クエスト報酬とジョブオーブ②


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ごめんね。傷跡、結構残っちゃった……」


「いや、生きてるだけで充分。死んでないのが不思議って感じだし」


 半身を起こして身体の確認をしながら、悠理ゆうりの言葉に大河たいがが笑って答える。


「血が固まった後だと傷跡が残っちゃうみたいだったの。一回で治せる範囲も小さかったし、私の体力が先に尽きちゃって……」


「仕方ないよ。俺もあの『剣』を握ってるだけで、ガンガン体力削られてたしな」


 右手を閉じたり開いたり、腰を捻ったり足を曲げ伸ばしたりと、身体の各所に異変がないかを慎重に確認する。

 思い起こせば、結構な頻度で虫の攻撃が直撃していたからか、いまだに青痣が残っている箇所が多かった。


 一通り確認を終えると、大河は周囲を見渡す。


 場所は相変わらず駅構内の中央通路。

 戦闘の跡も痛々しくそのまま残っているが、そこらへんに無惨に転がっていた遺体だけが、隅の方に規則正しく並べられていた。

 上からかける布なんてないから、悪く言えば野晒しとそう変わらない状態だが、雑に放置されているより精神的に気は楽だった。


 また違う場所に、どうやら細かく分解された虫の死体もまとめて置かれている。

 大河含めて皆。かなりの数の虫を殺したためうずたかく積まれ、かなりのスペースを占拠していた。


「今の状況、説明してもらってもいいかな」


 リュックの中から数少ない着替えの内、濃紺のTシャツを取って被る。

 元々寝巻きにしようと持参していたものなので、他所行きの服と比べると洒落っ気のないシンプルなものだが、半裸よりかはマシだろう。


「うん。嘉手納かでなさん達が生き残っている人に『剣』の出し方と使い方を教えて、動ける人を集めて近くにモンスターがいないか見回りをしてくれてる。食べ物もないから、売店とかコンビニとかから持って来てくれるんだって」


 そう言って悠理は大河にペットボトルの麦茶を手渡す。


「これは?」

 

 渡されたペットボトルを開けながら、大河は悠理に問いかける。

 そのまま麦茶を煽って、一気に飲み干した。

 どうやらかなり喉が乾いていたようで、一気に半分ほどの麦茶がごくごくと喉を通った。


「そこの壊れた自動販売機から。あのね、不思議なんだけど、どの自動販売機もお金を入れるところが塞がってて、硬貨が入れられなくなってるの。その代わり、160円じゃなくて、【160オーブ】って表記になってて」


 そう言いながら悠理はスマホを手に取り、『ぼうけんのしょ』のアプリ画面を大河に見せた。


「ここ、これ私のステータス画面ってやつなんだけど。一番右の上の欄に【100オーブ】って書いてるの、分かる?」


「ああ」


 画面には細かい数字や文字が羅列してあり、上部には悠理の名前といくつかの空欄のウインドウが並んでいる。

 その一番最後に、【100オーブ】と記載されていた。


「これ、モンスターを倒した人だけ多く表示されていたの。ゲームに詳しい人に聞いたら、経験値と通貨なんじゃないかって」


 言われて、大河も自分のスマホを右ポケットから取り出して、『ぼうけんのしょ』アプリを開く。


「ステータス……これか」


 その画面構成は悠理の見せてくれた物と同一で、大河の名前や数字だけが違う。


「ん? 俺、もう【103,365オーブ】も持ってるんだけど」


「え? すごいね。ここに居た人たちの中で多分一番多い数字だよそれ」


「なんでだ?」


「元々持ってた所持金……ってわけじゃないよね。私本当は今日、映画を見に新宿に来てたんだけど、少なくても二万円は財布に入ってるし」


「俺も十万なんて大金、素のまま財布に入れて持ち歩かねーもんな。ほとんど電子決済で済ませてるから、現金なんて念の為の一万くらいしか持ってねーし。叔父さんから預かった旅費も、まだ口座に入れっぱなしだし」


