家政婦は、ロボット。

山本田口

第1話 家政婦がやってきた。

「ここね。よし、がんばろう」

 私の名前は、ロビン。ロボットです。設定年齢は、20歳くらいらしい。

ロボットだから、年齢とかはありません。

性別は、女の子です。人間のために作られた、家政婦ロボットです。

自分で言うのも恥ずかしいけど、自己紹介します。

 身長は、165センチ。体重は・・・ないしょです。

スリーサイズ・・・ これもないしょです。

髪型は、セミロングのちょっとウェーブがかかった、少し茶色の髪で、普段は後ろに束ねてポニーテールにしています。

パッチリ二重で、鼻筋が通って、唇はちょっと薄い感じです。

何を隠そう、私は、博士の奥様の若い頃をモデルに作られています。

足もスラっと長くて、肌も白くて、博士のタイプなのかなと思います。

 そんな私を作ったのは、五十嵐京太郎という、ロボット工学の偉い博士です。

私の他にも、博士は、たくさんのロボットを作りました。

大学で勉強を教える先生ロボット。ビルやマンションを作る建築ロボット。

料理が上手な調理師ロボット。介護や病院で働く看護師ロボット。

どんなケガや病気も直してしまうドクターロボットなど、

人間のために働くロボットをいろいろ作っています。

私は、家庭に入り、家事などをこなす家政婦ロボットとして生まれました。

 そして、今日から、この家で暮らすのです。家政婦として、人の役に立つように、がんばります。

実は、これが初めての人間の家庭です。ドキドキして、玄関の前に立っても、

なかなかチャイムを押せません。

 この家は、五十嵐博士のお家です。博士は、仕事で忙しくて、自宅に帰れません。

そこで、博士の代わりに、この家で住み込みの家政婦として、家事やお子様たちの

お世話をするのが、私の初めてのお仕事になりました。

 博士のお子様は、四人います。長女で高校三年生の女の子で、名前はさくらさんと言います。活発で、運動もできて、頭も良く、この家では母親代わりとして、がんばっています。

 弟で長男の中学二年生の男の子は、こだまくんと言います。

運動神経がよくて、学校ではサッカー部に入っています。学校の成績は、少し心配みたいです。

 その下に、双子の弟と妹がいます。男の子はつばさくんで、女の子はみずほちゃんと言います。どちらも小学三年生です。双子でも、女の子のみずほちゃんは、

オテンバでとても元気な可愛い子です。

男の子のつばさくんは、おとなしくて引っ込みじあんの人見知りをする子でした。

 私は、事前に博士から教えてもらったことを思い出しながら、復習するように頭の中の電子頭脳で何度も思い返しました。

 私は、ロボットとはいえ、人間そっくりに作られています。

電子頭脳はもちろん、人工心臓には、良心回路と感情回路が組み込まれているので、

人間と同じように、喜怒哀楽を感じることができます。悲しいときは涙を流し、暑いときは汗もかきます。もっとも、それは、涙や汗ではなく、体に流れるオイルだけど・・・ 当然、人間のように、熱くて赤い血は流れていません。体に流れているのは、熱いオイルです。体の中は、機械でも、人工皮膚で覆われているので、触った感じは、ヒトの皮膚と全く同じです。

人と同じ生活を送れるように、食事もできます。飲んだり食べたり、味覚もあります。もっとも、食べたものは、すべて体内で消費するので、トイレにはいきません。

身体を清潔に保つために、お風呂にも入ります。

なにからなにまで、ほとんど人間と同じように生活するように作られているのです。

 今日は、初日なので、清潔感がある、白いブラウスに白いカーディガンを

羽織って、薄い水色のひざ下のスカートを履いています。手には、着替えだけを詰めたボストンバッグ一つを持っていました。荷物と言えば、これだけです。 

 私は、緊張しながら、博士の家の前に立ちました。ドキドキしながら、チャイムを押そうとすると、玄関のドアが開きました。私は、ビックリして、その場に立ち尽くしていると、中から、小さな男の子が飛び出してきて、私にぶつかってきました。

