東京ケイオスRPG

不確定ワオン

序章

大都市、東京


 二年ぶりに訪れた東京は、何もかもが目まぐるしい。


 大河たいがは新宿駅西口のバスロータリーの、天井の採光部分から見える特徴的な形状の高層ビル群を仰ぎ見ては肩を竦める。


 長い時間を電車に揺られた身体は、大河が想定していた以上の疲労感を伴っていて、乗り換えの為の改札口に向かう歩みを緩慢にしている。


 そのせいだろうか、行き交う人々の歩く速度がなぜかとても早く感じてしまう。


 かつては大河も、彼ら彼女らのようなせかせかとした動きでこのターミナル駅を歩いていた筈なのだが、今となってはそんなかつての自分をなぜか想像できない。


 ロクでも無い理由でこの都市を離れた身としてはまだ暫く戻ってくる事はないだろうと思っていたが、たった二年で一時的にとは言え出戻り、こうしてこの街を眺めているなんて、大河は複雑な心境だった。


 二年。


 懐かしむには短く、大都市が変化・成長するには充分すぎる長さの時間だったのだろう。


 見覚えの無い店、見覚えの無い通路、見覚えの無いビル。


 そんな新しい視覚情報が、否応なく大河に時間の流れを感じさせる。

 

 かつて住んでいた駅は、この世界有数のメガステーションである新宿駅よりも、更に電車を乗り継いで数駅。


 友達と遠出の遊びに行くという経験は、人付き合いを苦手とする大河にはあまり無かったが、それでも数回はこの新宿を経由してどこかに赴いた事はもちろんある。


 東京は23区であればどの土地の利便性もかなり高い。出不精で人見知りのする人間にとっては、東京は理想的な土地だ。


 なにせその気になれば、一ヶ月程度なら最寄り駅周りから出ずに生活できてしまう。

 地方に引っ越してまず感じた違いはそこだろう。


 どこに行くにも車がほぼ必須で、目的のある買い物をしたいなら車持ちの叔父に頼み込み、隣街や栄えている都市まで足を向ける覚悟が必要になるだろう。自転車などでも可能だが、悪天候や往復の時間の短縮を考えれば、やはり車は地方にとっての必需品。日本はやはり車社会である。


 そんな事を地方歴の浅い大河はぼんやりと思っているが、探せば東京並みに便利な土地もいくつかあるだろう。


 当然の話だ。

 

 ようするに、常盤 大河ときわ たいがは東京という土地の進化の速度に置いていかれたのだ。


 ついていけなくなり、走れなくなり、やがて歩く事をやめ、動けなくなって倒れ、腐り、病んだのだ。


 父の弟──大河にとっての叔父にその腕を掴まれ、無理矢理にでもあの田舎に連れ出されていなければ、やがて大河はそう遠く無い未来に、間違いなく極端な結末を迎えていた筈だ。


 だからこそ、こんなにも早くこの苦い思い出の残る大都市に戻ってくるなんて考えを、二日前の大河は想像すらしていなかった。

 

 親友が死んだなんて、そんな悲しい話さえ聞かなければ。


 幼稚園に上がる前からの付き合いで、中学二年の夏休み前までほぼ毎日のように顔を合わせて笑っていた。


 人付き合いが苦手で、また人の好き嫌いの激しい大河にとって、唯一と言っていい心を許した友達。


 その表情の些細な変化から感情の機微を読み取れるまでに、互いを理解しあえていたと思っていた唯一無二の親友。


 大雑把で乱暴で刹那的な生き方の大河とは違い、要領が良く、人当たりも良く、成績も大変良く、周囲からの評価も抜群に良く、ただ成長の遅い身体だけがコンプレックスで、背の低さと体つきの華奢さと運動神経の悪さをいつも悔しそうに嘆いていた、読書が大好きで穏やかな兄弟分。


 決して、自らの命を自らで断つ──なんていった、そんな後ろ向きな結末を選択するなんてありえないと思っていた彼の、死の報せさえなければ、大河はこんなにも早く東京に戻ってなんか来なかった。


 この二年でゆっくりと穏やかさを取り戻しつつあった大河の心が、茹だるような八月の熱気の中で、どんどんと冷えて荒れ始めて行くのを感じる。


 親友の訃報に対して涙も出ない自分を、そういう風になってしまったこの二年の愚かな自分を不甲斐なく思い、また情けなく思い、そして時折心の中の親友に謝罪して、今いる場所を何度も確かめるようにゆっくりと歩く。


 二年ぶりに訪れた東京は、何もかもが目まぐるしい。

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