第5章 聖光国
第80話 ふぁっ!?
———カーラさんの身体を奪って好き勝手してた災厄を見事スラングのご飯にしてから1週間が過ぎ……すっかりいつもの日常が戻ってきていた。
どうやら俺がいつもより長く目を覚まさなかったのは、身体的とか精神的とかじゃなくて魂が傷付いていたからだとか。
ただこれを言ってたのがスラングなので信用しづらいところではあるが、他にこれといった原因もなさそうなので……一応そうだと納得することにした。
魂の修復にはさすがの【無限再生】君も殆ど効力をなさないらしい。
そんなこんなで2日お休みを貰った後、俺は災厄を止めた功労者として———莫大なお金はもちろん、あんまり聞いてなかったけど、何か伯爵やら侯爵(?)みたいな地位になった。
まぁ領地も民も居ないお飾り貴族みたいなもんだが……爵位が高ければ高いほど嘗められにくくなるので文句はない。
ん、下級騎士として安泰の生活を送る?
そんなのとっくに踏み潰してドブに投げ捨てましたが何か?
もう開き直って、出来る限り面倒事を避けられるくらい高い爵位を貰うことにしましたけど何か?
何て現実逃避気味な考えを巡らせていたが……そろそろしっかり現実に向き合うとしよう。
「———あぁ……キッツ……いやマジでキッツしか言葉が出んわ……」
日常が戻るということはつまり———鍛錬も再開するというわけであり、俺が騎士団の鍛錬場で大の字に身体を投げ飛ばしながら息を漏らすかの如く声を発するのも当然の結果なのである。
俺が貴族の中でも凄く地位の高い侯爵になったのにも関わらず、一切容赦ない騎士達の頭はきっとおかしいのだろう。
お陰でもう動くことすら億劫であり、息するのも面倒臭い。
「ゼロ……ちょっと体力が落ちてるんじゃないか?」
「はぁはぁ……ぜ、絶対そんなことないし。もっと違う理由があるし……ごほっ」
地面に倒れ込んだ俺を上から覗き込むように見つめるカーラさん。
その表情は団長モードだからか情けないと言わんばかりに眉間に皺を寄せており、肩で息をする俺を責めるような視線を向けている。
いやアンタみたいに俺の身体はバケモノスペックちゃうのよ。
弱体化しててやっと俺の全力より少し上とか規格外も規格外だからね?
カーラさんのことは、あの性悪悪魔として有名なスラングでさえ『あの女ァ……オレの全力でも勝てるか分かんねェ……バケモンだなァ……』とか言って驚嘆の声を上げていたぐらいである。
そしてそんなカーラさんと同格の実力を持つ者が後3人ほどこの世界にいるとか、やはりこの世界は紛うことなきクソッタレ難易度世界だ。
「全く……ほら、早く立て。もう少し頑張れ」
「き、鬼畜だぁ……もう嫌だよぉ……」
クスッと笑みを零したカーラさんが、涙目涙声の俺にそっと手を差し出してくる。
しかしながらこれ以上鍛錬をしたくないが故に立ちたくない俺は、自主練を行いつつもチラチラと此方に目線を寄越していた頼りになる相棒へと助けを求める。
「た、助けてーっ、エレスディアーっ! もう俺は限界なのにまだやらせようとしてくるーっ!! これ以上は死んじゃうんだよーっ!!」
「あ、アンタね……幾ら私でも無理なことくらいあるのよ……。団長、ゼロもこう言ってることですし、今日はこれくらいで良いのでは?」
これでもかと顔を引き攣らせるという、口と表情と態度では嫌々言いながらも、握る剣を壁に立て掛けてカーラさんに進言してくれるエレスディア。
実に頼りになるツンデレ美少女である。
「誰がツンデレよ」
「待って、一言も言ってないのに何で分かるの? 君、もしかして考えていることが分かる超能力使える系の人間ですか?」
「違うわよ。アンタが私にツンデレっていう時と同じ顔してるもの」
「何だよその顔、どういう顔だよ。俺の顔ってそんな自由自在に変化してんの?」
自分で自分の顔が怖いんですけど。
え、そんなに俺って考えてる時に顔が変わってるのか……?
もしそうなら激キモを通り越してドン引きだろ。
何て心配になっていると……エレスディアが呆れた様子で肩を竦め、カーラさんが可笑しそうにケラケラと笑う。
「別にそんなに変わってないわよ」
「あぁ、ほとんど変わってないな」
「つまりちょっとは変わってるってことだよね!? もう何してんの俺の顔!? 1人にらめっことか誰に需要があんだよ馬鹿野郎!! はずいはずいはずい!」
俺の中で羞恥が疲れを一瞬にして追い越し、投げ出した手を持ち上げると同時に自らの顔を隠すように手で覆ってゴロゴロと地面をのたうち回る。
こうでもしないと恥ずかしさが限界突破しそうだったが……この体勢がそもそも恥ずかしいことに気付いてそっと動きを止めた。
「お、もう転がるのは終わりか?」
「……こっちの方が恥ずかしいって気付いた。でも今の転がりで疲れたから余計鍛錬したくない。それと俺のほっぺたをつつかないでくださいません?」
「ふふっ、嫌だ」
……この人俺の頬をつついて何が楽しいんだろう。
別に子供の頬みたいに柔らかくないからね?