「わあぁ・・・」

 私にぶつかった男の子は、その場に尻もちをついて、私を見上げました。

「ごめんなさい、ケガはないですか?」

 私は、その場にしゃがんで聞きました。

「お姉ちゃん、誰?」

「私は、今日から・・・」

「こらぁ、つばさ、逃げるな。さっさと、メシを食え」

 男の子を追うように出てきたのは、少し大きな少年でした。

「やだよぉ~」

「やだじゃない。片付かないから、さっさと食え」

「だって、お兄ちゃんのご飯、おいしくないんだもん」

「うるさい! わがまま言うな」

 そう言って、少年は、男の子の襟首をつかんで無理やり引き立たせます。

「ちょっと、待ってください。乱暴は、やめてください」

 反射的に、私は少年の手を離して、男の子を後ろにかばいました。

「なんだ、あんた?」

「初めまして、今日から、こちらでお世話になる、家政婦です」

「家政婦? お~い、姉ちゃん、ちょっと来てよ」

 少年が言うと、家の中から、少女と女の子が出てきました。

そう言えば、今日は、日曜日です。

学校は、休みなので、みんな家にいるのです。時間は、朝の九時です。

「なに、外で騒いでいるのよ」

「姉ちゃん、また、家政婦が来たぜ」

「ハァ? なにを言ってんのよ」

 奥から出てきた少女に、練習したことを思い出して、笑顔で挨拶しました。

「初めまして、今日から、お世話になる、ロビンと申します」

 なのに、少女と少年は、私を厳しい目つきで睨みつけていました。

「そんなの頼んでないから、帰って」

 いきなり嫌われてしまいました。そんなはずじゃなかった。博士のお子様たちだから、きっと喜んでくれる。私を快く迎えてくれると思っていたのに、いきなり帰れと言われて、私は、返事に困りました。

「そんなことより、いいから、こっちこい」

 私の後ろに隠れている男の子に少年は手を伸ばして、強引に引っ張ります。

男の子は、私のスカートをぎゅっと握って離そうとしません。それに、今にも泣きそうな顔をしているので見ていられませんでした。

「乱暴はしないでください。こんな小さい子に可哀想じゃないですか」

「うっせぇよ。人んちのことに口出しするな」

「いいえ、私は、今日から、このウチの家政婦です。ここは、私の家になるんです」

「なに勝手なこと言ってんだよ。俺は、家政婦なんて認めてないし、頼んでもないんだ。いいから、帰れ」

「いいえ、帰りません」

 私は、博士に言われてやってきたのです。このまま帰るわけにはいきません。

「なにを言ってんだ、こいつ?」

 私にきつい言葉を投げかけてくる少年でした。

それでも、私は、一歩も引きません。

「私は、博士・・・ じゃなくて、皆さんのお父様から言い使ってきたんです。皆さんのお世話をするように言われてきたんです。だから、帰りません」

 少年は、そんな私を睨みつけると、鼻を鳴らして家の中に入っていきました。

「とにかく、近所迷惑だから、中に入って」

 少女に言われて、私は、ホッと息をつきました。

後ろに隠れていた男の子は、握りしめていたスカートを離すと、急いで家の中に入っていきました。

女の子は、不思議そうに私を見詰めているだけで、一言も話しません。

 これは、前途多難だなと感じました。正直言って、こんなはずではありませんでした。博士の子供たちだから、もっと素直で、私を迎え入れてくれると思っていました。それなのに、いきなりこんなことになって、やる気が少し萎んでいくようでした。それでも、まだ、始まったばかりだからと、自分を奮い立たせました。

「失礼します」

 私は、そう言って、靴を脱いで中に入りました。

博士の自宅は、住宅街の一角にある2階建ての一軒家でした。

外から見た感じは、とてもきれいで建てたばかりのような家です。

小さいながらも庭もあって、洗濯物をここでたくさん干せたら気持ちいいと思います。

 中に入ると、すぐにキッチンがあって、4人掛けのテーブルが見えました。

そして、テーブルの上には、出来たばかりの朝食が4人分並んでいました。

どうやら、朝食の途中だったようです。

「朝ごはんの途中なのに、お邪魔してすみません」

「ホントに、お邪魔だよ」

 私が恐縮して言うのを、少年は、イヤミな言い方で返します。

私は、カチンと来て、ちょっと目を吊り上げます。

「なんだよ、その目は」

「すみません。それより、私の話は、朝ご飯を食べてからでいいですよ」

「話なんてない。それより、お前ら、さっさと飯を食えよ」

「・・・」

 少年の厳しい声に、双子の二人は、しょんぼりして下を向いたまま、箸を付けようとしません。見ると、焼いただけのトーストに焦げた目玉焼きと焼き過ぎたハムに、牛乳だけです。

