第2話 騎士団ってやっぱり地獄
「———おいゼロ、ちょっと逃げ出そうぜ。じゃないと俺らは間違いなく死ぬ」
地獄の鍛錬が始まって2ヶ月が経ち、やっと新しい生活にも慣れてくる頃合い……のはずが、残念ながら一向に慣れは来ない。
その理由は、今、俺の目の前にいる同じ部屋を使う茶髪の青年———フェイが溢した言葉に全て詰まっている。
———キツ過ぎるのだ。
何がって?
勿論日々行う鍛錬が、だよ。
あんなの人間のやることじゃねーよ。
俺達がやっている鍛錬は、まだ複雑なモノは熟せないと考えたらしい隻眼の教官———ロウが基礎を作れ、という言葉と共に教わった物だ。
正確には、
合計50キロの重りを四肢に付けた状態で、後ろから別の教官から全力で追い掛けられて、掴まれば腕立て腹筋50回の地獄のランニングを———5時間。
同じく重りを四肢に付けた状態での地獄の素振り———1万回。
またもや同じく重りを付けたままの状態でロウ教官を始め、様々な教官との総当たりの模擬戦という名の地獄の拷問———5時間。
強化魔法などの必要な魔法のちょいヌル地獄の鍛錬———3時間。
取り敢えずこんなもんだ。
後の時間は、重りを付けた状態での食事やら入浴やら睡眠に当てられる。
勿論娯楽なんて物は存在しないのも付け加えておこう。
———うん、死ぬわ。
そもそもオタクが想像する女性一人分くらいの重りを付けたままずっと生活するだけで相当キツイってのに、それプラス鍛錬とか頭イカれてんじゃねーの??
てか俺の本命の魔法の鍛錬少なすぎじゃボケ。
「おいゼロ、訊いてるのか?」
「訊いてる。お前が実に無謀なことを言っているって。お前、教官達から逃げられるとでも思ってるのかよ?」
「ぐっ……。だけどよぉ……ほんと死んじまうって……」
そうメソメソと泣くフェイに、俺は現実を見せることにした。
「……実はな、一昨日ここからの逃亡を決行した奴が3人いたんだ」
「何!? そ、それで!? そ、そいつらはどうなったんだ!?」
一縷の望みを手に入れたかのように目を輝かせるフェイへ、俺は死んだ目を向け、
「———死屍累々」
「え?」
「そいつら、今も外でしごかれてるよ」
「ひぃぃぃぃぃ!!」
乾いた声で笑い、窓の外へと視線を移す。
同時に教官の怒号が聞こえ、フェイが悲鳴を上げて震え上がった。
「……ほらな?」
「……俺、頑張るわ。死ぬ気で」
「ああ……お互い頑張ろうな」
そう、俺達はお互いを励まし合った。
「———さて、と……」
フェイと励まし合った数時間後。
既に時間は深夜を過ぎており、二段ベッドの上側で爆睡するフェイを横目に、俺は運動する用の服に着替えて靴を持つ。
これから俺は、とある所に向かう。
相変わらず重りは付いたままだが……数年以上前から必死に鍛えていた俺にとってはそこまで苦となるものでもない。
それでも鍛錬はキツイのだが。
「よっ……と」
俺は自室の窓から2階の高さを飛び降りる。
既に2か月も経っているので、今では殆ど音もなく着地できるようになった。
まぁ始めはしょっちゅう骨折とかしてたけど……ははっ。
少し前までの自分を思い出して乾いた笑みを零したのち、そのまま止まること無く寮の柵をよじ登って乗り越え、この施設を囲む巨大な防壁を見上げる。
こんなモノに囲まれているのと地獄の鍛錬のせいで、日中は囚人にでもなった気分に陥って萎えるのが少し悩みだ。
「さて……誰もいないな?」
俺は防壁の中に入る扉の前でキョロキョロと辺りを見回し……誰も居ないことを確認してから扉を開けて中に入る。
防壁の中の明かりは松明の炎のみで薄暗いが、外と違って石造りのお陰か涼しい。
夏なんかは此処に来て寝たほうが寝付きが良さそう……何てくだらないことを考えながら石の階段を駆け上がる。
数百段もの階段を駆け上がったのち……防壁の上へと続く扉が見え、俺はその扉に手を掛けて捻った。
———ガガガッ……。
石と石が擦れる音と共に重たい扉が開き、高さ50メートルは裕に越える防壁の上へと辿り着いた。
遮るものが何も無いお陰で風が良く吹き、月が少し近く見える。
「ふぅ……よし」
ぼーっとするのもほどほどに、俺は小さく息を吐いて目を瞑る。
目を瞑るのは、体内の魔力を感じやすくするためであり……まだまだ俺が未熟な証拠でもある。
それはさておき。
俺は体内の魔力を知覚すると同時、習った詠唱を自分なりに改変して読み上げる。
「———«鋼鉄より硬く、ハヤブサより速く、鬼より強い超常の力を我が身に授けよ»———【
その瞬間———全身を言葉に形容しがたい高揚感というか全能感が支配する。
全身を俺の漆黒の髪とは正反対と言っていい白銀のオーラが僅かに纏われる。
これこそが強化魔法の初歩で1番メジャーな———【身体強化】。
強化度合いで言えば、全身が鉄と同等くらいに硬くなり、速度は100メートル5秒程度まで速くなり、力は5メートル程の大きさの岩石くらいなら容易にぶっ壊せるくらいだ。
これでも十分凄く聞こえるが……この世界は理不尽の塊。
この程度では上級魔法でほんの僅かに肉片が残る程度にしかならない。
1度本物見たから分かる。
あれ、物凄くメンタルに来るんだよな……。
あ、人間って魔法に勝てないんだーって。
まぁ諦めるつもりは毛頭な———
「———此処で何をしているの?」
背筋が凍る感覚と共に、全身から一気に冷や汗が噴き出す。
ギギギ……っと不良品のロボットのような動きで背後に目を向けた俺は、
「こ、これはこれは……今期唯一の『騎士見習い』である、え、エレスディアさんではございませんか……。ははっ、ど、どのような御用で……?」
「兵士階級は夜間の外出禁止はもちろん、教官の居ない所での魔法の無断使用も禁止だったはずだけれど……アンタは何をしているのかしらね?」
赤髪赤眼の気の強そうな美少女の不審さを隠そうともしない表情に、やることは1つと覚悟を決める。
そして———。
「———申し訳ありませんでしたーっ!!」
全身全霊、心しか籠もっていない土下座を披露した。
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