何なら鍛錬してる人間だし硬いまであるぞ。
普段のボロボロな服を着たカーラさんが上半身だけを起き上がらせた俺の頬をしゃがんでつんつんとつついては頬を緩める。
対する俺は、疲れ過ぎてて振り払うのも億劫なので、為されるがままに休憩時間を満喫していた。
しかし———それを良しとしない者がいた。
「…………団長、一体何をしているのですか?」
そう、真面目で有名なツンデレことエレスディアだ。
彼女はイライラとした様子で眉をこれでもかと吊り上げ、ヤクザも素足で逃げ出すくらいの恐ろしい半目でカーラさんを見つめている。
そんな俺だったら直ぐ様土下座して謝り倒していそうなエレスディアを前に、カーラさんには一切通じていない様子で、涼しい顔で挑発的な笑みを浮かべる。
「見てわからないか? ゼロの頬を触ってるんだ。こら、逃げるな」
「はぁ……それが問題なんですよ! 鍛錬中にトップである貴女がそんな弛んだ姿を見せてどうするのですか? 良い加減ゼロを離してやってください」
「知らん。私が少しゼロに構っている程度で全体の士気が下がるくらいなら、そんな奴らはただの無能集団としか言えないな」
至極ド正論なエレスディアの言葉に冷たくもあながち間違いでもない言葉で返すカーラさん。
その間に挟まれた俺は、何か2人の間にバチバチと火花が散っているような気がするので、早急に逃げたい所ではあるのだが———。
「……あの新入りぃぃ……いつの間にあんな団長と仲良くなってんだぁぁぁ? これは痛い目見ねぇと分かんねぇかぁ?」
「アイツにだけ団長が優しいの意味分からんねぇよ……! 普段の笑顔でボコボコにする鬼畜団長は何処に行った? ゼロは一回絞めるか」
「クソッ……団長に手を差し伸べられるとか……アイツホントに何したんだよ……! 俺もあれくらい優しくされてぇよ……!!」
「エレスディアちゃんだけに飽き足らず団長まで落としたのかアイツ? ……取り敢えずぶち殺すか」
「そうか! 俺のこの剣は今目の前でイチャ付く生意気な新入りをぶった斬るために培ってきたのか!」
———先輩の方がもっと怖いので、ここから抜け出すことが許されないのである。
因みに俺がこんなに疲れているのも……偏に先輩騎士達のシゴキがとんでもなく厳しいからだ。
というのも、カーラさんが居ない時を見計らって寄って集って俺をボコボコにしてくるという頭いい&凄まじい連携を見せてくるのである。
これが騎士団の鍛錬の成果なのかな?
もっと他のところで発揮してくれない?
何て俺が何処に行くわけでもなく必死に気配を消していると。
「ん?」
「……何かしら?」
「およ?」
1番始めにカーラさん、次にエレスディア、その次に俺と何か此方に向かってくる気配に気付き、先輩方も続々と気付き始め……俺を嫉妬の目で見ていた時の緩い雰囲気の鳴りを潜めさせてそれぞれが武器に手を掛け出した。
どうやら今から来る者達は、カーラさんですら知らない予期せぬ乱入者らしい。
「……ゼロ、エレスディア、一応準備だけはしておけ」
「分かりました」
「うす」
険しい表情で扉を見つめるカーラさんの言葉にエレスディアが鞘に納めた剣の柄に手を触れさせ、俺も起き上がって地面に落ちた剣を手繰り寄せつつ、気配の方向に目を向ける。
こうして精鋭騎士全員が警戒体勢に入る中———その者達はやってくる。
全部で数は20ほど。
全員が全員、全身を顔まで隠れる真っ白の防具に身を包み、胸には何か見たことある気がする翼をクロスさせた紋章のようなモノがデカデカと付いている。
また手には俺の身長の2倍ほどある純白のハルバードを持っており……明らかに友好的ではない剣呑な雰囲気を纏っていた。
そんな謎の集団の先頭に立つ、唯一顔を露わにした30歳くらいの男と目が合ったかと思えば。
「———大罪人ゼロ!! 貴様を人類叛逆罪で———聖光国に連行するッッ!!」
「………………はい?」
予想打にもしない言葉と共に、俺へとハルバードの切っ先を向けたのだった。
「…………っ」
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