絶海の寡婦〜無人島で愛を叫ぶ〜

加賀倉 創作

第一話『寡婦、海辺にて』

 Iアイ andアンド youユー leaveリーヴ forフォー Fourフォー Leavesリーヴズ Islandsアイ ラン ズ.

——わたしとあなたは、四つ葉の島々へと出発するの。




      ▲▲

______△△______




 第一話『寡婦、海辺にて』


 わたしは今、十字架のネックレスを、強く、固く、握りしめている。その中心に嵌め込まれた、角が僅かに削がれた長方形のエメラルドは、窓から差し込む日射しによってキラリと輝きを放つが、わたしの小さな手が、それを鹿で粉砕してしまいそうだ。わたしの握力は本来弱い。なのに、自分でも信じられないくらいに、わたしの着ている真っ白なワンピースを、バトル漫画の怒った強キャラよろしく筋肉の膨張でズタズタに引き裂きそうなくらいに、今、強烈に全身が力んでいるのはわたしが……



 墜落する旅客機に乗っているからだ。



 絶体絶命とはこのことだ。

 わたしの乗る、メシア連邦はオモシュガフロ市発、マクスキ経由、ナナロク共和国行き、ディエット航空六四一〇便は、謎の不具合により、突如として墜落し始めた。

 機長からのアナウンスは一切なく、相当数いるはずの客室乗務員たちも、不意を突かれたようで、わたしたち乗客に何の説明もしてくれないのだ。

 一応、心当たりはあるが……

 他人は誰も当てにできないので、現状を、わたしが、わたしのためだけに、わたしの頭の中だけで説明する。

 つい数十秒前、当機は乱気流タービュランスに突入した。それについては、きちんと事前に知らされていた。だから、みんな大人しく席に着いて、シートベルトも着用していて、最低限の安全対策を講じてはいる。実際、激しく揺れる視界に入ってくる景色だけを頼りにして言えば、吹き飛ばされたり、怪我をしている人は見当たらない。でも気絶している人はいるし、怪我人や死人が出るのは時間の問題だろう。で、わたしとして甚だ疑問に思うのは、とくに機体に損傷があったような衝撃や音はなかったのにも関わらず、まるで旅客機が急降下しているかのような動きをした点だ。だから、現時点でのわたしの推理はこうだ。乱気流に突入すると同時に、偶々、何らかの操縦ミスが起こり、機体が大きく傾いた。そして操縦桿がまるで役に立たなくなるほどの力が働き、当機は制御不能に陥った。うん、そんなところだろう。推理が正しかろうと、そうでなかろうと、わたしの運命は……変わらないんだけどね。

 今、酸素マスクが落ちてきた。危険と判断するレベルの減圧が起こった、という意味だ。搭乗後すぐに酸素マスクの使い方のデモがあり、客室乗務員の指示がない限りは使うなと説明していたが、今、どんな素人がどう見ても使うべきだ。これは『例外中の例外』と言うやつだろう。わたしは十字架を握るのを左手のみに任せ、右手を頭上の酸素マスクに伸ばす。よし、掴んだ。それをすぐに装着する。ふぅ、呼吸が楽になった。そういえば……ここ数秒間ずっと、息を止めていたことに気づく。よほど集中しているのだろう。そして、周りのみんなも……うん、大丈夫そうだ。子供連れのお母さんとお父さんがすぐ隣の区画に座っているが、激しく動揺する子供を差し置いてまず彼ら自身が酸素マスクを装着したのは正解だった。おかげで、冷静に子供に酸素マスクをつけることが叶い、一旦、酸欠で一家全滅となる悲劇は免れている。いや、でもたった今、気がかりなことが増えた。前方の一席……ん、前? もはや機体は体操選手の捻り技のように回転しどっちが前でどっちが後ろかわからないが、とにかくわたしの視線の先に見える一席では、まだ酸素マスクが天井から垂れ、球場を飛び交うジェット風船のように暴れ狂っているままだ。

 わたしの記憶では、この旅客機……満席のはずだった。席から吹き飛ばされてしまったか? それともわたしも客室乗務員も見落としていただけで、実は一人、トイレにこもっていただとか? だめ、憶測するならもっと前向きな方に考えなくちゃ! 実際はわたしの勘違いで、そこには最初から誰も座っていなかったんだ。うん、そうすることにする。これでひとまず、まだ死人は出ていないと言うことになる。

