第77話 この愚か者達に再会を《カエラム(カーラ)side》

 めっちゃ書き直してたら1日経ってた。

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『———ゼロ……?』

『団長が知らなくても当然だと思いますよ? どうやらゼロという子は平民出の子らしいので』


 私がゼロを認知したのは、私達騎士団が追っていた『快楽の死神』を騎士団修練施設の新兵が倒したという報告書に書かれていた名前からだった。

 その報告書で名前を見た瞬間———昔の数ヶ月の思い出が一気に走馬灯の様に頭の中を駆け抜けたのだ。


 未熟で楽観的で……でも1番心の底から笑えていた———あの頃の記憶。


 もちろんこの報告書の彼が、あの頃の記憶を彩る彼だとは限らない。

 彼は家名を持たぬ平民で、ゼロという名前はきっと彼だけではないだろうから。


 それに、私の知る少年———ゼロは、最後に私に笑って言っていた。




『———俺、意地でも生きてみるわ!!』




 生きるためにわざわざ騎士団に入団する馬鹿はいない。

 この世にある数多の職業の中でも最悪手の1つと言ってもいい。


 でも、もしも。

 もしも本当にこの報告書のゼロが私の知るゼロなら……私は一体どんな顔をして会えばいいのだろうか。

 

 もうすっかり私は変わってしまった。

 昔のように笑うことも、彼に冗談を言って怒ってもらうことも、立場的に出来ないだけでなく———私自身がそのやり方を忘れてしまった。


 それに見た目だって変わっている。

 身長が伸びた、身体が大人に成長した……というのももちろんそうだが、昔のような黒色の髪と瞳は今では銀色と碧色に塗り替わっている。

 自分の黒髪や黒目を私自身もここ何年も見ていないし……そもそも私が死ぬまでこの髪の色が戻ることはない。



 私の中に、災厄の一柱———黒魔龍の魂があるから。



 奴の魂は、いつも私の身体を、魂を喰らうことを虎視眈々と狙っている。

 大国級にして現存する強化魔法の最高峰である【高次元化フェアアイニグング】によって魂を一次元上の存在に昇華させていなければ、私の身体は忽ち奴に奪われてしまうことだろう。


 そもそも小国級強化魔法である【身体進化イヴォルヴ】は【高次元化】の足掛かりであるが故に非常に不安定な魔法だ。

 あの魔法で身体は高次元の生物に進化できても、器である魂は依然として人間という最弱級の強度のまま。

 だから魔力を膨大に使うし、魂の限界として時間制限があり、使った後の反動は凄まじいものとなる……らしいのだが、私の場合は反動を殆ど感じたことがないのであくまで『らしい』とまでしか言えない。


 私は【高次元化】を常日頃から使っている。

 どんな時も何の魔法を発動させずとも戦えるのはそのためだ。

 

 しかし———それでも黒魔龍の侵食を全て跳ね返せるわけではない。

 元々奴の魂は強化魔法を使用した私と同格であり……それ故に侵食が度々私の魂を襲い、その度に私の感情の起伏は徐々に失われる。


 でも、それでも———。




『……ゼロ……』



 彼からプレゼントしてもらった写真を眺めている時、私を救ってくれた彼を思っている時だけは———私がまだ感情のない木偶人形ではないことが実感できた。


 今でこそ最速記録をゼロに抜かされてしまったが……当時の私は間違いなく建国以来類を見ないほどの類まれなる天才だった。

 そして女という戦闘面で不利な性別でありながらその実力は、当時の王国最強———隻眼のロウに迫るとされていた。



 だからか……私が助けた者は———私に恐怖を抱いていた。



 もちろん感謝や感嘆の感情も同時に寄せられていたが……それでも皆んなが私を見る時には必ず恐怖の色を瞳に揺らしていた。

 ただ、その恐怖は生物の本能的な部分からくるものだろうから仕方のないことだ。

 

 そう理解はしている。

 頭では分かっていても……何十、何百、何千と向けられる恐怖の感情は、当時の多感な私の心を抉るには十分なモノだった。




 そんな時に出会ったのが———ゼロという少年だった。

 


 

 彼と出会ったのは、当時私を妬んでいた先輩騎士によって流された緊急依頼で向かった……死人や行方不明者が多数確認されている森。

 そんな物騒な場所にはあまりにも不釣り合いな私より幾つも小さそうな少年が、今まさに討伐対象である魔物に殺されそうになっていた。


 私はいつも通りその少年を助けた。

 そしてどうせいつも通り私を……と半ば諦めて振り返った時———。




『……どうして、俺を助けたんだよ……。折角……折角———死ねると思ったのに』




 少年は、私に恐怖を向けてはいなかった。

 しかし———その幼い顔を苦渋に歪め、黒い瞳には吐き出しようのない強い感情が綯い交ぜとなったドス黒いを浮かべてそう零したのだ。


 騎士になった時から先輩に言われていた。

 

