第4話 講談1・お力(3)

「ようよう、お力さんよ。そんな思い詰めたような顔をしてないで。さあ、ほら、客の方から酌を返してやるからさ。そうそうそう、ぐっと飲んで。で、何よ、何をそんなに悩んでいるんだい?え?だいたいお前さんのお父つぁんや、おっ母さんはどこでどんな稼業を…」などと興味深々気にあれこれと聞いてくる分けです。一方のお力は自分の有様が酒の肴にされてるなと気づくもんですから「さあ、どうざんしょ。とんと覚えてござんせん」とはぐらかします。しかし今度はそれはそれで、そのはぐらかしがなお客の揶揄い半分の嗜好を唆る塩梅となり、これはもう、お力さんにとっては本当に始末が悪いことと相なります。冒頭に申しました「これが一生か。これが私の人生か!」なる思いが常々、なお身に迫って来る分けでございます。どうかしますと身は未だ丈夫でも心根が死の境地に、もはやこの世に何の思い入れも未練もないという投げやりな状態となることも間々でございました。そんなとある晩のこと、その日はお盆だったのですが、お力は恰もこの世に束の間戻って来ている霊たちに取り憑かれたかの如く、相手をしている客に何の断わりもなく、ふっと酒席の場を飛び出して表に出てしまいます。その時のお力の風情と云ったら、盆が現か、現が盆か…と云った塩梅で、この世あの世の違いも定かでなくなり、魂の抜けたような表情(かお)をして巷にふらふらとさ迷い出たのでした。しかしいったいなぜそこまで鬱屈を…と我々は思いますが、要は、実家が貧しくて、酌婦にまで落ちぶれてしまった自分がお力は不本意なのでであり、仕方がないことと頭では分かっていても、心がそれを咀嚼できなかった分けです。

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