い剣幕でユスタス様が押しかけて来た。


 お茶を楽しむ私的な時間だったのに、家の者が通してしまったらしい。

 


「なぜだ、ナターリア! なぜ俺が伯爵家に入れない!? 次期伯爵をルーチェにすれば済むことだろう?」


「まああ、ユスタス様。先触れもなくいらして、いきなり大声を出されては驚いてしまいます。伯爵家の後継ぎは私。これは以前より揺ぎ無く決まっていることです。ユスタス様もご承知のうえで、書類にサインなさったでしょう?」


 せっかくのティータイムが台無しだ。

 けれど、いつか彼が抗議に来ることは折り込み済みだったし、ここはしっかりとわかっていただかないと。


 そう思い、私は手に持つカップを置いて、ユスタス様に向き直る。


 ユスタス様は不満そうに私の前に腰掛け、自分の分のお茶をメイドに命じた。


「だが公爵家の血を持つ俺が入ってやると言っているのだぞ? ルーチェを家に残し、お前が嫁に行くべきだろうが」


「ルーチェは伯爵家を継げません」

「どうして? お前が折れれば良い」


「折れる折れないの問題ではなく、あのに資格がないのです」

「はぁ? 確かに彼女の知力はお前に劣るが、それはルーチェの愛嬌だ。勉強不足の件なら、今から励めばいい」


 まだ、気づかないらしい。


「……ルーチェの素顔をご覧になりましたか?」


 四六時中ともにいれば、機会もあっただろう。

 案の定ユスタス様は、言葉に詰まった。


「う、っ。ま、あ……。女は化粧で化けるということがよくわかった。お前たちの美しい顔に騙されてしまったが、お前も化粧をのけると、冴えない庶民と変わらないんだな。詐欺師になれるほどだ」


 馬鹿にしたように彼は鼻を鳴らしたが。


生憎あいにくと。私は今日、化粧をしておりません。少し肌をいためておりまして」

「は?」


「ですから急にお越しになると、非常に迷惑なのですわ」

「お前ッ、その言いよう、生意気だぞ! それに、化粧をしてない? 嘘をつくな。だってお前は綺麗なままじゃないか。ルーチェとは違う──」


「まあ、ユスタス様から"綺麗"と言っていただいたのは、初めてです。有難うございます」


 誕生日の贈り物はおろか、デートもエスコートもおざなりだったユスタス様。縁が切れてから褒めて貰うとは、皮肉なものだ。

 彼も心当たりはあったようで、気まずそうに眼を逸らす。


「く! ではなぜ、ルーチェはあんなに平凡なんだ……。お前たちは双子だろう?!」


「双子が必ずしもそっくりとは限りませんが──。まず、そこが間違いなのです、ユスタス様。私とルーチェは双子ではありません」


「な! で、では姉妹か。だがお前の母は、お前を産んですぐ──」


「姉妹でもなく。私とルーチェに、血のつながりはないのです」


「……は?……」

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