これは主従の契約ですっ!〜「待て」ができない狂犬騎士は、落ちこぼれ幼馴染み聖女の主従契約をプロポーズと言い切る〜
夜霞(四片霞彩)
聖女は困惑する
第1話
頭上のステンドグラス越しに差し込む初春の陽光が大聖堂内を明るく照らす。このガイスト王国を守護する女神・セラピアの微笑みとも称される陽の光は、この年に独り立ちする新たな聖女たちを祝福するように等しく平等に包み込んでいた。
そんな女神の加護にも似た柔らかな日差しを浴びながら、ロニアがもう何度目になるか分からない欠伸を噛み殺した頃、ようやく神官長のありがたくも長い祝辞が終わったのだった。
(噂には聞いていたけど、祝辞はいつもの比にならないくらい長いのね……)
眠気もさることながら、硬い長椅子に長時間も腰掛けていて下半身が痛い。
宝石のように輝く紫の瞳を天井に向けて寝入りかけていたロニアだったが、長い銀髪に挿したお気に入りの赤い花の髪飾りと聖女の証である真新しい白いローブを整えることで眠気を覚まそうとする。
この大神殿に所属する全ての神官と聖女を統括する神官長だから話が長いのか、それとも年老いた分だけ話したいことが多いのか。老齢の神官長の豊かな白髭を見ながらロニアは考える。
見た目はどこにでもいるような好々爺なのだが、やはり神官長として長くこの神殿を統治してきたからか、身に纏う空気はどこか背筋を伸ばさずにはいられない緊張感をはらんでいる。それでも年寄りらしく話は長いので、つい途中から緊張が緩んでだらけてしまうが……。
そんな神官長が若い神官の手を借りつつ壇上から姿を消したからか、大聖堂内の張り詰めた空気が一気に緩和されたようだった。
神官長の長話の間は、ロニアと同じように眠気を堪えているか天井を仰いでいるかのどちらかだった聖女たちも、待ちに待った本日のメインイベントに胸を弾ませているらしい。神官長の長い話の時とは打って変わって、誰もが明るい顔をしていた。
他の神官たちの目を盗みながら、ヒソヒソと声を潜めて話し出したので、ロニアも欠伸を噛み殺しながら聞き耳を立てたのだった。
「ねぇ、今年の騎士席を見た? ラシェル様がいるわよ!」
「これまで一度も守護騎士の任命の儀に出席されなかったのに、今年はどうしたのかしら?」
「とうとう誰かの守護騎士になられるのかしら? きゃー! 羨ましい!! ラシェル様を守護騎士に指名されるのはどの聖女かしら!?」
聖女たちが整列する大聖堂の壁際には、騎士団に所属する騎士たちがずらりと並ぶ騎士席が設けられている。年齢や出身、所属も点でバラバラの騎士たちではあるが、彼らもこれから行われるメインイベントに備えて参列しており、緊張の面持ちを浮かべる者から腕を組んで居眠りしている者まで三者三様の様子で儀式に挑んでいるようだった。
そんな騎士たちの中で、一際注目を集めている一人の騎士がいた。
煌めくような金色の髪と澄んだ青い瞳、白と青を基調にした仕立ての良い騎士服に包まれた長身痩躯の身体は、まるで御伽話に登場する騎士の絵姿そのもの。脳筋者が多い騎士団の中でも文武の両方を備え、更に眉目も秀麗な青年。ここまででも完璧だというのに、王家の血を引く侯爵家の出身にして、父親は現国王の右腕を務める宰相という全ての女性たちの憧れの存在。
それがこの騎士――ラシェルであった。
ロニアより少し歳上のラシェルは騎士席の最前列に腰掛ける騎士団長の隣に座って壇上を見つめていたが、急にくるりと振り返ったかと思うとロニアたちに向けて嫣然とした笑みを向けてくる。それだけでロニアの近くに居た聖女たちは黄色い悲鳴を上げて、中には失神しそうになる者まで現れてしまう。
ロニアはそんな聖女たちに失笑したが、ラシェルが浮かべた笑みの意味を悟って小さく頷き返すと赤い花の髪飾りに触れる。それだけでラシェルには通じたようで、笑みを深めて軽く片手を挙げると隣席の騎士団長と話し始めたのだった。
「やだやだっ! ラシェル様に微笑まれちゃったわ!!」
「きっとご自分を指名される聖女に向けて笑ったのよ。聖女たちの憧れの的であるラシェル様の主になれるなんて、いったいどんな聖女なのかしら?」
ロニアの肩がビクリと震える。辺りを見渡す聖女たちから目立たないように、掌で髪飾りを隠しながらそっと身を小さくする。
「まさか。私は別の騎士よ。お父様に紹介されたもの、我が家と釣り合う騎士だからって」
「わたしもよ。家格も良くて将来有望な騎士だから、守護騎士に任命して行く行くは婚姻を結びなさいって。信頼が置けるから二人で地方の神殿に送られても大丈夫とまで言われたわ」
「地方の神殿に行かされるなんて、余程の落ちこぼれか問題児だけでしょう。あとは身寄りがいないとか、身分が低いとか、その辺りの理由かしら……。貴族の娘は王都近辺の結界内に建つ安全な神殿にしか送られないから大丈夫よ」
そうやってクスクス笑い始めた聖女たちだったが、すぐに笑いを引っ込めてしまう。どうしたのかとロニアも顔を上げれば、騎士団長を挟んでラシェルの反対に控える黒衣の青年騎士が聖女たちを睨み付けていた。
その青年騎士は獲物探す狩人のように聖女たちが座る席を見回していたが、目敏くロニアを見つけるとその鋭い眼光で射抜くようにまじまじと見つめてきたのだった。
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