「こだま、ちょっと黙って。それで、アンタ、家政婦って言ってたけど、どういうつもり?」

 少女が椅子に座ったまま私を見上げて言いました。トゲがある話し方でした。

でも、私にも意地があります。家政婦としてきた以上、ここで引き下がるわけにはいきません。

「改めまして、初めまして。ロビンと申します。皆さんのお父様から、お世話をするように言われてやってきた、家政婦です。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 私は、丁寧に言って、深く頭を下げました。

「チッ、また、クソ親父かよ。何度、同じ事すれば、いいんだよ」

 舌打ちする言葉遣いと、実の父親に対する酷い言い方に、私は思わずカッとなりました。

「こだまくん、お父さまにそんな言い方は、よくありませんよ」

「えっ! なんで、俺の名前を知ってるんだよ?」

「知ってるわよ。こだまくんだけじゃなく、皆さんのことも、全部、頭に入っています」

 そう言うと、4人の子供たちは、顔を見合わせています。

「あなたは、長女のさくらさんですよね。そして、あなたたちは、双子のみずほちゃんとつばさくん。こだまくんは、長男ですよね」

 私の電子頭脳には、子供たちのことは、すべてインプットされています。

4人の子供たちは、私をビックリするような目で見ていました。

これで、少しは、私のことを認めてくれるかなと思いました。でも、そんなに簡単にはいきませんでした。

「あのさ、ウチには、これまでにも家政婦っていうか、お手伝いさんが何人も来たのよ。だけど、3日も持たずに辞めていったのよね。なんでかわかる?」

 長女のさくらさんが言いました。

「わかりません」

 私は、素直に言いました。ホントに理由がわからなかったのです。

「それはね、あたしたち4人の子供の面倒を見るなんて、大変だからよ。食事を作って、洗濯して、掃除をして毎日家事をやるのよ。それも、育ち盛りの4人の子供よ。そんなの無理に決まってるでしょ」

 なるほど、そういうことか・・・ でも、それなら、大丈夫。

私は、家政婦ロボットです。そのために作られたのです。家事が大変なら、

逆にやりがいがあります。

「それなら大丈夫です。私は、その為にきたんですから、ご心配なく」

「どうかしら。3日も持ったらいい方だけど、今のウチに帰った方がいいんじゃないかしら?」

「ご心配なく。家事には、自信があるので、安心してください」

 私は、胸を張って言いました。

「それにしても、俺たちのこと、よく知ってるんだな」

「ハイ、お父さまに教わりましたから」

 警戒心をむき出しにしながら、こだまくんが聞きました。

「それにしても、あなたって、頭がいいのね」

「ハイ、私は、こう見えて、ロボットですから」

「えっ!」

「えーっ!」

 四人が一斉に驚いて私を見ました。

「ロ、ロボットだって?」

「ハイ、私は、皆さんのお父様に作っていただいた、ロボットです」

 すると、横にいた、みずほちゃんとつばさくんが私の足の先から頭までをじっくり見ました。

「ウソだぁ」

 つばさくんが声を上げました。

「ウソじゃありませんよ。私は、ロボットなんです」

「だって、どっから見ても、普通の人間じゃないか」

「私は、人間そっくりに作られたんです」

 すると、みずほちゃんが言いました。

「信じられないわ」

「ホントですよ、みずほちゃん」

 私は、笑顔でみずほちゃんを見ました。でも、こだまくんもさくらさんも、信じているようには見えません。

「俺たちを子供と思って、バカにしてるのか?」

「トンデモありませんわ。私は、正真正銘ロボットなんですよ」

 すると、みずほちゃんが私の左手を急に握ってきました。

私は、少し驚いてみずほちゃんを見ます。

「あったかいよ。お姉ちゃんの手、柔らかくてあったかいよ。ロボットの手じゃないわ」

 私は、その一言が、とてもうれしくなって、少し屈んでみずほちゃんの目線と同じ姿勢になって言いました。

「ありがとう、みずほちゃん」

 今度は、つばさくんが私の手を握ります。

「ホントだ、あったかくて、柔らかくて、ぼくと同じだよ」

 私は、つばさくんにも笑顔を向けました。ロボットの私が、人と同じと言われることが、どんなにうれしいことか・・・

「ありがとう、つばさくん。でも、私は、ロボットなのよ。この手は、人口の皮膚で作ってあるのよ。だから、柔らかいの。温かいのは、体にオイルが流れているからなのよ。皆さんのように、熱くて赤い血は、流れないんですけどね」

