【短編】生活科のススメ

腹ペコ鳩時計

生活科、夏休みの宿題

「おかぁさーん! 夏休みの宿題しにお出かけしたいー!」

「夏休みの宿題で、お出かけ?」


 一枚のプリントを手にトタトタと仕事部屋に駆け込んできたしゅうを見て、キーボードを打つ手を止める。


「うん、生活科の宿題で、町たんけん!」


 出た! 生活科!!


 この生活科という耳慣れない教科を耳にしたのは一年半前。修の小学校の入学準備をしていた時の事だ。


 私たちの頃にはそんな教科無かったんだけど、ついに『生活』も家庭ではなく公教育で教える時代になったのかと何とも不思議な感覚になったのを思い出す。


 それにしてもこの灼熱地獄の中を町探検とは、割とガチ目に命懸けの探検じゃないですか?


 この生活科の宿題というのは、なにげに面倒臭いものが多い。

 私は吐き出しそうになる溜め息をグッと飲み込むと立ち上がった。


「探検って、どこへ行くの?」

「お母さんがいつもお買い物に行くところに行きたい!」


 助かった。それなら近場の大型スーパーだ。車で行けば15分で着くし、店の中は冷房がよく効いていて涼しい。


 ついでに夕飯の材料も買ってしまえば一石二鳥。


 いいじゃないか、生活科。


「分かった。じゃあ車で行こうか。ついでにお夕飯の……」

「あのね、地図を書くから歩いていくよ!」



 ……前言、撤回……。



 帽子を被って、水筒も日傘も持って、玄関のドアを開ければムワァ、と夏の暑さに襲われる。

 

 ジーワジワジワと蝉も鳴いて……無いな。

 

 そう言えば今年、日中に出かけても蚊にさされないし蝉の鳴き声も聞かないんだけど……。これ、地球大丈夫?



 結局、車で行けば15分の距離を1時間かけて修は地図を完成させた。



「今日は特別ね!」


 なんて言いながら、午前中のスーパーで2人笑ってアイスを食べて、手を繋いで来た道を帰る。


 お友達のお母さん達の話に寄ると、そろそろ同級生の男の子達の中には母親と手を繋いでくれない個体が現れ出したらしい。


 ニコニコと手を繋いでいる修は、いつまでこの手を繋いでくれるのだろう。


「修、お昼ご飯に何が食べたい?」

「うーん……お母さんもね、宿題で大変だったから、おそうめんいいよ!」


 うん、母の大変さを気遣える男になったのは大変素晴らしい。

 しかし、ここはもう一声。


「修、確かにおそうめんは簡単メニューだけど、こういう時は『で』より、『が』って言ってくれた方が、お母さん嬉しいな」


 修は一瞬キョトンとした顔をした後、パァッと顔を輝かせてこう言った。


「うん、おそうめん美味しいもんね! 僕、おそうめんいい!」


 よしよし。この調子でいけば、大人になった修が未来のお嫁さんに『夕飯は簡単なものいいよ』などとのたまう惨事は防げるだろう。


「おそうめんに、プチトマトも浮かべよう! 僕のプチトマト!」

「おー、いいねぇ。栄養もバッチリ」


 一学期に学校で育てた修のプチトマトは、今もうちの庭でグングン成長中だ。

 これも確か生活科の授業で育てたんだったか。


「お母さんの分も、僕がとってあげる!」


 我が家が見えてきたところで、修はパッと手を離すと元気に庭に駆け込んで行く。



 いいじゃないか。生活科。



 修が流す爽やかな汗と違って、母の汗は顔から吹き出す様に出て止まらないけど。

 しかしこんなのは些細なことだ。


 汗を拭う為のハンカチはビシャビシャだし、汗は一向に止まる気配すらないけれど、些細なこと……だ。うん、多分。


 次に出かける時は、少し大きめのハンドタオルを持って行こうと心に決める。


 少し遅れて庭を覗くと、修は小さな手のひらを必死に広げ、両手いっぱいにミニトマトをのせていて。


 私は、慌てて玄関の鍵を開けたのだった。

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