ラティメリア・ファミリア討伐戦⑤


 朱音の『剣』である伏龍のスキルの内、【龍咆哮ドラゴンロアー】は際立って異色だった。


 発動条件はわからず、そして再使用するためのクールタイムすらランダム。

 どんなに気合いを込めようが、叫ぼうがその龍の瞳に光が宿ることはなく、この場面に至るまでに威力の確認はおろか、攻撃方法を知る機会すら訪れなかった。


 だが朱音は──そして大河も、微塵の迷いも抱かずにそれを放った。


 スキルの説明文から抱いたイメージと、『そうでなければ終わり』という潔さ。


 これは大河が先に述べた『賭け』の延長戦である。


 この状況を打開するビジョンに、そのイメージと現実が重ならなければ負け。

 大河らの想像どおりの結果が出れば、もちろん勝ち。


 そして二人は、『賭け』に勝利した。


 上空という、本来人間にとって最も無防備で不利な、手の届かない場所。

 そこに至るには人力ではほぼ不可能で、高所からの落下や器具による吊り上げなどを行わなければ辿り着けない。

 だが大河には、『アッパースラスト』と『シールドチャージ』という滞空手段がある。


 その二つのスキルの内『シールドチャージ』は本来、地面を蹴って平行に真っ直ぐ滑るように加速するスキルだ。

 だから、直上への移動に関しては『アッパースラスト』に滞空距離で負ける。


 小魚の群れのど真ん中に突っ込み、そこで脚を止めることで、群れの移動方向を大河に集中させる。

 攻撃と移動の矛先を群れの中心へと向けた小魚たちは、自然と一点に集まり収縮することになる。


 そこを【龍咆哮ドラゴンロアー】で一撃の元に葬り去る。


 それが大河と朱音が、あの短い一言で察し通じ合わせた、勝利のビジョンだった。


 だから大河は今、スキルを使用した硬直時間──つまり最も身動きが取れない時間にも関わらず、獰猛な危ない笑みを浮かべていた。


 朱音の右拳より岩をも溶かす熱波を帯びた放電が、自然界ではあり得ない一直線の軌道で放たれ、そして小魚たちを一掃した。


 空を制する龍の咆哮は、それすなわち天の怒り。

 

 雷として放たれたたかぶりは、敵のみならず地面すらも溶かすほどの高温のプラズマとなって敵へ襲いかかる。


 遅れて届いたのは、耳をつんざく、破裂音。


 雷により圧迫された空気が一気に膨れ上がり、一斉に振動することによって発生した轟音が、辺り一帯を震わせる。


 地面より10メートルはあろうかという高度の中、大河はようやく動かせるようになった首を必死に回して、『ラティメリア・ファミリアの目』に位置していた二つの宝玉を探す。


 今は開けた空間と化した巣穴は太陽光を遮る壁さえ無くなってしまったので、それは意外にも簡単に見つけることが出来た。


 大河の真下、龍の咆哮の残滓である赤熱化した地面よりすこし逸れた場所で、二つの宝玉がふよふよと浮いている。


(これで──っ)


 大河は落下し始めた身体をなんとか動かし、二つの宝玉に狙いを定める。


 満身創痍。

 無数の傷と打撲、そしておびただしいまでの流血により、意識もまばら。

 時折思考が瞬きの様に途切れ、しかしそれを確固たる意志の元で繋ぎ合わせている。


 ハードブレイカーを両手で握り、上段に構える。


 そして左腕のラウンドシールドを口元に当て、最後のスキルを発動した。


「『シールドチャージ』!!」


 大河の身体が、盾の向いた方向へと一気に加速する。

 

 物理法則なぞいさぎよく無視した急降下。


 自由落下とスキルによる不自然な加速、それらが負荷となって大河の身体を襲い、嫌な痛みと共に全身の筋肉と関節が悲鳴を上げた。


 が、しかし。


 大河はそれらを丸々無視して、ただ一点。

 並んで浮遊する二つの宝玉だけに意識を集中する。


「──ぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 叫ばなければ、己を奮い立たさなければ、もはや目を開けることすら叶わない。


 噛み締めた奥歯が、ぎちぎちと軋む。


 ハードブレイカーを握った両の拳は、圧迫され熱すら感じ取れなくなるほどに力んでいる。


 身体に纏わりついた自分の血が、飛沫ひまつを伴う尾となって空に描かれた。


「終わりだぁあああああああああああっ!!!」


 地面に激突するかしないか、スレスレまで宝玉に肉薄した大河が、雄叫びと共にハードブレイカーを横に一閃した。


 その宝玉自体に、『意志』は無い。


 小さなラティメリアシーラカンスの小さくか細く、しかしモンスターとしての凶暴な自意識を集合させ、まるで家族ファミリアみたいに機能させる為にしかその宝玉は存在していない。


 だから二つの宝玉は、避けることも反撃することもなく、ただそこでハードブレイカーによって両断された。


 手応えを感じた大河はそこで意識を放棄し、顔面から地面へと突っ込んだ。


 溶けて赤熱化した場所に落ちなかったのは、たまたま入射角が良かっただけだ。


 失神し脱力した大河の身体は、まるでゴム毬の様に地面を跳ねる。


 そして小魚の突撃により陥没した地面にひっかかり、ようやく止まった。


「──大河ぁ!!」


「──んっとにもう!」


 悠理が【防護プロテクション】の壁を消滅させて、青ざめた表情で大河の元に駆ける。


 朱音はそんな悠理の後を追う。


 【龍咆哮ドラゴンロアー】を放ったことで体力は著しく消耗し、身体がまるで鉛かと錯覚するほどに重い。


 しかしデメリットと言えばそれくらいで、使用条件が難しいからなのか、他の伏龍のスキルの様な副作用は見られなかった。


「大河! しっかりして大河! 【看護ナーシング】!」


 悠理は無様な格好で横たわる大河の横で膝立ちに座り、ヒーラーズライトの切っ先を向けて目を閉じ、手持ちの回復魔法の中で一番強い魔法を唱えた。


 悠理と大河の身体が、優しい青い光に包まれる。


 それは【手当トリート】や【治癒ヒール】では癒せない、体内の傷や病気まで治療する、『看護師』のジョブオーブで使用できる魔法。


 完治までに今までのどの回復魔法よりも時間を要するという、おそらく戦闘中にはとても使えない欠点がある。


「ぐすっ、大河ぁ……」


 目尻に涙の大粒を浮かべて、悠理は大河の名前を呼ぶ。


「……再生は、しない──かな?」


 朱音はそんな悠理の背中に立ち、【看護ナーシング】の範囲回復の光に包まれながら、今やただの大量の石ころと化したラティメリア・ファミリアだったものを警戒していた。


「……はぁああああっ、勝ったぁぁああ」


 しばらく経って、なんの変化も見られないと判断した朱音が、まるで腰から下が溶けたかのような勢いでへたり込み、大きなため息を吐いた。


「死ぬかと思ったぁあああ」


 疲労と喉の痛みで震える情けない声は、安堵の声だ。


「ううっ、大河ぁ。ひっく」


 ヒーラーズライトの特性である、『その身が血で汚れると回復魔法の効果が激減する』という縛りのせいで、大河に触れられないのがもどかしい。

 その傷ついた身体を力一杯抱きしめて温もりを感じたいほど心配しているのに、それが許されないというジレンマ。


 だから悠理は、代わりにずっと大河の名前を呼び続ける。


 およそ十分後。


 大河が魔法による回復でなんとか意識を取り戻すまで、朱音は項垂うなだれて疲れた身体を休め、悠理はずっと泣き続けていた。

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