 自分がロボットであることを言うのは、恥ずかしいけど、信じてもらうには、そう言うしかありません。

「どっから見ても、人に見えるんだけど・・・」

 さくらさんは、まだ、半信半疑の目を向けてきます。

だったら、仕方がありません。私の本当の姿を見てもらうしかありません。

「わかりました。それじゃ、恥ずかしいけど、体の中を見てください」

 私は、二人の手をそっと離すと、上着を脱いで、シャツの前を捲りました。

「お、おい、何をするんだよ」

「私の本当の体を見てもらいます」

 私は、そう言って、シャツを捲って、お腹を見せました。

そして、おヘソの奥にあるボタンを押します。すると、肌色の人工皮膚を捲ることができます。

「うおっ!」

「ウソぉ・・・」

「マジかよ」

「ホントだ」

 人工皮膚の下から機械が見えます。絶え間なく動く機械と小さなランプや歯車があります。

「いかがですか? これで、信じてもらえましたか」

 四人は、ビックリしながら、私のお腹の中を見詰めていました。

私は、人工皮膚を蓋して、シャツを戻しました。

「あなた、ホントに、ロボットなのね」

「ハイ、ロボットです」

 さくらさんが信じられないという顔をしていました。私は、反対に、笑顔で返します。

「すご~い! お姉ちゃん、すごいよ」

 つばさくんが、私の手を握って、うれしそうに飛び上がりました。

私もうれしくなって、その手を両手でしっかり握り返しました。

「えっと、名前は、なんだっけ?」

 みずほちゃんが言うので、私は、もう一度言いました。

「ロビンです。みずほちゃんのお父様がつけてくれたんですよ」

「ホントに? パパが付けたの?」

「ハイ、そうですよ。だから、私は、この名前が大好きです」

「それじゃ、ロビン。今日から、ここに住んでいいわ」

「ハイ、ありがとうございます」

 私は、うれしくなって、しゃがんでみずほちゃんの両手を取って、にっこり微笑みました。

「おい、なに、勝手なこと言ってんだよ。俺は、まだ、許可したつもりはないぞ」

 こだまくんが腕組みをして、私に目を吊り上げて見下ろしています。

「いいじゃない。ロビンは、美人だし、こだまちゃんより、ずっといいと思うけど」

「みずほは、黙ってろ。いいか、俺は、ロボットなんて家に入れたくないんだ。いいから、出て行け」

 こだまくんは、プイと後ろを向いてしまいました。

「まぁ、いいじゃないの。せっかく、お父さんがあたしたちのために作ってくれたんだから、しばらく様子を見てみようじゃない。アンタたちは、どうする?」

 さくらさんが言うと、つばさくんとみずほちゃんは、喜んで手を挙げてくれました。

「さんせーい!」

「あたしもさんせーい」

「ありがとうございます」

「ほら、この子たちは、そう言ってるけど、こだまはどう?」

「俺は、やだね」

 さくらさんが言っても、こだまくんは、後ろを向いたままでした。

どうやら、こだまくんは、私のことが嫌いなようです。嫌われたことで、私はがっかりしました。

それでも、みずほちゃんとつばさくんには、気にいられたようで、うれしく思いました。。

私は、ふとテーブルを見ると、朝食の途中です。

「あの、皆さん、私に構わず、食事をしてください」

「そうだ。ほら、早く食えよ」

 思い出したように、こだまくんがやっと振り向いて言いました。

「だって、こだまちゃんのご飯、おいしくないんだもん」

「みずほ、わがまま言うんじゃない」

 見れば、確かに、おいしそうには見えません。これでは、食べ盛りの子供に、食欲が出るわけがありません。

「みずほちゃん、私が、作り直してあげますね」

 私は、そう言って、お皿を取ろうとすると、こだまくんが言いました。

「やめろ。余計なことをするな」

「いいえ、私は、今日からここの家政婦です。お食事は、皆さんにとって、大事なものです。だから、おいしく食べてほしいんです」

「ハァ、なにを言ってんだ」

 私は、ロボットです。でも、味覚もあって、人と同じものを食べたり飲んだりできます。だからこそ、食べるものは、おいしく食べてほしい。私は、そう学習してきたのです。

「食事は、おいしく食べるのが一番なんですよ。特に、朝食は、皆さんのような子供にとっては、とても大事なことです。違いますか?」

 そう言って、私は、みんなのお皿を持って、キッチンに向かいました。

でも、これが初めて人に作る料理です。内心は、上手にできるかドキドキしていました。

 まずは、冷蔵庫を開けてバターを取り出し、フライパンで溶かしてから、冷えて硬くなったパンを玉子に浸して、軽く焼きます。焼き過ぎたハムは、細かく切って、目玉焼きといっしょにバターで焼き直して、フレンチトースト風にしたパンに乗せました。牛乳は、レンジで温めて、はちみつを垂らしてマグカップに移しました。

