第4話 王子さま上司に相談だ
クヌギ村に私の上司がやってきました。
我が国では、王族も神殿の仕事に携わっています。
私の上司は、この国の第三王子であるエリックさまです。
エリックさまは神殿の仕事のなかでも、聖女に関する事柄を任されています。
地方出身の聖女の面倒を見る役目も担当されていますので、私にとっては子供の頃から知っている方です。
エリックさまは金髪碧眼でスラリと背が高く顔立ちも整っていて、いかにも王子さまというキラキラした容姿をしています。
ですが気取りのない気さくな方でとても頼りになる大人の男性です。
楽しく生きることが信条のエリックさまは、粗末な神殿にピクニックセットのようなものを持ち込んでお茶会状態を作り上げています。
小さなテーブルの上には紅茶にお菓子、椅子も細いワイヤーフレームのお洒落なものに花柄のクッションが敷かれていて、とても可愛らしい仕上がりです。
午後のお茶に丁度良い時間帯、我が村の神殿はちょっとしたティールームになりました。
エリックさまは、その出来栄えを見て満足気に頷かれています。
毎回セッティングに時間がかかるので、いっそのこと神殿をティールームにしてしまいましょうか、と提案しましたが却下されました。
気心の知れた相手でも王族の相手は面倒です。
使用人たちが手慣れた様子で作り上げたリラックスした雰囲気のなかで、私はエリックさまに行き遅れと言われた事と、それならば嫁に行ってしまえと言われたことを話してしまいました。
私の話を聞いたエリックさまは、吹き出しました。
「はは、それは災難だったな」
「笑い事ではありませんよ、エリックさま」
丸くて小さなテーブルの上には食べ物が並んでいます。
そんな場所で笑い転げるのは、お行儀がよくないですよ、エリックさま。
「むくれない、むくれない。ブゥとむくれた顔も可愛いけれど、アマリリスは聖女のイメージを守りたいんでしょ?」
「それはそうですけど……」
頑張って聖女をしていても、周りが認めてくれないのでは頑張り甲斐がありません。
私は私なりに村のためを思ってやってきたのですが。
「自分が必要ないと言われたようで面白くないんでしょ?」
「……」
まぁ、そういうことですかね。
エリックさまは紅茶を一口飲むと、ニヤニヤして言いました。
「なら、結婚してしまえばいいじゃないか」
あら?
上司から許可が出てしまいました。
でもエリックさまは王族なのに結論が短絡的です。
「この村には私しか聖女はいないので、そう簡単にはいきません」
ツンとおすまし顔を作って紅茶を一口いただきます。
エリックさまは王族ですから、出先で飲む紅茶も良い茶葉を使っていて美味しいのです。
顔見知りの侍女に軽く会釈して感謝を伝えます。
こうすることで、帰る時に渡してくれるお土産のお菓子が2つ3つ増えるのです。
幼い時に得た知恵です。
それは二十歳になった今も有効のようなので、私は恵まれているのでしょう。
王都では可愛がられたり、重宝がられたりした聖女生活でしたが。
地元に戻ってきたら冷遇とまではいいませんが微妙な扱いだったので、私の気持ちは揺れています。
心の底から真摯に皆の為に尽くす。
それが聖女に求められている事です。
今の私にそれが出来ているかといえば否ということになります。
「なに、聖女だからって一生独身でいなきゃならないって決まりはないんだよ? 王都の貴族たちは、聖女だからって遠慮なく嫁いでいる」
「それは代わりの聖女が次から次に生まれるからですわ。田舎はそうもいきません」
エリックさまは気楽に言いますが、聖女が生まれる確率は低いのです。
貴族間では珍しくもない聖女ですが、平民の間では滅多に生まれることはありません。
だから私は頑張っているのですが。
「ふふ。でも、感謝されてるわけではないのだろう? 義理立てする必要などないじゃないか」
それはそうなのですが。
「結婚して聖女を引退したって文句言われる筋合いはないよね? アマリリスがしたいようにすればいい」
私のしたいように?
改めて問われたら答えに窮する問題です。
そもそも、私が聖女になったのは――――
私は頭を振って答えます。
「でも結婚するには相手が必要です」
「私も独身だけど?」
エリックさまは自分を指さして言いました。
知り合った時には十代だったエリックさまも三十代となりましたが、見た目の印象は変わらず若々しいです。
長い脚を組んで優雅に座る姿は、いかにも王子さまといった風情があります。
キラキラした美しい王族と気安く話をしている私を見て、村の娘たちが面白くないのも分かります。
しかし私にとっては子供の頃から上司枠に入っている身分の高い方ですから、今さらエリックさまを色っぽい目で見るとか考えられません。
「そんな冗談はセクハラになりますよ」
だいたい、二十歳の私から見たらエリックさまはオジサンです。
無理です。
「だよねぇ~」
エリックさまは、クックと肩を揺らしながら言いました。
この方は、日頃から冗談もお好きなのです。
その様子が他人から見たら親しげに見えるのでしょう。
だから村の者たちが勘違いしても仕方ないと言えば仕方ないですが。
だからって、平民と王子さまの結婚とか無理ですからね。
王城にも出入りしていたので知っていますが、あんな礼儀作法が息するように必要な世界に何の教育も受けていない平民が行っても息が詰まるだけです。
王子さまとの結婚と現金、どちらを取るかと問われたら私は迷わず現金を取ります。
「キミはよくやっている。なんなら神殿が便宜をはかろうか? 年頃の合う令息を紹介してもいい」
「いえ、結構です」
貴族だって礼儀作法にうるさいのは同じです。
私は堅苦しい結婚よりも現金を選びます。
エリックさまは訳知り顔で私をマジマジと見て、クスッと笑って言いました。
「ふふ。そうだよね。アマリリスは気になっている人が村にいるから、その人以外は嫌だよね」
「えっ?」
ドキッとしました。
この王子さまは、どこまで知っているのでしょうか?
私はカップを手に取って、紅茶を一口飲みました。
エリックさまはニヤニヤしながら、私を見ています。
でも、それはダメです。
「彼とは……そのような関係ではありません」
だって。
私が聖女になったのは、彼に対する贖罪の気持ちからなのですから。
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