 社会人ならいざ知らず、まだ未成年で高校生の年齢である大河にとって十万なんてとんでもない大金に思える。


 一応、大河も叔父の仕事を手伝う事で月給を貰ってはいて、口座に二十万ほどの預金はある。

 普段は滅多に使わないので、給与の七割ほどを叔父に預け、生活に使う分だけ引き出しながらコツコツと貯めた貯金だ。


「ん?」


 大河のステータス画面に、悠理の画面と違う部分を見つけた。


 それは画面の一番下部で、赤字で太い『!』マークが点滅している。


「なんだこれ」


 気になって『!』マークをタップすると、画面が瞬時に切り替わった。


【バトルリザルトが届いています】


【クエストリザルトが届いています】


 そんな文字が二列、横表記で書かれている。

 白地に赤い文字その文字をもう一度タップすると、また画面が切り替わった。


【 バトルリザルト


 討伐モンスター


 バレットカブト×24

  討伐報酬 スピアホーン〔虫〕×12

  960オーブ


 マンティスデスサイズ×8

  討伐報酬 グリーンサイズ×2

  480オーブ


 エメラルドカナブン×17

  討伐報酬 イミテーションジュエル〔エメラルド〕×6

  340オーブ


 クワガッター×20

  討伐報酬 シザースホーン〔虫〕×9

  800オーブ


 モブアント×56

  討伐報酬 蟻酸×27

  560オーブ


 ポイズンビー原種×15

  討伐報酬 ポイズンシロップ〔赤〕×4

  225オーブ


 ゴールデンスパイダー原種×1

  討伐報酬 強靭な蜘蛛糸×1

  特別討伐報酬 黄金の毒液×1 (☆黄金蜘蛛糸を燃やす 達成)

  100000オーブ】


「ああ、俺が小金持ちなのって……あの蜘蛛が原因か」


 朧げな記憶を辿れば、確かに最後の止めは大河が放った上段唐竹割りでの首を落とした一撃だ。

 それにあの場では大河が一番長く戦っていて、一番多くの敵を仕留めていた記憶もあった。


 思案しながら画面をスワイプすると、さっきの画面に戻る。

 さっきと違うのは、【バトルリザルトが届いています】の文章が暗く薄くなっている。


「このクエストリザルトって言うのは何?」


 悠理は大河のスマホを覗き込んで、まだ赤いままの文章を指差す。


「あれじゃないか、モンスターを10体討伐しろって奴」


 息が顔に当たる距離まで接近していた悠理の顔に、内心少し驚きながら大河は返事をした。

 この短い時間で背負ったり抱きしめたり、自分の半裸を見られた間柄だ。

 多少馴れ馴れしく距離が近くなってもなんら不思議ではないと、なんとか自分に言い聞かせる。

 同時に、そんなわけないだろという自分自身へのツッコミも聞こえてきたような気がした。


「ああ、そういえばあったねそういうの」


 うんうんと頷く悠理の様子を横目で確認しながら、大河はクエストリザルトの文章をタッチした。


【 チュートリアルクエスト 

〔フィールド・ダンジョンモンスターを10体討伐せよ〕 クエスト難易度 ☆

  達成!


 クエスト報酬

  ジョブオーブ〔戦士〕×1

  ジョブオーブ〔魔法使い〕×1

  ジョブオーブ〔僧侶〕×1

  ジョブオーブ〔盗賊〕×1

  ジョブオーブ〔ファイター〕×1

  ジョブオーブ〔学徒〕×1

  マジックストラップ〔低級〕×1


 報酬を受け取る

  《はい》     《いいえ》


 ※特別なクエストを除き、通常のクエストは各地に設置されている聖碑せいひ、又は依頼者からの直接依頼により受注できます。

 また今回のクエスト報酬はプレイヤーのアイテムバッグに直接転送されますが、通常のクエストでは報酬の受け取りは聖碑や依頼者からの受け取りとなります。】


 バトルリザルトと似たような画面構成の文章を全て読んで、悠理とお互いの顔を見る。


「また、わかんない単語が出てきちゃったね」


「ゲーム的にはジョブってのは馴染みのある単語なんだけど、オーブってのがまたわからんな。通貨じゃないのか?」


「とりあえず今はその《はい》《いいえ》を押さないで、そのまま『ぼうけんのしょ』で調べてみよっか」


「苦手なんだよな……こういう読む系の作業……」


「調べ物は得意だから、私に任せてよ」


「ああ、頼むわ」


 そうしてしばらく、大河と悠理は並んでスマホを操作する。

 こんな状況でなければ、普通の高校生が当たり前にやっている、普通の光景だ。


 少し離れた場所に瓦礫や燃焼痕、虫や人の死体が無ければ、の話だが。

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