「ハイ、お待たせしました。どうぞ、食べてみてください」

 私は、手際よく、4人分のお皿を起きました。

「みずほちゃん、つばさくん、食べてみてください」

 二人は、私と目の前に置かれたものを交互に見ると、ゆっくりパンを手に取りました。そして、一口食べます。小さな手でパンを持って、一口齧りました。

「あっ、おいしい」

「ホント、おいしいわ。でも、まぁまぁってとこかしら」

 つばさくんは、おいしそうに食べてくれました。

みずほちゃんは、女の子らしく、小さな口で少しずつ食べてます。

まぁまぁねと言いながらも、口は動いていました。

「さくらさんも、どうぞ」

 私が勧めると、手を伸ばして、一口食べてくれました。

「確かに、おいしいわ。こだまの作ったものに比べたらだけどね」

 さくらさんの感想は、厳しいものでした。それでも、はちみつ入りの牛乳をおいしそうに飲んでくれました。

「こだまくんもどうぞ」

「いらねぇよ。ロボットが作ったもんなんて食えるか」

「こだまくん・・・」

 そう言って、止める私のことも見ずに、二階に行ってしまいました。

こだまくんは、機械の私のことが嫌いなようです。私は、悲しくなって、下を向いてしまいました。

「ご馳走さま。ロビンお姉ちゃん、おいしかったよ」

「今度は、ロビンが作った、ちゃんとしたものが食べたいわね」

 つばさくんとみずほちゃんは、すっかり完食したお皿を持って、流しに運んで行きました。二人の言葉に、私は、涙が出そうになりました。

「ご馳走さま。確かに、作り直したにしては、おいしかったわ。ロビンさん、ありがとうね」

「ハイ、こちらこそ。でも、こだまくんが・・・」

 テーブルにこだまくんのパンが残ったままです。

「こだまのことなら気にしなくていいわよ。あの子は、機械が嫌いなのよ。嫌いというか、恨んでるというか。もっとも、それは、お父さんのせいで、ロビンさんが悪いんじゃないから、気にしないで」

「でも・・・」

 私は、こだまくんのことが気になります。朝食を食べないで、二階の部屋に入ったきり、戻ってきません。

「ロビンさんは、お父さんからどこまであたしたちのことを聞いてるか知らないけど、こだまは、お父さんとは余り口を利かないからね」

「それは、どうしてですか?」

 いてもたってもいられず、聞いてしまいました。すると、さくらさんが、少し言いにくそうな顔をして言いました。

「お母さんのことは聞いてる?」

「ハイ」

 一番口にしてはいけない話のようなので、私は、小さな声で頷きました。

「あたしたちの母親は、みずほとつばさを産んですぐに死んだの」

 その話も聞いています。でも、余りにも悲しい話なので、口にはしないつもりでした。

「あたしとこだまは、物心ついたころの話だから、顔くらいは知ってるわ。でも、みずほとつばさは、顔も知らないの。母親は、写真でしか見たことがないのよ」

「・・・」

「それからだった。お父さんは、仕事に集中するようになって、家庭を顧みなくなった。あたしは母親代わり。こだまは、父親代わりにあの子たちの世話をすることにしたの。でもね、あたしだって、こだまだって、まだ子供でしょ。あの子たちは、まだ小さかったから、父親に甘えたりしたかったはずよ。それなのに、お父さんは、ほとんど帰ってこなくなった。代わりに、家政婦が来るようになったの」

 そこまでは、聞いていませんでした。博士は、子供たちの世話を頼むとしか言わなかったのです。考えてみれば、みずほちゃんもつばさくんも、まだ小学生です。手がかかる年頃です。