 ———『助けたからといって、必ず感謝されるわけじゃない。この世には死を望む人間もいる』……と。


 ただ、私にとっては目の前の少年が初めてだった。

 怒りよりも、どうしてこれほどの年齢の子供がこんなことを言うのか……と何と言えぬ虚しさと悔しさが胸中に駆け巡った。



 だからか———私は反射的に彼を連れ出し、半ば無理矢理同居までした。



 私が彼の側にいなければ、彼はきっと直ぐに命を散らしてしまう。

 そして……その裏に隠れた、私も休みたいという思いが私の身体を突き動かしていた。


 数多の期待の重圧。

 数多の感謝と恐怖。

 数多の称賛と怨嗟。


 きっと贅沢な悩みなのだろう。

 でも確かに、それらは私の心を蝕んでいた。


 だからそんな現実逃避も兼ねて、彼の隣で過ごしてみようと思った。




 そして気付いたのは———彼がその小さな身体で私以上の苦悩を抱えていたということ。




 自分を責めて、自分を責めて、自分を責めて……現実逃避なんてものも意味がないくらいに自らの存在を否定していた。

 

 そこから私は———彼を心の底から助けたい、彼の笑顔が見たいと思った。




 しかし気付けば———私の方が笑顔になっていた。




 彼と下らない話をする。

 彼の作る料理を食べる。

 彼に呆れた様に怒られる。

 彼の仕事の様子を眺める。

 彼と一緒に買い物をする。



 彼が私だけに零す———仕方ないとばかりに浮かべる小さく笑みを見る。



 たまらなく幸せだった。

 永遠にこの時間が続けば良い……本気でそう思った。





 私より6つも小さなゼロという少年と過ごすこの時間が———私の中で何よりも愛おしいモノだった。


 



 でも、いつまでもこの甘い時間に浸っていることは出来ない。

 

 ゼロは強くなった。

 僅か自らの生き方を改め、過ちを昇華し、成長していった。

 周りの人々に認められるようになった。

 

 1人で生きていけるようになった。


 だから、私のような邪魔者は去らなければならない。


 彼にだっていつか、私の他に私以上に信頼し、心を許せる相手が出来るだろう。



 決して———その相手は私ではない。


 

 君を免罪符にして現実から逃げた私では、君には釣り合わない。

 全てを受け止めて今を生きる君には、私の様な弱い人間がいない方いい。

 眩しすぎる君を……私なんかが独占してはいけない。


 だから私は、急いで彼から離れないといけなかった。

 

 心に傷を負う程度で済ませられる内に。

 笑って君とさよならを言える間に。

 手遅れになる前に。

  

 



 ———私の想いが恋に変わってしまう前に。

 




 だから、私は逃げるように彼から離れた。

 彼にも恐れられるのでは……との心の弱さから告げていなかった本名を結局告げることなく離れた。

 彼を考えなくても良いように騎士の依頼と鍛錬に没頭した。


 それから6年が経った時。

 騎士の仕事も板に付き、いつの間にか騎士団を率いる存在として、黒魔龍を封印する人柱のような存在として奮闘していた時。




 ———再びゼロと出会った。




 彼は見違えるほどに変わっていて……でもあの頃と同じ様に眩しくて。

 彼が他の人と笑っていることが何よりも嬉しかった。

 彼が称賛される姿が誇らしかった。


 もちろん彼は見た目も名前も違う私に気付いていなかった。

 ただ、少し残念に思う気持ちもあったものの別にそれで良かった。



 ———私は外野から笑う彼を眺めているだけで十分だと思っていた。

 ———彼が死なないように鍛え上げるだけで十分だと思っていた。

 ———偶に私に話し掛けてくれるだけで十分だと思っていた。

 


 



 ———思っていたのに。

 

 




「おいカーラさん、聞こえてるか?」



 あぁ……微かに聞こえてるよ。

 だから、私はいいから早く逃げてくれ。



「どうせ優しいカーラさんのことだから、逃げろとか思ってんだろ?」



 ……分かってるならどうして逃げてくれないんだ。

 私の不始末くらい私が自分でどうにか出来るのに。

 君は私よりも遥かに弱いのに。




「———悪いけど、俺は死んでも逃げねーよ。俺がカーラさんを見捨てて逃げるわけないだろうが。てか、逃げるくらいなら最初からここに来てないっつーの。まぁつまり、何が言いたいのかと———」










「———必ず連れ戻してやるから……カーラさんはその時のために笑顔の練習でもしててくれ」








 ———君は……たらしだな。

 エレスディアやアシュエリ王女殿下も言っていたが……お前は生粋の女たらしだ。

 そんなに人の心を誑かして……かき乱して……期待させて楽しいか?


 折角あと少しで君を忘れられる、諦められるところだったのに。

 君が笑って過ごせる日常のためなら———黒魔龍と共に死ぬのだって怖くもなかったのに。

 

 






 ………もう、手遅れになってしまったじゃないか。






 


 ——————私のに光が灯った。

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