 そろそろ探偵ごっこはやめて、わたしの人生の終わりに向き合うとする。わたしの知識が間違っていなければ、こう言う、人が死に直面した時というのは確か……走馬灯、と言うやつが見えるはず。そう、走馬灯。これまでの人生の記憶の蓄積が、無限に脳内を駆け巡るとかいう現象。そんなもの本当にあるのかわたしは疑っていたけれど…………あ、今来た。走馬灯。絶対にそう。ああ、人生の絶頂の記憶だわ。わたしは純白のドレスを纏い、頭にはシロツメクサの花冠はなかんむりをのっけて、隣には、わたしのドレスと同じくらい真っ白なタキシードを来た夫。そう…………夫。亡くなった、夫。名前は範治はんじ秋葉範治あきばはんじ。わたし、深津夏海ふかづなつみ秋葉範治あきばはんじは、エメラルドグリーンの海で……そう、南の島で挙式した。そうだ、範治はお金持ちな上に、サプライズ好きだった。ある日突然、明日式場の予約が取れたから南の島で式をあげよう、って急に言ってきたのよ。断る理由もなかったから、わたし、すぐに承諾しちゃった。二人は永遠の愛を誓って、いつまでも、幸せに過ごすはずだったの。はずだったのよ! でもすぐに交通事故で亡くなってしまって…………グスン、グスン。あれ? わたし、泣いてるのかしら? まぁ……無理もないわ。だって、結婚早々夫をで亡くしたんだもの。気分は文字通りどん底だったわ。そうだ、年末調整の書類を作る時に、『寡婦』の文字がとてつもない早さで目に留まったのを思い出したわ。でもわたしには税法上は関係のない話だった。合計所得金額は五百万クレジットを超えていたし、範治との間に生計を一にする子はいなかったものね! 寡婦控除は受けられなかったわ! でもお金なんかどうだっていい、大事なのは命なのよ! で、その矢先。今度はわたし自身が、飛行機事故の真っ只中! もう絶対に、来世は乗り物になんて神に誓って乗らないわ! あ、でも待って? もうすぐわたしはこの世からいなくなってあの世に行くのよね? そこにはきっと、範治もいるわよね? 彼だけ天国で、わたしは地獄なんてことは、ないわよね? わたしはずいぶんと徳を積んできたつもりよ? 反戦デモには可能な限り参加したわ! 同志と一緒に大層なプラカードを抱えて、核廃絶も訴えた! メシアンマフィアの人身売買問題についても、これでもかって量のメールを、国務省に送りつけて解決のための意見提示をしたわ! 思いつく限りの、人生の中でした悪行といえば……そうね、小さい頃、四つ葉のクローバーが欲しいがために、たくさんの三つ葉のクローバーを踏んづけまくって、葉っぱを傷つけたこと、くらいかしら? だってしょうがないでしょう、小学校の先生が、クローバーの四つめの葉っぱは、若葉の時に何らかのきっかけで傷ついた葉の一枚が枝分かれして双葉になって、成長した時には合計四枚になってるんだって、言ってたんだもの! それ以外は、真面目に生きてきたのよ、わたしは!!

 あれ? 走馬灯はもっと長いものだと思ってたけど、蘇る記憶はそれだけ? ほとんど、彼との思い出じゃないの。あはは、それだけ、深津夏海は秋葉範治を、愛していたと言うことね。


 んーっと……


 何だか……調子がおかしいわ。


 気圧差かしら、頭が、ボッーとして、意識、が………………。





<°)))彡 <°)))ミ <°)))彡 <°)))ミ <°)))彡 <°)))ミ 





—— わたしは、目覚めた。


 体が、

 ふわりふわりと、

 浮ついているのを感じる。


 視界が、

 少しぼやけているせいで、

 周りがはっきりとは見えないけれど……


 ここは、天国かしら? 

 地獄かしら?


 何だか、

 とっても綺麗な、

 緑色の世界。 


 ちょっと向こうの方には、

 眩しいくらいの真っ白い地面が広がっているわ。

 と言うことはどうやらここは……


 地獄ではなさそうね。

 地獄にこんなに美しい景色が広がっているわけがないもの。

 うん、

 絶対にそう、

 ここは天国。

 てことは……


 範治ハンジは?


 わたしの愛しの範治はどこ!?


 …………


 いないわよ、ね。


 まぁ、わかってたわ。


 でもちょっと待って、

 何かサラサラと音が聞こえてくるわ。


 あとそれと、

 潮の香り。


 何だか懐かしいわね。

 

 ……って、

 やけに視界が悪いなと思ってたら、

 さっきから、

 わたしの顔にまとわりついているものは何よ!!


 あ……


 海藻。


 ってことはここ……


 海!?


 緑色の、海!!??


 あっちの白いのは砂浜じゃない!!


 白!

 わたしが今着ているのも、

 白いワンピース!!


 それならあとは……

 範治さえいれば……

 結婚式の!

 あの日の完全再現だわ!

 

 わたしは何かの気配を察知し、

 ふと後ろを、

 振り返る。



 すると目の前には……



 わたし以上に

 海藻まみれの


 死んだはずの

 私の夫

 秋葉範治が

 立っていた。


〈第二話に続く〉

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