第27話 微妙

 私とイジュの関係は良好ながら微妙です。


 エリックさまの配慮により、私たちは王都での滞在を長めにする予定に変えました。


 クヌギ村のことは心配していませんが、イジュとの関係は心配です。


 あの日以降、イジュは使用人部屋に鍵をかけて寝るようになってしまいました。


 私は奥さま部屋で寝ますので、夫婦の寝室はピッチリキッチリしたベッドメイクのまま朝を迎え続けています。


 いいんですけど、いいんですけど、なんだかモヤモヤします。


 クヌギ村での新しい産業については、薬草の栽培が有力です。


 種や苗の手配が終わりましたので、一足早く馬車で村へと送り出しました。


 手紙を送っても理解できる人がいるかどうか分からないということで、庭師も一緒に馬車で送り出したのですが。


 庭師を送り出し、イジュが庭の手入れを始めたのは、ちょっとだけ腑に落ちません。


 まれに年を取って引退した貴族の方が庭の手入れに目覚める、という話を聞きますが、それとは違います。


 ガチです。


 野菜もいいけど花もいいね、などと言いながら庭の手入れをするイジュはカッコいいですけど。


 いいんですかソレで? 感も強いです。


 私は執事から領地経営のことなどを教わりつつ、時折、神殿へ出かけては祈っています。


 モヤモヤするので。


 私の髪は相変わらず綺麗なピンク色をしていますし、瞳も鮮やかな赤です。


 ピジョンブラッドみたいな瞳ですね、みたいな言われ方をしますけれど私は人間です。


 ルビーの色に例えられても困ります。


 そもそもピジョンブラッドは、鳩の血という意味です。


 ルビーのように見えても、そこに通っているのは人間の血ですからね。


 ああ、いけません。普段なら気にならないようなことが気になってきました。


 これは重症なのではないでしょうか。


「エリックさまのせいですからね」


 そう言いながら私は、涼しい顔をして正面の椅子に座っている上司を睨んでやります。


 王都の神殿へ来たついでにエリックさまの執務室に来るのが習慣化してしまいました。


 白を基調とした室内には、木肌の色を活かした淡い色の書棚や机が置かれていて上品な雰囲気です。


 その部屋の中央に置かれた、金の飾りと花柄をふんだんに使った応接セットの椅子に座っていると、物語の主役になった気分が味わえます。


 目の前にいる上司は、いつどこにいても主役級の輝きを放っていますし、だいたい主役の扱いを受けていますが。


 その部下は主役どころか自分の人生にすら慣れていないのです。


 ヨチヨチ歩きのヒヨッコです。


 どうすればいいんですか。


 教えてください。


「んー。私が地方回りに出ないのは、キミからの苦情を聞くためではないのだがね」


 エリックさまはそう言いながらもニコニコと笑っています。


「苦情というか……苦情というほどのものでもないと思いますが。どう動けばのか分かりません」


 紅茶を一口、いただきます。


 相変わらず高級な味のする紅茶です。


 紅茶の味が分かる程度の困り方なら、さして深刻でもないのかもしれません。


 ついでにお茶菓子もいただきます。


 今日の焼き菓子はマドレーヌです。


 相変わらず良いバターをふんだんに使っている、美味しいマドレーヌです。


なんて求めなくてもいいよ。キミらしくあれば、それでいい」


 歩く十八禁のエリックさまが言うと説得力があります。


「キミが……キミたちが幸せなら、それでいいのでは?」


 そうでしょうか。


 例えそうであったとしても、どうあるのが幸せなのか分かりません。


「そんな堅苦しく考えなくても、夫婦なんて色んな形があるのだし。男爵さまの配偶者が農夫だって構わないじゃないか。イジュは働き者だし、楽しそうなんだろう?」


「それはそうですけど」


 聖女にならなきゃいけない、と思っていたのになかなか力が発揮できなくて。


 ようやく聖女として働けるようになったら、結婚しないとコソコソ言われて。


 何の準備もしてないのに男爵なんかになれちゃって。


 イジュと結婚までしちゃって。


 だからって、特に変わらず私の髪はピンク色。


 なんだかとってもモヤモヤします。


「私はキミに男爵の位と自由に使えるお金、そして人材を与えた。それだけの話だ」


「ですけれど……」

 

「受け取ったものをどう使うか、それはキミが決めることだよ」


 エリックさまはニッコリと綺麗に笑いました。


 いまのが決め台詞だったようです。


「イジュとの関係だって、具体的なことはね。キミたち二人で決めたらいい」


 それは分かっていますが。


 勇気を出したのにボキッと折れた原因作ったのはエリックさまですよ?


「いや、違うんだなぁ……キミは男心が分かってない……いや、分からなくていいのか……」


 エリックさまは一人でブツブツ言っていますが、私には意味が分からないのでマドレーヌをもう一個いただきます。


 顔見知りの侍女と目が合ったので、軽くうなずいてマドレーヌが気に入ったことを伝えます。


 きっと帰る時にお土産としてマドレーヌを渡してくれることでしょう。


 屋敷に持ち帰ったら、向こうでもマドレーヌを作ってもらって、イジュと食べ比べ大会を開きたいと思います。

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