第10話 講談1・お力(9)

えー、それで…お盆とて、この世に戻って来ている霊にでも取り憑かれたものか、お座敷を放(ほ)ったらかして1人河岸の袂まで来たお力…さてここで一葉の原文を引きましょう。

〝…行かれる物なら此まゝに唐天竺からてんぢくの果までも行つて仕舞たい、あゝ嫌だ嫌だ嫌だ、何うしたなら人の聲も聞えない物の音もしない、靜かな、靜かな、自分の心も何もぼうつとして物思ひのない處へ行かれるであらう、つまらぬ、くだらぬ、面白くない、情ない悲しい心細い中に、何時まで私は止められて居るのかしら、これが一生か、一生がこれか、あゝ嫌だ嫌だと道端の立木へ夢中に寄かゝつて暫時そこに立どまれば…〟

どうです、皆さん、この一葉の文章の名調子、そしてそれを読み上げる私の名調子。心に響いてまいりましょう?…え?何?そうでもない?…なんでですか。はい、じゃそこのお客さん。

客A「いやあ私(わたくし)君ね、儂(わしゃ)あ、そのお力さんと違って万事順風満帆じゃからね。仕事は引退して今は財テク三昧じゃ。米国債もNISAもすこぶる絶好調。次は円キャリートレードにでも手を出そうかと考えておるんじゃ。だからそのお力とやらの悲惨と鬱屈ぶりなど、高みからせせら笑いながら見聞きしている次第じゃよ。ワハハハ」

あー、そうすか。そりゃ結構でござんすね。どうも嫌なお客に聞いちゃったな…(小声で)NISA(ニイサ)なんてナニサだよ。まったくもう。えー、まあ、もういいや。それで、話を続けますが…

客B「おい、私(わたくし)野郎。俺の意見も聞けよ。いいか?そのお力なんてえのはな、自分の身分も素性も弁えない世間知らずの、柔な小娘だってえんだよ。

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