僕のじいちゃんアカデミア
ぽんぽん丸
ワンピースのヒルルクの毒キノコみたいなことね
進路指導の用紙は机の中で白紙のままだった。私は先日祖父を亡くした。将来のことがすっかりわからなくなってしまった。
祖父は私が小さい頃から私のことをすごく可愛がってくれた。私が野球がしたいと言ったときのことだ。両親は私の夢を追いたい気持ちに応えようとしながらも、野球をさせるお金との板挟みになってしまって不気味な笑顔で私を説得しようとした。そんな大人には小学生の夢を止めることも、かといって前にすすめることもできない。
「サッカーの方がいいんじゃないか?この間のワールドカップも一緒に応援して楽しかったな!」
「そうよ、サッカーだったらずっと試合に出てるからお母さんも応援しやすいかな」
スパイクとボールだけの方が安い。でも私は足が長くないし野球がしたかった。
家族の大切で不毛な話し合いを終わらせてくれたのはじいちゃんだった。私がある日家に帰ると金属バット、グローブ、スパイクとおまけにシアトルマリナーズの野球帽がリビングの机の上に置かれていた。
「じいちゃんあの時、相談もなく全部買い揃えてやってきてすぐに帰るって言ったんだ。母さんと一緒に直接渡してあげてほしいって伝えたのに、ここで帰るからカッコがつくんだ!って聞かなくて。照れ臭かったのもあると思うけど、俺や母さんの前でプレゼントを渡してってよくないってじいちゃんきっと思ったんだ。いつか俺や母さんが孫にプレゼントする時はそうしたいから、もし忘れてたらお前が言ってくれ」
病院の待合室で父から聞いたじいちゃんらしい話だった。それから足繫く病院に通った。でもしばらくしてじいちゃんは死んだ。私は7歳にぴったりの大きさのシアトルマリナーズの帽子を持って葬式に出た。涙を隠すには小さかった。
母さんの心配は杞憂だった。野球はずっとベンチだった。そもそも足が遅いからきっとサッカーでもピッチに立つことはなかった。じいちゃんの想いに応えるために一日だって怠らずに努力した。その結果、純粋な一生懸命が結果に結びつかないことを私は学んでしまった。ここからじいちゃんのような人になることはできるのだろう。私は今すぐに自分の将来を決める気にはなれなかった。
放課後に私はメガネの高橋を呼び出した。部活もせずに勉強ばかりしている高橋はなんでも答えてくれる。「あれ?高橋君ってメガネかけてなかったっけ?」隣のクラスの美人に架空のメガネを指摘されて以来、裸眼の彼はメガネの高橋。
「メガネ、俺将来どうしていいかわからないよ」
「人にものを聞く態度じゃねえな」
運動部がまとめられた4組の教室の放課後はからっぽ。教室で学ばない彼等は運動に学ぶのだ。私のような心がからっぽの人間にはガランドウの教室は良い場所だ。
「高橋。真面目に高橋は進路どうするの」
教卓のすぐ前の知らない人の席に隣同士に座って話した。
「大学に行くさ。俺蛇飼ってるじゃん?めっちゃ不便なの。餌とかさ、飼育のケージとか。他の道具も専用のものじゃなくて不便だしどうしても必要なものは海外から取り寄せんだよ。だから大学行って経営学んでネットで爬虫類用の通販サイト経営すんだ。爬虫類育ててる人は多くないけど、日本語でなんでも揃えたら俺が暮らしてくくらいの金額は稼げると思う。だからネットの勉強もしたいから家帰って毎日勉強してるの」
メガネは家帰ってのところで語気を強めたが無視した。メガネを具現化してしまうだけあって具体的だった。私はまずカップに水を入れて葉っぱを浮かべて念じてみた方がいいのかもしれない。
「いや、俺のさ、じいちゃん死んだじゃん」
「俺の進路の話、重い話題で流すなよ」
私はメガネを無視してじいちゃんと野球道具の話をした。
幼い頃にじいちゃんがしてくれた心意気を受け取って、でも自分には答える力がなかったこと。
「いいじいちゃんだな」
メガネは窓の外の青い空の方を見てそう言って続けた。
「お前はじいちゃんの気持ちに応えたいってことだな。もっとじいちゃんのこと考えたらいいんじゃないか。俺は蛇のこと考えて進路決めてる。大切なこともっと考えたらいいと思うぞ」
私は待ってましたと思って、話をつづけた。私は吐き出すチャンスを探していたのかもしれない。
「実はさ、続きがあってじいちゃんすぐに亡くなったの俺のせいかもしれんのよ」
「えっ」
「じいちゃん人生太く短くっていつも言ってて食事も甘いものめっちゃ食ってたから糖尿病やったんよ。右足切断してて最後に入院したときにはもう甘いもん喰ってなくてさ。じいちゃん俺に頼んだんだよ。次来る時はサイダー持ってきてくれって。俺はじいちゃん死ぬ前にまた見たかったんだ。酒もたばこも吸わんけどサイダー美味しそうに飲むじいちゃん」
メガネは席から立ち上がって窓の方へ歩いた。
「俺は次の日に変な薬買うみたいにわざわざ病院から離れた人の少ない通りの自販機でサイダー買って病室に持っていったんよ。じいちゃんさ、病院に行ってから元気なかったけど、俺がカバンからサイダー出したらめっちゃ笑顔で飲んでくれたんよ」
私は教卓の足を見て話した。色々な情景を目に映しながら話すと泣いてしまうと思ったから。
「俺もじいちゃんの体によくないことはわかってたんだけど、それでもあの笑顔が最後に見れて良かったんだと思う。そしたらさ、大学行くとか、働くとか、世の中でいいものがよくわからんくなって。それに全部たくさんお金稼ぐためじゃん?サイダー一本で人って幸せなんだとも思ったんよ」
窓の外の午後の空を見ていた高橋はそこまで聞いて勢いよく振り返った。そして意を決した面持ちで言った。
「ワンピースのヒルルクの毒キノコみたいなことね?」
私は絶句した。
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