第13話 想定外

「———ふぅ……終わったぞー」

「ええ、一先ずお疲れ様。……その、アンタ、大丈夫……?」


 屍が転がる血の絨毯の上で大きく息を吐き出した俺を、エレスディアが瞳に心配の色を灯して近付いてくる。

 どうやら初めて人を殺した俺を案じているようだ。

 そんな何とも言えない表情を浮かべる彼女に、


「全然大丈夫よ? このゼロ様のメンタルを舐めてもらっちゃ困るよ、特別製のダイヤモンドメンタルだから」

「……まぁそれなら良いのだけれど」


 フッと笑みを零して、内心を悟られないようにほんの少し気丈に振る舞ってみせるも……実際の所は、まぁちょっと堪えたのが本音だ。

 あの肉や骨を断つ感触はあまり気分の良いもんじゃない。


 てかこちとら温室育ちの元日本人なんだわ。

 普通に殺人には忌諱感があるんだよ。

 ま、吐くとかはないし……その内嫌でも慣れるだろ。

 いやぁ、俺が感受性豊かだったら詰んでたね。


「てか、そう言うお前は大丈夫なの? 私人を殺せな〜い、とか言ったらはっ倒してやるけど」

「言わないわよそんなこと! というか昔から師匠に連れ回されてたから慣れてる……というか仕方ないって割り切ってるわ」

「ほぇ……ただただその師匠さんが怖ぇぇ……」

 

 俺なら全力で逃げるね。

 だって絶対関わったらアウトなパターンの人間だもん。


 何て、名も姿も知らないエレスディアの師匠にドン引きするのもこれくらいにして……。


「いたぞ、敵襲だ!!」

「「「「「やってやらァあ!!」」」」」


 集まってきた野盗達の相手をしてあげよう。

 数で言えば30人に届きそうなほど。

 その全員が武器を持った筋肉質な男達だが……強化魔法を使用する様子も習得している様子もない。


 ならば……俺達が負けることは、絶対にない。


「はぁ……一々五月蝿いわよ」


 そう鬱陶しげに眉を顰めるエレスディアが零すと———タッと場違いにもほどがある軽快な足音を鳴らしたと同時、目にも止まらぬ速度で全員を抜き去る。

 きっと野盗達には、真紅のオーラを纏った美少女が残像だけ残して消えたように見えたことだろう。


 超常的な力を目にして狼狽える野盗達。

 ところが直ぐにピタッと動きを止めたかと思えば……一斉に首に一筋の線が入り、


 ———ボトボトボトボトボトボトボトボトボト……。


 無惨にも次々と地面に頭が転がる。

 頭を失った身体は血を噴き出しながら崩れ落ちた。


 そう、彼女はただ追い抜かすのではなく———縫うようにジグザグに進んで全ての野盗の首を斬り飛ばしていたのだ。

 僅か数秒という短い時間の間に、30人もの屈強な男たちの首を。


 ……こいつ、騎士じゃなくて死神目指した方が良くね?

 ボロボロのローブを着て真紅のオーラを纏えば完全に死神じゃん、関わるのやめよっと。


「おつかれ、死神……じゃなくてエレスディア」


 俺が頭を踏まないように気を付けて洞窟内にいるエレスディアに追い付いて片手を上げれば、当の本人は俺にジト目を向けつつ口を尖らせた。


「あんた、乙女に死神なんて物騒な名前を付けるんじゃないわよ」


 この惨状を作った張本人がそれ言っちゃう?

 ま、外で同じ感じの惨状を作った俺も言えないんだけどさ。

 というか……。


「改めて思ったけど……お前、強いんだな。魔法狂ドMの印象が強すぎてすっかり忘れてたわ」

「はっきりと否定したいけど否定しきれないのが悔しいわ」


 ギリギリ歯ぎしりして悔しそうにするエレスディア。


 あ、自覚はあるのね……いやもっと悪いわ。

 何でちょっとホッとしたんだよ俺。

 無自覚より自覚ある方が十分ヤバいだろ。



 ———何て、魔物使いを斃したのと野盗が意外と弱かったせいで、俺達の気が僅かに緩んでいたのがいけなかった。



「ほぅ……それなりにやるようだな」



 何処までも昏く、低く、身体の内側に響くような声が聞こえた———そう知覚したときには既に時遅し。


「ごぽっ……!?」


 胸が燃えるような熱を帯びると同時、口の中に鉄の味とむせ返る血の匂いが充満して、口から大量の血が溢れ出す。

 目を大きく見開いたエレスディアの様子に嫌な予感を感じながら、恐る恐る下を見れば……フックのように湾曲した、所謂ショーテルと呼ばれる剣によって、横から胸をオーラなど紙のように貫通して一突きにされていた。