それなのに、さくらさんとこだまくんは、親代わりとして、がんばってきたのです。

 でも、さくらさんもこだまくんも、中学生と高校生です。子供たちだけで生活することの大変さを想像すると、胸が締め付けられました。

私は、服の裾を握って、黙って聞くしかありませんでした。

 ふと見ると、みずほちゃんとつばさくんは、リビングでテレビに夢中でした。

そんな二人の笑顔を見ると、私も身につまされて、涙が出そうです。

「お父さんは、機械に夢中になって、ロボット作りに没頭したのね。それで、お母さんのことを忘れようとしたのかもしれない。でも、私たちのことも忘れてしまったの。だから、こだまは、お父さんのことを恨んでいるみたいなの。それって、機械を嫌うってことよね。ロボットが嫌いって言ったのは、そういうことなの」

「わかりました。でも、私は、きっと、こだまくんに好きになってもらえるようにがんばります。すぐに無理かもしれないけど、私は、こだまくんのことが好きです。もちろん、さくらさんも、みずほちゃんも、つばさくんも好きです。だから、こだまくんにも好きになってもらいたいんです」

「ロビンさんて、ホントに人間みたいなことを言うのね」

「ありがとうございます」

 私は、その一言に、救われた気がしました。


「ねぇ、ロビンお姉ちゃん、一つ残ってるけど、どうするの?」

 つばさくんが私に言いました。見れば、テーブルにこだまくんの分の朝食が残っています。

「こだまくんの分だから、お部屋に持って行きますよ」

「無理無理、あの子、一度言ったら聞かないから。食べたいなら、つばさ、食べていいわよ」

 さくらさんがあっさり言いました。

「それなら、私がいただきます。私も朝ご飯を食べてないので、お腹が空いているんです」

 私は、そう言って、椅子に座りました。そして、少し冷めてしまった、トーストを食べようとするとみずほちゃんが慌てて止めました。

「ちょっと、アンタ、やめなさいよ」

「えっ?」

「ロビンは、ロボットなんでしょ。人の食べ物なんか食べていいの?」

 もしかして、私のことを心配してテレビを見ていたのに、慌ててきてくれたのかと思ってちょっとうれしくなりました。

「大丈夫よ。私は、ロボットだけど、みずほちゃんたちと同じように、ご飯を食べて、お菓子も食べてジュースも飲めるんですよ」

「ホントに!」

「ホントですよ。食べたものは、全部、エネルギーとして消化するので、おいしくいただきます」

「ホントに?」

「ホントですよ」

 まだ、不思議そうな顔をしているみずほちゃんを見てから、私は、トーストを一口食べました。

「うん、初めてにしては、まぁまぁですね」

 私は、自分で作っていながら、そんな感想を言いました。

「おいしい?」

「おいしいわよ。でも、もっとおいしくできたと思います」

「すごぉい。ロビンお姉ちゃん、人間みたい」

 私は、つばさくんの一言で、何となく心が軽くなりました。

「フゥ~ン、ロビンさんて、見かけの割に、芯が強そうね。だったら、この家でも続くかもしれないわね」

 さくらさんが感心するように言いました。その顔は、私を少しだけ見直してくれたようです。

「ハイ、がんばります」

 私は、ガッツポーズを作って、ニッコリ笑いました。

「ロビンさんの部屋は、お父さんの部屋を自由に使っていいよ。どうせ、たまにしか帰ってこないしね」

「ありがとうございます」

 私は、お礼を言って、カバンを持って、博士のお部屋に行きました。

一階の奥にある部屋は、ベッドと机があるだけで、すごくシンプルでした。

タンスを開けても、着替えすら入っていなかったので、私は、持ってきた服をしまいます。

机の棚にある本棚には、機械関係の本しかありませんでした。

引き出しを開けてみても、ペンが何本も無造作に入っているだけで、まるで生活感がありません。

こんなことじゃ、子供たちに見捨てられるかもしれない。こだまくんが、嫌いになるのがわかる気がしました。

 私は、そんな子供たちを、もっと元気に明るく、毎日笑顔で楽しく過ごしてもらえるようにがんばらないと思って、気合を入れました。

 まずは、動きやすい服に着替えます。Tシャツに膝上の短めのスカートを履いて、フリルが付いたエプロンを首からかけて腰のところで紐で結びます。ついでに、髪も後ろに一つでまとめてポニーテールにします。

鏡を見て、自分の戦闘服のつもりで、一人納得しました。

 そして、いざ、出陣です。私は、ドアを開けて、まずは、洗濯と掃除から始めることにました。


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