未来への約束

拓也を見送った後、僕こと藤田樹は今度は心の中でもう一度エールを送った後、自転車置き場に向かった。

拓也と長澤は一時的なすれ違いがあっただけで、拓也のあの調子ならきちんと思いを告げて長澤と上手く行くだろう。


さて、今度は自分の番だと思った。

場所は近いとはいえ、花火が始まってしまった、急がないといけない。

僕は、ビニール袋を自転車の籠に入れると力を入れて自転車を漕ぎ始めた。

花火大会の会場から少し離れると途端に人気がなくなり、寂しい気持ちになる。

しかし、今から行く場所には寂しい気持ちは持ち込みたくない。

今から会いに行く人の笑顔を思い浮かべて明るい気持ちになるよう努めた。


僕は病院に着き、自転車を駐輪場に止めて裏口に向かった。

そこには看護師さんがいた。

本当は面会時間などとうの昔に過ぎているが、無理を言ってお願いしたのだ。

僕は看護師さんにお礼を言うと階段を上った。

病室の扉をノックすると、「はーい」と間延びした返事が返ってきた。

扉を開けると、「おそーい」という高梨咲の声に出迎えられた。

その時、花火が打ち上がり、咲のたださえ白過ぎる肌をさらに白く照らす。


僕はそんな咲を見ていられなくなり、視線をはずすと、「ごめん、ごめん。ちょっと恋のキューピッドになっていて遅くなった」と言い訳をした。


少しの沈黙の後に咲が突然、大爆笑をした。

笑えるくらい元気なようだ、と僕が安心していると、落ち着いてきた咲が口を開いた。


「樹が恋のキューピッド? 本当に? そんな厳つい顔をしているのに?」


「僕の顔、厳ついかな? 友達には大人っぽいって言われてるけど」


「樹が、時々話している拓哉君だっけ? 多分、気を使ってくれてるんだよ」


拓也は長澤との関係を逐一報告しては一喜一憂してる姿を見ていると、あまり気を使うタイプとは思えない。


そんな事を思いながら俺はビニール袋から焼きそばやたこ焼きを取り出した。


「ほら、夏の思い出だ。どれでも好きな物を食べて良いぞ」


僕が言うと咲は顔を輝かせた。


「あっ、たこ焼きだ! 大分昔に食べたっきりだから嬉しい!」


咲はパックを開けると一つ口に入れて咀嚼し始めた。


「美味しい」と言うと、咲は満足そうな表情を浮かべた。

それから、咲は打ち上がっている花火に視線を向けた。


「……花火、後何回見れるかな」


花火を見る目は寂しげだ。

その言葉と表情に心が締め付けられそうになる。


「……何回見られるだろうな」


何回でも見れる、など無責任な事をとてもじゃないが口にする事は出来ない僕は当たり障りない言葉を口にする事しか出来なかった。


僕の言葉に咲は、「そうだよね」と言って、寂しげに笑った。


僕は気が付けば咲の手を握っていた。


「僕はやっぱり咲の事が好きだ。付き合って欲しい」


咲は僕の手を握り返す事なく、力無く笑うだけだった。


「嬉しいけど、私、樹の事を置いていってしまうんだよ。前にも言ったよね?」


「例えそうでもそれまで隣にいたい」


「私が居なくなった後はどうするの? 私、樹を縛りたくない」


「そうだなぁ。じゃあ、織姫と彦星みたいに年に一回待ち合わせるか」


咲とは明るい話をしていたい。

そう思い、なるべく明るい口調を心掛けた。


「織姫と彦星? どういう事?」


「この花火大会を待ち合わせ場所にするんだ。花火で光っていたら咲も場所が分かりやすいだろ? 僕は花火の真下に居るから、遠く離れていても会えるよ」


「その約束を忘れて他の女と一緒にいたら容赦しないからね」


僕の提案が実現しない冗談のようなものだと咲も理解しているだろう。

しかし、現実と向かい合っても僕と咲は何も未来を描けない。

冗談のようなやり取りの中でしか未来を描けないのだ。


「そんな事はないよ。僕は咲の事しか考えられないよ」


咲は笑顔を見せると先程より上機嫌な様子で口を開いた。


「もし、他の女と来てたら、雷を落としてやるんだから」


僕はそれを笑って受け流す。


「天候を好きに出来るなら雷より晴れにしてくれよ」


「それは樹は一年間良い子にしているかどうか次第だね」


咲は偉そうな口調で言う。


「咲はいつからサンタになったんだ」


僕が言って、咲と目が合うと二人で笑い合った。

僕と咲はぬるま湯のようなやり取りを互いに楽しんでいた。

しかし、花火の終わりが迫っている。

花火の光が無くなって、部屋が暗くなったら、ぬるま湯のような空間も闇に溶けていってしまうだろう。

その前に言わなければならない事がある。

僕はその為に、ぬるま湯から出る覚悟を決めた。


ひとしきり笑うと僕は真剣な顔をして咲に向き合った。


「咲、僕は病気とか関係ない。今、咲という女の子に隣にいて欲しいんだ」


僕の真剣な表情に咲の顔も引き締まる。


「私は一緒に出掛けられないよ?」


「僕がインドアだって知ってるだろ?」


「他の子みたいにお洒落も出来ないよ?」


「僕は飾り気のない女の子が好きなんだ」


そんなやり取りをしていると咲が涙を浮かべる。


「どうして、そんなに真っ直ぐなの? 別れる事が怖くないの?」


僕は優しい口調を心掛けながら口を開いた。


「それよりも僕は咲に受け入れてもらえない方が怖いし、辛い」


咲は何も言わず黙っている。


「極端な話かもしれないけど、僕は明日死ぬかもしれない。そうでなくてもいつかは死ぬんだ。そう考えたら、最期に後悔がないようにしたいんだ。その為には咲に隣にいて欲しい。咲が必要なんだ」


そう言って、僕は咲を抱き締めた。


「……咲にとって僕はどんな存在?」


咲は僕を強く抱き締め返した。


「必要に決まってる。樹がいないなんて考えられない!」


「……咲、好きだ」


「うん、素直になれなくてごめん。私も好き」


その瞬間、フィナーレを飾る花火の連射が始まった。


「綺麗だね」


「ああ、綺麗だ」


「私が居なくなっても、またこの花火大会で会おうね」


「ああ、約束だ」


それは冗談なんかじゃない、未来への約束だった。

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祭りと花火と僕等の恋 宮田弘直 @JAKB

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