 心臓の鼓動が一切聞こえないのを鑑みるに、恐らく的確に心臓を突き刺されたのだろう。


 …………痛すぎると、かえって冷静になれるんだな。

 普通に血が足りなくて頭がぼーっとするんですけど……あとこいつ、剣に毒塗ってるだろ。

 めっちゃ再生が遅いんですけど。

 

「フフッ、これで1人……」

「ゼロ!? こ、このっ———はぁぁぁああああ!!」


 重力に従ってドシャッと地面に倒れ込む俺の視界に、真紅のオーラを滾らせたエレスディアが瞳に憤怒を宿して俺からショーテルを引き抜いた、ボロボロのローブに全身を包んだ漆黒のオーラを纏う男と斬り結ぼうとしている姿が映る。

 しかし、エレスディアは本気で剣を振るっているにも関わらず、男は余裕そうな雰囲気を漂わせていた。


「ほぅ……やはりそれなりにやるようだが……フフッ、甘いな」


 男がそう言葉を紡いだかと思えば———ショーテルを器用に使って剣をへし折ると共にエレスディアの鳩尾に的確な蹴りを叩き込んだ。

 エレスディアは声にならない絶叫を上げ、弾かれるように洞窟の壁にめり込み……そのまま身体の力を抜いた。


 恐らく気絶したのだろう。

 ただ、エレスディアは蹴られる直前に腹部へと魔力を集中させてたので、確実ではないが、死んではいないはずだ。


 ………さて、どうしたものか。


 俺は自らの血溜まりに身を置きつつ、思考を巡らせる。

 

 一応傷は治ってんだが……如何せん立ち上がっても勝てる気しないんだよね。

 俺より強いエレスディアでアレだし。

 

 しかしここで死んだふりの継続も期待できない。

 バレたら余計な警戒心を生むのだから。


 てか今この瞬間が1番のチャンスな気がすんだが。

 アイツも俺を殺したと思って油断してるだろうし。


 ただ、問題もある。

 そもそも俺の剣が奴の強化魔法を貫通させれるのか、という問題が。

 彼奴の全身を覆っているのは、前の手合わせで教官が使っていた【全能力強化オールステータス・アップ】だと思われる。

 俺の強化魔法だとそれを突破して致命傷を与えることは不可能だ。


 もちろん突破する方法がないわけではないが……如何せん博打過ぎる。

 使うどころか1度しか見たこと無いのに使えない可能性があるのはもちろん、仮に使えても十全な能力を発揮できるとはサラサラ思えない。


 思えないが……これしか方法がなさそうなんだよな、ビビらせる意味も含めて。

 ……嫌だなぁ、痛いのは嫌いなんだよ。


 出来るならば、エレスディアを連れて直様逃げ帰りたい。

 だが、村長にやると言った手前、人質の救助もしないといけないわけで……それにはこいつを倒さなければ絶対に達成できないのである。

 

 ホントにこの世界は理不尽でクソッタレだな、ちくしょう!


「さて、騎士が来たということは、早急に移動を———」


 あぁ、逃がしてたまるかよ。

 逃がしたらエレスディアに怒られちまう。

 

 俺は胸中に渦巻く様々な泣き言や恐怖を抑え付け、




「———おい、ちょっと待てよ。勝手に終わらせないでくださいます?」

「ッ!?」




 何事もなく立ち上がり、声を掛ける。

 流石の男も、心臓を一突きされた俺が生きていることに驚愕しているようで、フードで顔は見えないものの、驚きの感情が溢れ出していた。


「……貴様、どうやって生き延び……いや、どうやって生き返った? 私は確実に心臓を突き刺して殺したはず」

「誰が教えるかよバーカ。それと———良いモン見せてやる」


 俺は男に中指を立てると共に……詠唱を始める。


「«我、全ての生存本能を捨て去る者。我、人の身を越えた力を欲す者。我、自らの肉体を捧げる者。されば、我が身を顧みぬ超常の力をこの身に宿し給わん»」

「ま、まさか貴様……!?」


 この詠唱に聞き覚えがあるのか、焦った様子で俺を殺さんと再び心臓を貫くが、俺は心臓を貫かれてなお男の肩を掴んで強気に嗤い、




「そのまさかだよ、間抜け。残念だったな、もう少し付き合って貰うぜ? ———【極限強化グレンツヴィアット・フェアシュテルケン】」




 上級よりも更に上、戦略級強化魔法の名を紡ぎ切った。

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