第18話 闇に、だれかと……

夜。ニコラの部屋に忍び込む。

 普通に考えれば大したことじゃない気もする。

 でも命がけである。あの娘小さな物音ひとつで殺気立つし。

 下手にドアを開いたら真っ二つなんてことにもなりかねない。


「ねえ、ニコラ。入っていい?」


 だからここは正攻法で行く。普通に部屋を4回ノック。

 いや、普通の女の子が物音一つ立てずに剣姫の部屋に忍び込むとか無理だし。

 マナーとしてもレディーのものじゃない。

 ここはおとなしく部屋からの応対を待つ。


「ステラですか。どうしました?」


 ドアを開けニコラが顔を出す。ものすごく疲れたような顔をしている。

 今にも倒れてしまいそうだ。


「あ、あのね。ちょっと話せないかなって」

「すみません。今はそういう気分じゃないんです……」


 そう言ってニコラは部屋に戻っていった。


「……」


 ひとり廊下に残される私。まあ、普通にこうなると思ったよ。

 あの子とは短い間だけど二人で過ごしてきたんだ、分かってる。


「おらあぁ。ふっざけんなぁ。入れろやぁ‼」


 ドアを4回蹴りつける。これで聞こえんわけがない。

 淑女とか柄じゃないんだよ。私はやりたいようにやる。


「何するんですか!」


 私の凶行に驚いたのか怒ったのか。まあどっちでもいい。

 部屋に閉じこもっていたニコラが再び顔を出す。


「隙ありじゃあぁ!」


 その胴体に抱き付いた。そのまま部屋の中に転がり込みニコラを床に押し倒した。


「何のつもりですか……」

「契約違反じゃ!」


 そう、生き返れたとは言え私は現に死んでしまった。

 本来なら私たちの契約は不履行。ニコラは死ぬはずだった。


「だから死ぬとかやめてよね?」

「貴女には敵いませんね、お見通しでしたか」


 そう、私たちの契約はあくまで

 考えても見ればいい。あの日の私はただの小娘。

 当然呪いの契約などできるはずもなく。施すのはニコラになる。


 魔女の呪いは魔女の死ぬ日まで続かない。

 ニコラが死ぬと私は生きていけない。私が死んだらニコラは死ぬ。

 酷く不公平な呪いだ。わからないだろうか?


貴女ニコラが死ぬまでに自立しろってことでしょ? そんなのヤダ」


 こんなもの受けるはずもない。私に都合が良すぎる。

 だから、ただの口約束けいやくをした。

 破ったからと言って本当に死ぬわけじゃない。


 そもそも、呪いを扱えるのは蒼い血の魔女に成れたものだけらしい。

 ニコラも私も魔女じゃない。


「命の代価は命で。違ったっけ?」

「そう、でしたね。私は約束を果たせませんでした……」


 すっかり意気消沈しているニコラ。でもこれだけは伝えないといけない。


「私の所為でニコラが死を選ぶというなら、私は死なないといけない」

「な、そんな言い方ずるいです」

「そう思う。でもこう言わないと貴女を失ってしまう。それは嫌」


 ニコラに覆いかぶさるような姿勢から体を起こし、しっかりとその瞳を見る。

 魔女の血のように真っ蒼なその瞳に波紋が広がる。


「どうしたらいいんでしょう。魔女に成れなかった出来損ないの私は復讐も成せず、気まぐれに助けた少女も守れない。なにも成せない……」

「いいや、いろいろしてるね」

「何を成せてると言うんですか⁉」


 ニコラが吠える吠える。ワンワンと泣きながら吠え続ける。

 子犬じゃないんだから、もう泣かないでよ。


「私はこの世界に来てからずっと、あなたといられて面白おかしい。今死んじゃってもちゃんと命の対価はもらってるよ?」


 前世に対して、今の私は楽しい。

 痛いことも怖いことも苦しいことも多いけど、少なくとも楽しい。

 全部、彼女のお陰だ。だからなにも成せてないはずがない。


「貴女は何も成せていないことなんてない。少なくとも一人の可哀想な少女を幸せな気分にできてるよ?」


 ニコラは今度は声を抑え泣いている。

 そうだよ。こんな暗い夜は、闇の中では誰かといたほうがいい。

 だから私は、これからもニコラといたいのだ。


「私はあなたの命に答えられてる? ニコラは今面白おかしい?」


 私の質問にニコラはいびつな笑顔で答える。それでいいんだよ。


「じゃあ、契約成立だ。これからも一緒だからね?」

「ええ、約束です。きっと守ります」


 この日私たちは新しい契約を交わした。


 これからも一緒に面白可笑しく生きていく。

 そういう絶対破れない、だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る